第68話 epilogue-02

「すべては我輩の計画通りか……クックックッ、革命団ネフ・ヴィジオン、オルレアン、愚かなものよ」


 男は、絢爛に彩られた部屋で、満足気な笑いを漏らしていた。グラスになみなみと注がれた、血を絞ったかのように赤いワインを片手に、男は一足早い祝杯を上げていた。

 革命団ネフ・ヴィジオンの活動に触発され、オルレアン領でも一部の不満を持つ人々が、集まり始めていた。もちろん、革命団ネフ・ヴィジオンのリーダーのように熱っぽい煽動家でもなければ理想家ロマンチストでもない。

 その思想は、せいぜい、職場での扱いが気に食わないなどといったくだらない愚民に考え付きそうな程度の話だ。しかし、それでも、MCぶきを与えてやれば、存外暴れてくれるものだ。

 男──ヴィクトール伯爵はほくそ笑む。


「まもなく計画は最終段階に移る……なにが、円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズであるか。くだらぬ見栄など役に立たんことを教えてやる」


 ヴィクトール領の軍需産業は、装備品や内装と言った、他領への輸出を主としたものに偏っており、お世辞にもMCの開発、ひいては搭乗者たる騎士の育成に力を入れているとは言えない。

 だが、威力制限を無視し、禁断の果実に秘匿された技術を使った銃火器があれば話は違う。銃火器は敵を倒すという一点においては、大半の騎士を凌駕する力を持つ。

 素人にすら、少し扱いを教えるだけで、MCは虐殺を振りまくキラーマシンに昇華する。

 ヴィクトール伯爵の計画は、市民を乗せた銃火器装備のMCの物量を以って、現当主の護衛で騎士団が不在の隙を突いて、残る円卓の騎士、ザビーナ・オルレアンと、その親衛隊に疲弊を負わせ、その混乱に乗じて、隣接する領での危機に対応するため、という名目の下に、騎士団を派遣し、オルレアン領の領都、ジャンヌ・ダルクを制圧することだった。

 今頃は、後続の夜襲を行う部隊がオルレアン領内に侵入したころだろう。もちろん、その狙いは、円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズ、ザビーナ・オルレアン。

 さらに、今行軍を開始している騎士団は、各地から秘密裏に雇い入れた騎士で構成されている。その練度は他の騎士団に劣るものではない。疲弊したオルレアン領都程度ならば、見事鎮圧してみせるだろう。

 計画は抜かりなく進行している。明日には、オルレアン領を制圧し、次の計画のためのを仕込むことができるだろう。

 そうなれば、近い内に、元老入りを拒否したアマリリス公爵や、支配者気取りのセレーネ公爵、若造のエスメラルド公爵の首にも手を届かせることができるだろう。


「貴族だの騎士だの、時代遅れなのだ! 愚鈍な貴様らに我輩がそれを教えてやろうというのだ! ワッハッハッハ!」

「愚鈍なのは貴方ですよ、ヴィクトール伯」


 部屋中に響いていた高笑いを断ち切ったのは、爽やかな、だが冷たさを宿した声だった。


「何者だ! なっ……!?」


 泡を食って振り返ったヴィクトール伯爵は、そこにいないはずの人物の存在に目を剥いた。


「貴方ごときの児戯にも等しい計画に私が気付かないと思っていましたか? まったく、愚かにもほどがある。野心の割にはその程度の小物だから、アマリリス公は反対したのです。いや、アレも相当な愚者ですからね。ただ、自らの権益が脅かされると踏んでの行動でしょうか?」

「なぜだ!? なぜ、貴様がここにいる!?」


 動揺するヴィクトール伯が叫ぶ。

 しかし、答えは芝居掛かったため息一つだった。


「はあ……セレーネ公は貴方の行動を黙認するつもりだったようですが、私はセレーネ公ほど混乱が好みではないので、介入させてもらうことにしました。革命団ネフ・ヴィジオンに繋がる数少ない手がかりではあるようですし」

「答えろ! なぜ貴様がここにいられる・・・・! エスメラルドの若造!」

「やれやれ、最早取り繕う余裕もありませんか。この程度で野心家と評価されるようでは、やはり元老の程度も知れるということですか」

「答えんか! 貴様!」


 その叫びに、青年──若き俊英、エスメラルド公は、あっさりと答えた。


「はあ……わかりませんか。貴方が邪魔だからですよ、ヴィクトール伯爵」

「そういう問題ではないのだ! 帝都では貴族院が議会を招集しているはず! なのに、なぜ!?」

「くだらない老害共に付き合う義理はないので、参加は拒否させてもらいましたよ。セレーネ公は快諾してくれました」

「なっ……」


 若きエスメラルド公は、はっきりと貴族院の老人達を老害と呼んだ。その思考は元老院の保守的な思考とは相容れないものだ。むしろ、その思考は革新派のそれと言えよう。


「貴様も、この楽園エデンの在り方に疑問を抱いておるのだろう? ならば、革新派われわれの計画に賛同できるのではないか?」

「貴方のくだらない計画などに、この私が、エスメラルドの名を背負う三公の一角が、賛同するとでも思っているのか? 愚かにもほどがある」

「くうっ……!」


 ヴィクトールが怒りに顔を紅潮させて唸る。対するエスメラルドは、怜悧な美貌を揺らがせもしない。


「だが、我輩の計画は進行している! ここで我輩を捕らえたとて、計画は抜かりなく──」


 ヴィクトールは、エスメラルドの憐れむような目に口を噤んだ。この自分の半分にも満たない間しか生きていない小僧は、自分を見下している。そう思うと、ヴィクトールは憤怒を抑えきれなくなった。


「なんなのだ! 貴様は!」


 隠し持っていた銃を取り出し、引き金を引く──

 ──より早く、エスメラルドが抜いた拳銃は火を噴き、ヴィクトール伯の手から、銃が弾き飛ばされた。


「もうすでに貴方の部隊は殲滅済みです。あの程度の練度で騎士団を、特務部隊を名乗るなど、伯爵家の名に泥を塗るようなものですね」

「馬鹿な……!?」

「先んじてオルレアン領に侵入していたMCまでは潰せませんでしたが、まあ、銃火器で武装しているとはいえ、あの程度では、ザビーナ・オルレアンとその親衛隊を殺すには不足でしょう」

「くっ……若造めが……!」

「所詮はその程度の器だということです。この分では革命団ネフ・ヴィジオンの情報もさして所持していないでしょうが、一応聞いておきます。革命団ネフ・ヴィジオンについて知っていることは?」

革命団ネフ・ヴィジオン? そんな組織は知らん!」


 一言で切り捨てたヴィクトールに対し、エスメラルドは、少々思案顔になって、


「なるほど、トカゲの尻尾にすらなれぬ器だったというわけか」


 そう、納得したようにこぼした。当然、その言葉はヴィクトール伯の怒りをさらに煽ることになる。


「なんだと、貴様!」

「おそらく、貴方のしたことは、革命団ネフ・ヴィジオンに金を回したことと、処理を任せられた〈ミセリコルデ〉を横流しにした程度でしょう。ああ、そういえば、今回は、資金提供を盾に、二刀使いを借りたのでしたか?」

「なっ……!?」

「少し調べれば分かることです。まったく、わざわざ足を伸ばしてみれば、革命団ネフ・ヴィジオンにとってすら、終わった駒でしかなかったとは。ずいぶんな茶番に付き合わされたものだ」


 エスメラルドは、心底残念そうに、心底くだらなそうに、そう口にした。


「くっ……セレーネに尻尾を振る犬めが!」

「まさか。あの御方に尻尾を振るなどという自殺行為をできるはずがないでしょう?」

「ならば、なぜ!?」

「ただ少し協力しているだけです。ビジネスライクにね。互いに邪魔者を消し去りたいだけのこと」


 それに、とエスメラルドは一度言葉を切り、口角を吊り上げた。


「どうせ付くならば、地を這う虫ではなく、天下人に付くのが当然というものだろう?」

「この我輩を愚弄するか!」

「虫の自覚はあるようだ」

「若僧が、調子付くな!」

「なんのために私がこの場にいるのか少しは考えて欲しいものだ。老害も豚も無様なことには変わりはあるまい」

「なっ……!」


 あまりの激情に息を詰まらせるヴィクトールに対し、エスメラルドは冷徹だった。


貴族われわれ反動勢力かれ)の間で、蜜を吸うつもりだったようだが、帝の背信者を見逃すとでも?」

「貴様! 貴様! 貴様ぁあああああああ!」

「貴方は貴族に相応しくない。消えるべき存在だ」

「ふざけるなぁああああ!」


 怒りのままにエスメラルドに掴みかかろうとしたヴィクトールの叫びは、一発の銃声に掻き消された。


「粛清を。己の欲に溺れて溺死しろ」


 エスメラルドの弾丸は、ヴィクトール伯爵の眉間を過たず撃ち抜いていた。前のめりに倒れ、自らの血液と脳漿に沈んでいくヴィクトールの身体を、エスメラルドはなんの表情も浮かんでいない目で見つめていた。

 その時、爆発音が響き、彼のいた部屋そのもが震え、天井から砂埃が落ちてくる。

 崩落の危険性があると考えたエスメラルドは、素早く部屋の外に出る。利用価値のあるヴィクトール伯爵の死体を捨て置くのは惜しい気持ちがあるが、優先すべきは生命の安全である。

 エスメラルドは部屋を出たタイミングで、影に一人言のように語りかけた。


「そちらの成果は?」

「すまないね、逃げれられた」

「君が逃げられたのか?」

「相手も腕利きでねえ」


 白々しくそういう自らの『影』をエスメラルドは胡乱げな目で見たが、そのことには触れず、


「……まあいい。とりあえずここを脱出する。どうやら、ヴィクトールは革命団ネフ・ヴィジオンではなく、革新派だったようだ」

「なるほど、アンタはスタートラインにすら立ってなかったってことさね」

「……そのようだ。なるほどこれなら、セレーネ公が、反動勢力レジスタンスを使って、貴族を粛清するなどという迂遠な手を使ったわけだ」


 まったく、馬鹿にしてくれる、燃え上がっていく屋敷の中を走り抜けながら、エスメラルドはそうつぶやいた。


「で、どうするんだい?」

革命団ネフ・ヴィジオンに首輪を付ける。奴らを野放しにしたままでは、セレーネ公の思うがままだ」

「まっ、アタイはアンタの手であり、足であり、目だ。好きに使いな」

「最初からそのつもりだ。部隊を招集してくれ。次の手を打つ」


 そして、燃え落ちる屋敷を背に、エスメラルドとその部下は姿を消した。

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