第72話 連鎖 -butterfly effect- 03

「ジン、どうだ?」


 ファレルが尋ねると、ジンは険しい表情のまま首を横に振った。

 ジンとファレルは予定通り、ヴィクトール伯爵の屋敷だった・・・場所に来ていた。ジン達が滞在していた宿場町から、徒歩で1時間ほどの距離にあるそこは不自然なほどに静まりかえっていた。

 ファレルはすでに、セレナから事情を聞いている。彼女の任務はヴィクトール伯爵と革命団ネフ・ヴィジオンの繋がりを秘密裏に排除することだった。

 しかし、その最終段階で敵側の隠密と接触し、腹を抉られ、仕方なく、念のために用意していた爆薬を起爆させ、離脱したということらしい。

 本来は屋敷ごと燃やす予定はなかった上、ヴィクトール伯爵本人の暗殺は任務外だったとのことだが、逃走のためにやむ終えず、屋敷ごと破壊したというのが、今回の顛末だったようだ。


「しっかし、なんの痕跡もなしとは、やってくれるもんだな」

「想定済みではあったが」

「そりゃそうだが、セレナの話じゃ、相手は革命団おれたちを探ってるらしいしな。何の成果もなしじゃ、やられっぱなしってもんだろ」

「…………」


 ジンは答えない。だが、その真紅の瞳は鋭く細められ、何かを見ていた。


「ファレル」

「なんだ?」

「なぜここには誰もいない?」

「は?」

「考えてもみろ。ヴィクトールは死んだ。屋敷は全焼している。なのになぜ、誰もここにいない? 領主の館が燃えたんだ、野次馬の一人や二人いてもおかしくないだろう」

「確かに、な。情報統制するはずの人間は真っ先に灰になってるだろうしな」


 ヴィクトール伯爵の屋敷は、領都の主街区から少し離れた丘の上にある。森を背に、街を一望できる形に作られており、隣接するオルレアン領とマレルシャン領の双方に近い、ヴィクトール伯爵領の東端の方に位置する。

 主街区のメインストリートはそのままこの屋敷に繋がっており、街から屋敷の様子を見ることはもちろん、街道を通って、屋敷の検分に来るくらいは容易い。

 もっとも、普段それをすれば、不敬罪か反逆罪に問われるだろうが、屋敷の出火という異常事態に、誰一人として見学に来ないのは不自然な話だ。

 それはつまり、領主の館が焼け落ちたという事実以上に重要なことがあるということ、もしくは、この事実があえて確認するようなものだはないということ。


「三公を追う余裕はない、か」

「そうだな。どうやら、おれ達はまた後手に回ったらしい。マジでおれらの計画って不測の事態しかねーな。誰が厄病神なんだ?」

「……ティナあたりだろう」

「おまえも大概だろ、っておれは言いたい」

「そうか?」

「自覚症状ねーのかよ……」


 呆れるファレルに対し、屋敷の跡を捜索していたジンは答えず、不意に手を止めた。


「どうした?」

「これを見ろ」


 ファレルは、ジンの足元にあるものを見て、思いっきり顔をしかめた。

 焼けた肉の匂い。

 それは崩れた柱の下敷きになるようにして、あった。

 それの皮膚は焼け爛れ、一部は黒く炭化している。

 死体である。もちろん、ここに来てから死体を見たのは初めてではない。すでに何人かの焼死体を確認している。もっとも、セレナによれば、抹殺対象を殺したままにしていたらしいので、焼け死んだ、と言うよりは、焼かれて死体が損壊したという方が正しいのだろうが。


「死体かよ……わざわざ見せんなっての」


 ファレルが、気分が悪いといった様子を隠さずに首を振ると、ジンは無言のまましゃがみ込み、死体の身体を調べ始めた。

 ファレルは無神論者であり、楽園エデンに流布する、幾つかの宗教にまったく興味はないが、死人を汚すようなやり方には抵抗があった。


「おいおい……」


 しかし、そんなファレルに構わず、ジンは焼け爛れ人相など分からなくなっている男の身体を探り、幾つかの装飾品を手に取ると、それを見て確信を持って告げた。


「こいつがヴィクトールだ」

「根拠は?」


 ジンは死体から奪った指輪の一つをファレルに投げてよこす。死人にはもう少し敬意を払うべきではないだろうか。

 そこに刻まれているのは、ファレルもいつか見た紋章コート・オブ・アームズだ。立ち上がったジンがポケットから取り出したメダルの意匠──黄金の剣に6枚の天使の翼──とも一致している。


「なるほどな。やっぱり死んでたわけだ」

「銃で撃たれた形跡がある。おそらく、ここに来た誰かの仕業だろう」

「つーことは、予想通りか?」

「おそらくは貴族の粛清。こいつはやり過ぎたらしい」

「はーっ、めんどくせぇ」

「…………」


 ジンは無言のまま手にしていた装飾品を投げ捨てると、もはや用はないといった様子で、ヴィクトール伯爵の遺骸に背を向けた。


「ってこのままにすんのかよ」

「死亡確認と誰かが手を下した事実は確認できた。それ・・に用はない」

「埋めるくらいはしてやろうとは思わねーのか?」

「死人は死人だ。手厚く葬られようが、ウジに食われて朽ち果てようがな」


 正論は正論なのだが、もう少し言い方があるだろうに。どうやら、ジンはファレル以上の無神論者らしい。


「まっ、何にせよこれで結論は出たわけだ」

「…………」

「撤退だ。面倒に巻き込まれる前に退くぞ」

「いや、もう遅い」

「は?」


 ジンの視線は、丘の上から一望できる主街区に向かっていた。

 彼の視線の先にあるのは、鋼鉄の甲冑を纏いし巨人──MC。機械仕掛けの騎士。貴族が作りし最高の刃。

 そして、何より特徴的なのはそのカラーリングだった。

 漆黒。全てを飲み込む闇のような、暗い昏い夜の色。


「結局、おれ達はまた、イレギュラーに戦いを挑むわけか……計画性ってのはどこに消えたんだよ、ほんと……」

「ファレル。あいつらに連絡を取れ。カエデとセレナは移動させろ。ティナはおれ達に合流だ」

「もうやってるよ」


 ファレルは、ジンの言うことを想定して、通信のスイッチを入れ、部屋に置きっ放しの通信機に、電波を飛ばす。


「こちら、ファレル。聞こえるか?」

『も、もしかして銃見られた!?』

「はあ? 何を言ってるかは知らないが、別件だ。カエデとセレナにどっか別の場所で隠れるように言ってくれ。おまえは、おれ達と合流だ」

『ふぇっ?』

「腑抜けてんじゃねーよ」

『それってつまり……?』

「ああ、ヴィクトールは死んだ。だが、MCを持ってる連中がいる」

『騎士団じゃないの?』

「騎士団のMCが黒いと思うか?」

『うん……わかった。おっけい、すぐそっちに合流する』


 ティナが通信を切ろうとすると、ジンが不意に口を挟んだ。


「いや、直接市街区に出ろ」

『えー、MCいるんでしょ?』

「時間が惜しい」

『むー、りょーかい』


 不満げながらも、ティナが了承すると、


「じゃっ、始めるぞ。以後の通信はコードネームを使用すること、いいな?」

「了解した」

『ん、おっけい。あっ、ジン。私の返してよ?』

「後でな」


 そう言ってジンは通信を切り、市街区の方に再び目を向ける。MCは動いていない。それ以前に、攻撃の意思は感じられない。

 それは、何か他の目的があるということ。それが何なのかは今の所分からないが。


「さて、行こうぜ」

「ああ」

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