第93話 連鎖 -butterfly effect- 24

「舐められたものだ」

『普通はこれで先手打たれたら大混乱だと思うんだけど……』


 などと言いつつもジンに付いていけている辺り、ティナも革命団ネフ・ヴィジオンの騎士であると言っていいだろう。

 もっとも、もとより二機だ。大規模な部隊なら横に狭い街道で混乱に陥り、あわや全滅の危機だろうが、少数であれば、たとえ街道であっても十分な回避機動を取れる。少数精鋭で先手を打つのが功を奏した形だ。

 それに、機体性能を覆すジャイアントキリングを当然のように要求される革命団ネフ・ヴィジオンの騎士にとって、この程度は当然のことである。間違いなく、ジン、ティナ、レナード、ディヴァインの四人ならば正面から突っ込んでも、この驟雨を回避して、敵に喰らいつける。

 まあ、そもそも、革命団狩りをする人々を踏み潰さないように気を遣っていたせいで、街を抜けるのに時間がかかり、攻撃開始より先に強襲をかけるためには走るしかなかったという事情もあるのだが。

 そして、走る続ける二人は新たな敵の存在を捉えた。横一列に並び、大型の盾と槍を持って仁王立ちする〈エクエス〉だ。


『ファランクスかな?』

「さあな。興味もない。撃っているのは後ろか。先にそちらを片付ける。《フェンリル》、おまえは前を潰せ」

『ちょっと無茶振りじゃない?』


 不満げなティナ。当然だろう。万全の防御を取っている敵を相手にするのは骨が折れる。それに、今回は、剣を持ってきてはいるものの、ティナが好んで使う騎士散銃ナイツマスケットと大型の盾との相性は最悪である。

 マスケットの強力な散弾も盾に防がれれば、耐えられてしまう。

 しかし、それを理解した上で、ジンは冷たく一言、


「やれ」

『ああもう! りょーかい! でも、弾数そんなないんだからねっ!』


 速度を緩め、槍の部隊を相手取ろうとするティナを尻目に、ジンはさらに速度を上げる。

 盾で攻撃を受け止め、敵の進行を防ぎ、槍と後方からの支援砲撃によって敵を撃破する。典型的なファランクス陣形だ。

 狭い街道においては有効な戦術と言えよう。

 ただし、相手が『鷹』でなければの話だが。


「遅い」


 正面から突っ込むジンの〈ティエーニ〉に槍が突き出される。しかし、ジンはその直前に跳躍し、突き出された槍を踏み台にすることで〈エクエス〉を飛び越え、同時に空中で前転。腰の双剣を抜き放ち、すれ違いざまに〈エクエス〉の両腕を斬り飛ばして、後方に着地した。

 いつかジェラルドが見せた技の真似事だ。完成度では遠く及ばないが。

 瞬時に行われたとは思えないほどに大胆かつ精緻なその機動に、横並びの〈エクエス〉は反応すらできていない。その上、前にいるティナにも警戒を続けなければならない。

 前門に魔狼、後門に双翼の鷹という状況を作られた今、前方に対しては優位的なファランクス陣形も、崩壊したも同然である。

 ここから、〈エクエス〉を斬り伏せるのは簡単だが、優先すべきは、遠距離砲撃の無効化である。

 しかし──


「ちっ……」


 双剣を手にした〈ティエーニ〉は、ファランクスの後方に飛び降りた直後から、複数機の〈エクエス〉によって強襲を受けていた。

 どの機体も、背にはバリスタを、手には騎士剣を握っている。どうやら、飛び込んでくるのを読まれていたらしい。

 とはいえ、双剣を操るジンを前に、わずか数機のMCなど、障害にもならない。


「邪魔だ」


 振り下ろされた剣を腕ごと吹き飛ばし、同時に放った突きで、もう一機の頭部を叩き壊す。前傾した体勢に乗せて滑り込むように足払い、三機目の足を刈り取る。

 さらに、倒れ伏す〈エクエス〉を蹴って跳躍、ブースターを制御し、後詰めに迫っていた〈エクエス〉の頭部をボールのごとく蹴り飛ばし、空いた空間へと着地する。

 しかし、着地点を読んでいたかのように、同時に三方向から〈エクエス〉が斬り込んだ。

 回転しながら放った双剣によって、剣を弾き返す。ジンが追撃に出るより先に、弾かれた反動を利用して〈エクエス〉は間合いの外に飛び退いていた。

 追撃で斬りこもうにも、三機が互いをカバーし、さらには他の〈エクエス〉もそれをフォローするように配置されている。そう簡単には飛び込めない。

 前のファランクスは反応できなかったのではなく、反応しなかったのだ。あえてジンを自陣に引き込むことで、分断したのだろう。


「……なるほど、誘われたらしい」


 だが──


「相手を間違えたな」


 神速の踏み込み。一呼吸で距離をゼロにし、〈エクエス〉の腕を斬り飛ばす。すぐさまカバーに入った〈エクエス〉の剣が振り下ろされるが、もう一本の剣で弾き返し、続けてバク転気味に片手を付いて、サマーソルト染みた蹴り上げを放つ。

 〈エクエス〉が弾き飛ばされるのを確認するより早く、背後を取ったつもりの敵機の足を斬り払う。さらにその勢いに乗せて、手を軸に半回転し蹴りを見舞い、脚部を失った機体を弾き飛ばして、時間を稼ぎ、その間に体勢を立て直す。

 無茶な機動に機体がミシミシと悲鳴を上げるが、正面から、圧倒的多数の性能差のある敵を討とうというのだ。無理でも無茶でもなんでもしなければ、勝利はおぼつかない。

 とはいえ、開幕早々、本気で戦わねばならない状況に追い込まれるのは少々予定外ではある。


「《フェンリル》、そっちはどうだ?」

『ふぇっ? いや、全然だけど? っていうか、この短時間で墜としたの?』

「何機かは潰したが、殺してはいない。動くやつもいるはずだ」

『うーん、でもあのファランクス潰さないと、援護いけないんだよねー』

「連中は?」

『来てるけどゆっくりみたい? たぶん、わたしたちの動向を見て動くんじゃない?』

「そうか……指揮者コンダクターがいるはずだ。そいつを潰す。ある程度はそっちに流すが、墜ちるなよ」

『当然! あんたこそ無茶しすぎて死なないでよねっ!』

「誰に言っている?」


 そう返したジンは不敵に笑んで、周囲に群がる〈エクエス〉を睨み据えた。

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