第131話 反動 -retributive justice- 22

 明朝、ドゥバンセ男爵領の領都内。そこにはすでに革命(ネフ・ヴィジオンのメンバーが入り込んでいた。

 地下の下水道に集まっているのは、わずかに数名だった。みな、黒い服に身を包み、フードで顔を隠していた。


「オペレーション・デイブレイク、ファーストフェーズ終了ってとこか?」


 そうつぶやいたのは、集団のリーダーである少年──ファレルだった。


「……7分遅れ」

「分かってる。《グルファクシ》より各員へ。これより、オペレーション・デイブレイク、セカンドフェーズを開始する。A班、俺に続け。B班は、予定通り、処理班の侵入ルートを確保しろ。いいな?」


 ファレルの言葉に、全員が小さくうなずくと、二手に分かれて、下水道を走り出す。あくまで足音は立てずに、慎重に。

 ファレルたちの目標は、十字架に囚われた反動勢力メンバーの解放だった。情報によれば、ドゥバンセ男爵は、十字架に磔にしたメンバーを、ガラスでできた部屋に閉じ込め、毒ガスによって民衆の目の前で殺し、最後には遺体を火炙りに処するつもりらしい。

 実に、回りくどい手法であるが、民衆に恐怖を刻み付ける目的であれば、有効なのかもしれない。おそらく、正午という時間設定も、人々の目に触れやすくするためであろう。

 ヴィクトール領の実質的統治宣言という、革命団ネフ・ヴィジオンの劇的勝利──実際には、幸運と好機に支えられた綱渡り的な勝利だったのだが──によって、楽園エデン各地の陰に潜んでいた、反貴族勢力は、急激にその勢いを増している。

 貴族領治安維持保護法などという、仰々しい名の法律は、その革命団ネフ・ヴィジオンの勝利に焦った、貴族院の勇み足的な側面があったわけだが、今回、その行使を明確に宣言した上で、叛逆者を処刑したのならば、その法の実効性は、広く認められる。

 そうなれば、反貴族主義を掲げるものたちの多くは、怯え、竦み、再び水面下へと隠れるに違いない。そして、せっかく高まり始めた革命の炎は、あっさりと水を差され、消えてしまうだろう。

 しかし、その一方で、叛逆者の処刑を革命団ネフ・ヴィジオンが阻止することは、革命団ネフ・ヴィジオンが、反動勢力にとって強固な後ろ盾であることを示し、革命団ネフ・ヴィジオンへの連帯を呼びかける絶好の機会でもある。

 故に、リーダーである《テルミドール》は、この戦いを、『守り、救い、共に立つための戦い』と評したのだ。

 言ってしまえば、革命団ネフ・ヴィジオンに戦略的な意味での敗北は許されなかった。


「目標地点は?」

「……北東に300メートル」

「了解」


 闇の中に、水溜りを蹴る小さな水音だけが響く。最小限の音だけを残し、同時に他の音に耳を澄ましながら、彼らは走る。


「ここか」

「……状況開始」


 無言で合図を交わすと、彼らは、闇の中から動き出した。

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