第73話 連鎖-butterfly effect- 04

「いまいちわからないんだけど、これ、どういう状況?」


 周りを気にするように潜めた声で、ティナは端的にそう尋ねた。


「知らねーよ」

「さあな」


 その答えにティナは痛くなってきた頭を押さえた。この二人、本当に行き当たりばったりにしか生きてないように見える。もっとも、今の状況自体が行き当たりばったりの結果なのだが。恨むべきは、何の説明もなくティナ達を送り出した《メスィドール》と《プリュヴィオーズ》だろう。


「ねえ……もう少し、まともな回答が欲しいんだけど?」

「事実を事実のまま口にしただけだが?」

「右に同じく。さすがにこれはどういうことか分からねーよ」


 ──だめだこいつらまるで役に立たない。

 ティナは表情が険しくなるのを感じ、眉根を揉みほぐした。

 通信を受けてからすぐに、カエデとセレナに後のことを任せ、街へと向かったのだが、ティナが見たのは、妙に騒がしく、妙に浮き足立った人々の姿だった。

 ただそれだけで、人々の顔に侵略への恐怖はなく、むしろ、解放感に溢れた顔をしていた。それどころか、黒く染め上げられたMCを賛美する始末である。

 しかも、MCがいると言うから慌ててきたのに、MCは動いていないどころか、起動すらしていなかった。

 わけが分からなくなったティナは、ジン達からの連絡を受けて、中央広場にいってさらに状況が分からなくなった。

 漆黒のMCを前に、朝礼台のようなものがおかれ、そこに人々が集まっていたのである。

 結果、状況から取り残されたティナは、二人にどういうことか尋ねたのである。もっとも、状況についていけていないのは他の二人も同じだったようだが。


「そもそもなんで集まってるの? あのMCは何? 」

「分かっていたら動いている」

「まっ、そういうことだな。どうする? とっとと退くか?」

「……ここに誰かが来るのは間違いないだろう。とりあえず、そいつの頭をぶち抜けけるようにしておけ」

「おまえな……」


 ジンの言い草に、ティナはますます頭痛が酷くなるのを感じ、ファレルでさえも呆れたように嘆息した。

 敵か味方かもわからないのに、とりあえず、出てきた奴を撃つ準備をしておけとは、正気を疑う提案である。まして、撃つのは誰だと思っているのか。

 押し付けられた布に包まれたライフルを受け取りながらティナはため息を吐いた。


「ねえ、わたしがやらなきゃだめ?」

「俺は外すだろうな」

「おれは狙撃専門じゃねーし」

「……だめ?」


 うつむき気味だったティナは、自然と上目遣いになり、ジンをうかがう。撃ちたくない。ジンはきっとそれを理解してくれるだろうと思っての行動ではあるが、ジンはその視線の意味を理解しなかったらしい。

 煩わしげに顔をしかめて目を逸らしただけだった。本当に昨日は別人でも入っていたのだろうか。それとも、あのダルタニアンとかいう暑苦しいレーヴェル家の嫡男の影響だったのだろうか。


「……俺は撃てとは言ってない」

「ふぇっ?」

「準備をしておけというだけだ。必要になる可能性もゼロじゃない」

「ジン……?」

「ちっ……」


 舌打ちを漏らしたジンを見て、ティナは、ジンが自分の心情を慮ってくれなかったわけではないと気付いた。ジンはジンなりに気を遣ってはくれているということらしい。


「おまえら昨日からほんとに仲良いよなー。ついこないだまではあからさまに仲違いしてたのによ。なんかあったのか?」

「いや? ただティナが──」

「ないから! ぜーったい! 何もないからね!」


 ジンが余計なことを言おうとしたので、慌てて飛び付いて口を塞ぎ、ジンも声を打ち消すかのような大声で、ティナはファレルに無実を訴える。


「わーった、わーった。だからちょっと、な?」

「なに、その子供をあやすような言い方!」

「だからさ、ティナ。おまえ、めちゃくちゃ目立ってんぞ」

「あっ……」


 騒ぎの中でも響くほどに大声に、銀髪紫眼という珍しいティナの容姿は人々の注目を集めるには十分であり、さらに女一人と男二人という状況が、疑いを加速させていた。

 なにあれ、とか修羅場、とか色々と自分達の関係を邪推する人々の視線に気付き、ティナは羞恥で頬を真っ赤に染める。

 そして直後、ジンの肘打ちがティナの脇腹を抉り、あまりの痛みに悲鳴も上げられず、しゃがみこんだ。


「ちょ、ちょっと、なにするの……」

「いつまでしがみついてる気だ?」

「あっ、ごめん」

「っていうか目立ち過ぎだ。一回下がるぞ」

「うん」

「ああ」


 三人が顔を突き合わせて密談するのも誤解を加速させているような気がするが、今は努めて気にしないでいようと思う。


「お、お騒がせしましたー」


 ぺこり、と頭を下げると、もう既に人混みをすり抜けるように歩き出していた二人を追うように、ティナは脱兎の如く駆け出した。

 人混みを抜け、人通りの少ない路地裏に姿を隠し、落ち着いたところでファレルが口を開いた。


「それで、どうする? おれ達ってか、ジンとティナはセットにすると隠密には向かないという事実はよくわかったんだが……」

「突然、騒ぎ出すのはティナだろう」

「ジンのデリカシーがないからだもんっ!」

「はいはい。仲良いのは分かったからおまえら真面目に対応策を考えろ」


 ジンが非常に不本意そうに顔をしかめたが、今の状況をなんとかする方が先だと判断したのか、何も言わなかった。


「でも、今のところ、何もないんだよね? 手がかりも相手の動きも」

「まあな。だが、1時間もない内に何かあるのは確実だろ?」

「それはそうだけど……」

「とりあえず、ティナ」

「なに?」


 不意にジンが口を挟み、ティナが首をかしげて答える。

 ジンは、そんなティナが握ったライフルに指を向けると、


「それをとりあえずそれを着ておけ」

「ふぇっ?」

「おまえの髪は目立つ。今ので覚えられた可能性が高い」

「なるほどな。確かにティナは遠目から見てもバレるだろうな」


 そう言われて布を解いてみると、布だと思っていたものは、つい先日も被っていたフード付きのマントだった。

 ティナはライフルをケースに戻し、マントを羽織るとフードを被って、顔を隠した。


「これでいい?」

「おまえはそのまま狙撃ポイントを確保しろ。俺とファレルはもう一度あそこで情報を集める」

「結局それなの?」

「そりゃそうだろ。他に方法ねーし。ティナはさっき見られただろ?」


 ファレルの言うことは全くの正論である。どの道、あの人混みに中で撃てば、昨日と同じく、ティナは袋叩きなのだから、遠くから撃った方が安全に決まっている。


「むー」

「もし撃つなら俺が指示する。それ以外は絶対に撃つな」

「本気で言ってる?」

「信頼する必要はないが、俺を信用しろ」


 自信満々にそういうジンに、ティナは目を瞬かせ、わずかに頬を染めると、こくりとうなずいた。


「話はまとまったところで、誰かさんのありがたい説教でも聞きに行くとするか」

「やっ、ありがたいとは限らないと思うんだけどっ」

「どっちにせよ、必要なら潰す。だろ?」

「当然だ」


 ──まったくもう……

 何度も思い知らされていることだが、本当にティナとは覚悟が違う。この二人は不確定要素ばかりの戦場でも迷わずに己が力を振るい、生き残って見せるのだ。それによって誰かを殺すとしても、彼らは絶対に躊躇わない。

 それは、つい先日、ジンが仲間であるはずのティナにさえ、貴族だと知った途端に刃を向けたことからも証明されている。

 殺すのも殺されるのも彼らにとっては当たり前なのだ。それはきっと、貴族であるティナの知らない世界で生きてきた二人だからこそ持ち得るメンタリティだ。

 ティナは、そんな彼らが羨ましくもあり、同時に怖くもあった。

 ティナは撃つのが怖い。MCに乗っていれば撃てるのに、人を撃つのはできないのだ。

 自分の手で誰かを殺すことをはっきりと思い知らされるのが怖くて──


「おい」


 既に直接的にせよ、間接的にせよ、多くの生命を奪うことに加担しているというのに、未だに怯えているのだ。

 生命の重みを理解することに──

 ティナは結局、赤く染まった手のひらから目を逸らし、返り血に濡れまいと必死になっているだけなのだ。


「おい」

「ふぇっ?」


 ティナが顔を上げると、思ったより近い位置にジンの仏頂面があった。表情こそ凍土のごとき冷たさを宿した無表情だが、真紅の瞳は鋭く細められている。

 なんだかんだと付き合いが長く、ジンを良く見ているティナには、ジンが不機嫌であることが理解できた。


「な、なに?」

「聞いていたか?」

「え? あ、うん」


 やれやれという風に肩をすくめるファレルと、冷たい目を向けてくるジン。二人して呆れを隠さない態度である。


「ぼけっとすんじゃねーよ。どう転ぶかわからないんだぜ?」

「わ、わかってるって」

「んじゃ、作戦開始だ。狙撃ポイント確保したら報告しろよ。おれは回り込んで奥から行くから、ジンはこっちから頼む」

「了解した」


 ファレルが路地裏から姿を消すと、ジンも後を追って走り出す。だが、ふと思い出したように、ティナを振り返ると、


「撃てないなら撃たなくていい」

「え……?」

「前にも言ったが、何を撃つのか。何のために引き金を引くのか。それはおまえが決めることだ」


 言うだけ言うと、ジンはそのまま走り去っていった。

 ジンはいつもそうだ。いつだって、何かをしてくれるわけじゃない。

 優しいくせに優しくない。


「ばかっ……」


 ティナは、彼女の分身でもあるライフルをぎゅっと抱きしめた。

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