第138話 反動 -retributive justice- 29
「ったく、ギリギリじゃねーか」
ファレルが不満げに愚痴を零す。処刑の予告時刻まで、残り15分。
彼らはようやく、目標のものを見つけていた。
当たり前だが、毒ガスの発生装置と発火装置は、ガラスの牢獄の内部に存在する。よって、直接破壊するにはガラスの箱の中に侵入するほかない。
しかし、残念ながら、対MCランチャークラスの火力を受けても破壊できないあの牢獄の内部に直接侵入することは、今の戦力では難しかった。
よって、ファレルたちは、別のルートを探していた。
一つは、ガラスの箱内部の装置への電力供給が外部から行われている可能性。まあ、これは可能性が低いと見ていたが、案の定ハズレだった。
二つ目に、遠隔操作装置がある可能性。ファレルはこれは確実にあると踏んでいた。なぜなら、毒ガスを使用する以上、それが外部に漏れた場合、速やかに毒ガスの発生を止めることができなければならないからだ。
おそらく、毒ガスで殺害した上で、火焙りにするというのも、可燃性の毒ガスを使用し、燃焼させることで無毒化するのが目的なのだろう。
そして、三つ目が、あのガラスの箱に出入り可能な場所が存在するという可能性である。
もちろん、ガラスの箱を被せただけ、という可能性もあるが、いかにレンガで整えられた貴族の邸宅の庭といえど、そこに隙間はある。
自らの住居の目と鼻の先で毒ガスを使うというのに、ドゥバンセ男爵が、そんなリスクを払うような人間であるようには見えなかった。
その上、強化ガラスは対MCランチャーでも破壊できない強度を持つ。後々のことを考えれば、誰も入れないようにしていては不都合が多い。
つまり、あのガラスの箱は密閉可能で、その代わりに出入り口が存在すると考えたのである。
作戦プランでは、この三つについて、捜索を行うように命じられており、ファレルたちは、処刑実行15分前というギリギリのタイミングで、このうちの二つ、すなわち、遠隔操作装置と出入り口の位置を確保していた。
「……一応作戦は成功」
「遠隔操作で毒ガスを停止。んで、ガラスのお城に入ってお姫様を救出、ついでに、装置をぶっ壊す、って感じか」
ファレルが冗談交じりにいうと、隣にいた黒を纏う少女──セレナが心底不可解だというように首を捻った。そして、ファレルを上目遣いにうかがい、尋ねた。
「……お姫様?」
「気分に決まってんだろ。だいたいおっさんかインテリ眼鏡だっただろうが」
「……男漁り?」
「俺にそっちの趣味はねーよ」
「……じゃあ、女」
「なんで俺が女に飢えてるっていう設定なんだよ!」
ファレルの渾身の突っ込みは、セレナに完全に無視された挙句、いわれのない中傷と共に、じと目を向けられた。
「……もういるのに。二人も」
「どこにだよ!」
そんな覚えはファレルには全くなかった。むしろ、反体制組織に所属している上に、その他の身分を持たない、
数少ない女子メンバーはといえば、まあ当然というべきか、どいつもこいつも一癖も二癖もある女ばかりである。
「……監禁してる」
「そんな趣味はねーよ!」
「……そう?」
「つーか、なんで俺が女に飢えてる上に、監禁するゲス野郎になってんだよ」
「……違った?」
「んなわけねーだろ!」
セレナは、無表情のまま、こてんと首をかしげた。表情の無さのせいか、まるで人形じみた仕草だが、そんなに不思議そうにされても心当たりはまったくないのである。
そこで、ファレルは気が付いた。つい先日も似たような誹謗中傷を受けはしなかったか、と。
「おい、テメェ、もしかしてお嬢様のこと言ってんのか?」
「……違った?」
「誰がどう見ても違うだろうが! だいたいな、テメェはいちいちそういう言い方しやがって……頭ん中お花畑──っ!?」
文句を口にしていたファレルは、突然、セレナが、彼に向けてナイフを突き出したことで、尻切れになった。
しかし、ナイフはファレルの顔を掠めて、彼の背後に届き、キーンと甲高い音を立てた。
その音を聞くやいなや、ファレルは速やかに思考を戦闘状態に切り替える。そして、振り向く動作に合わせて、回し蹴りを放つ。
鈍い感触。骨の一二本は持っていっただろうか。
そして、骨を折られたにもかかわらず、呻きの一つも漏らさず飛び退き、ファレルを狙ったナイフを構え直す何者かを睨み付け、
「どこのどいつだ、テメェ」
「…………」
答えはない。どこかの誰かと似たような漆黒に染め上げた装い。黒い頭巾をかぶり、人相を隠していた。まるで、東方の舞台劇に出てくるという黒子のようである。
よく見れば、ナイフだと思っていたものも、匕首という方が相応しいだろう。なんとも東方趣味である。
まあいずれにせよ、服装や気配、その技から察するに隠密。ただし、その主人はわかったものではないが。
「……素性は不明。だけど、見たことがある」
「へぇ、っつーことは、こないだののお仲間ってわけでもなさそうだな」
「……ねえさんは奇襲なんてしない」
「だろうな。つか、それ隠密としてどうなんだ?」
「……殺る気がない時、見られてもいい時は」
「……おれ、結構やばかったんだな」
ファレルは一人、冷たい汗を流した。声をかけられるまでまったく気付いていなかったのだ。やはり、殺す気ならすでに死んでいたということだろう。
会話しながらも、ファレルは目の前の黒子から意識を切っていなかった。当然、相手もそれに気付いているのだろう。ナイフを構えたまま微動だにしない。
「……もうひとり」
「オーケー、前はおれ、もう一人はテメェだ、いいな?」
「……おーるらいと」
そして、ファレルとセレナは同時に前後に飛び出した。素早く手首から引っ張りだしたナイフを、黒子に叩きつける。
相手の黒子も、匕首を繰り出し、ファレルのナイフを弾いた。連続して数回、刃をぶつけ合う。
剣捌きが一撃必殺を狙う隠密のそれだ。一撃一撃は限りなく鋭いが、その一方で軽い。速度と剣筋の鋭さ。それを絶対とする殺人剣。しかし、それは打ち合いには向いていないということでもある。
そして、その鋭さも速さも、以前対峙した、あの女ほどではない。
「おせーよ」
ファレルの蹴りが黒子の腹を捉え、黒子は、受身を取ったものの、大きく弾く飛ばされ、部屋に置いてあった椅子を巻き込みながら倒れる。そこにファレルは一切の躊躇なく、取り出していた拳銃の弾丸を連続して叩き込んだ。
直後、突如として、煙幕が広がった。
「ちっ……」
舌打ちを漏らし、気配を探るが、見つからない。ここは屋敷の中にある隠し部屋の一つだ。窓はない。
煙幕が毒ガスである可能性を考慮し口を袖で塞いだファレルの腕を何者かが引っ張る。一瞬、黒子かと思ったが、その腕を掴み返したところで、セレナだと思い直した。腕が細いのだ。
気が付けば、煙幕の外に出ており、すぐ近くにセレナがいた。
「……逃した」
「あいつら、何が目的だったんだ?」
「……処刑?」
「なら先手を打ってぶっ壊すなりしときゃいいじゃねーか」
「……不明」
「ちっ……いろいろめんどうだな、ちくしょう!」
「……要報告」
ファレルは、聞えよがしに溜息を吐いた後、通信機をオンにして、
「こちら、《グルファクシ》。遠隔操作装置を確保。目標を一時停止させた。待機班は目標に侵入し、速やかに装置を解除しろ」
『了解』
「……侵入?」
「まあ、大丈夫だろ。いざとなったら、《マーナガルム》あたりがぶっ壊すだろうしな」
「……壊れる?」
「さあな? とにかく、装置は一時停止した。つーわけで、おれたちの任務は完了だ」
「……まだ」
「わーってる。さっさと合流すんぞ」
その言葉を最後に、二人はその場から走り去った。
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