第63話 騎士 -oath of sword- 24

 ダルタニアンと別れてから数十分後、ジンとティナは、ようやくヘリ発着場にて、ファレルとカエデの二人と合流を果たしていた。

 そこは、領内から逃げ出そうとする人々でごった返しており、ひっきりなしにヘリが飛び立っている音が響いていた。


「ジン! ティナ! おまえらどこほっつき歩いてやがった!」

「えーっと……その辺?」

「その辺じゃねーよ、ボケ!」


 ティナの頭に拳骨が落ちる。痛い。何故だろう。さっきから叩かれてばかりである。


「まあまあ、とりあえず、落ち着こうか」

「遊んでいる暇はないはずだが?」


 カエデがとりなし、ジンが冷たく吐き捨てる。ファレルは、何か言いたげに恨めしそうな視線をジンに向けたが、結局はなにも言わず、ため息と共に、言葉を吐き出した。


「……そうだな。だが、ヘリを飛ばそうにも、確保できないんだ。逃亡する貴族連中が優先権を使ってどんどん掻っ攫っていったからな」

「ついでに、民間も封鎖してるのかな? たぶん、混乱するからだろうね」

「つまり、ヘリでの脱出は難しいってこと?」

「ああ、貴族様に、貴族に尻尾を振る金持ち共で、フライトはしばらく埋まってる」


 オルレアン領の中心地にある発着場だけあって面積は広く、ヘリの機数も少なくないが、コロッセウムの観戦に来ていた貴族や商人の数や、領外逃亡を図るこの領の人々を合わせれば、数は当然足りなくなる。


「おまえらがもう少し早ければなんとか確保できたんだが……」

「う……ごめん」

「…………」


 ティナが謝り、ジンは何か考え込むように、黙り込む。

 そして、ジンはふと口を開いた。


「……外はどうだ?」

「外……?」

「ここはオルレアン領の中心地だ。そして、敵はコロッセウムを中心に全方位から攻め込んでいるはずだ。だが、銃を持っているだけの素人ならば、俺たちはその囲みを抜けられる」

「だが、歩いていける範囲なら、たぶん一緒だぞ。ここのヘリを確保するために、集められているはずだ。貴族連中は自分の領に逃げ帰るだろうしな。ヘリはいくらあっても足りない」


 ファレルはジンの提案を否定する。確かに、着陸してくるヘリもあるというのはそういうことなのだろう。そもそも、時間がかかり過ぎるというのも問題だった。


「あっ、じゃあ、ハイジャックするのはどうかな?」


 ティナがそう言った直後、全員から馬鹿を見る目で見られた。全員が全く同じ、死んだ目をしている。

 特に、ジンの目が酷い。その目は如実に、貴族なのにこんなことも知らないのか、という呆れを語っている。そんな目で見ないで欲しい。貴族が学ぶ教養は、貴族として生きる限り不必要な知識には及んでいないのである。

 というか、みんなに共通して言えることだが、仲間に対して冷た過ぎやしないだろうか。


「な、なによ……」

「ティナ、おれは前から思ってたんだが……おまえ、バカだろ」

「……酷くない?」

「いや、ファレルの言う通りだね。革命団ネフ・ヴィジオンがどれだけ、空路の確保に予算を注ぎ込んでると思ってるの? 前も言った気がするけど、空路はかなり厳密なフライトスケジュールとルールがあるんだ。革命団ぼくらだってそれに相乗りしてる。ハイジャックなんてしたら、最悪身バレして、革命団ネフ・ヴィジオンの空路を失う。そんなリスクを払えるとおもう? それなら人的損害×4の方がまだマシってものだよ」


 専門家というか、革命団ネフ・ヴィジオンの空路担当として思うところがあるのか、カエデは、まくしたてるように言った。

 いや、ティナだってリスクは承知している。だが、リスクを恐れていては、何も解決しないではないか。

 ここにこもっていたとしても、いずれ、ヴィクトール伯爵の差し金で動くMCが攻めてくるだろう。そうなれば、さすがに生身では勝てない。


「でも、ここにいたってどうにもならないでしょ?」

「それはそうだけどね……」

「いや、いけるかもしれない」

「ん……? 何が?」


 ティナが首を傾げながら問うと、不可能ではないと口にしたジンは、無表情のまま、言葉を続けた。


「ハイジャックが」

「ふぇっ?」

「はあ?」

「はい?」


 三人がそれぞれ、一瞬の間、ジンの言葉を理解できずに固まる。


「俺たちのアドバンテージは、カエデがいることだ。俺たちは機体だけを奪えればそれで、逃げられる。機体だけを奪うなら、素性が割れる可能性は低い」

「いやいやいや! そんなにうまくいくわけないでしょ! 今だって、集まってるだけの僕らには銃口が向いてるんだよ? 機体を奪おうなんてしたら撃たれるに決まってるじゃないか!」

「おれとティナは銃を持ってるが、それだけしかないんだ。本格的に撃ち合ったら負けるし、テロリストの一味扱いだぜ? それはさすがに無理だろ」


 正気を取り戻したファレルとカエデが、ジンの言葉を正面から否定する。しかし、ジンは口角を釣り上げ、獰猛な笑みを浮かべた。


「俺にはコレ・・がある」


 ジンがポケットから何かを取り出して、指で弾き、空中でキャッチする。

 開かれた手のひらには、コインのようなものが握られている。表面に刻まれているのは、黄金の剣を中心に、6枚の天使の翼を象った、紋章コート・オブ・アームズ


「あっ……」


 ティナの口から小さく驚きが漏れた。それが何なのかを、彼女は知っていた。

 ファレルとカエデは何か分からないらしく、視線でジンを急かした。

 ジンは、周囲を気にするように声を細め、


「これは、ヴィクトール伯爵家の紋章だ」

「なっ!?」

「俺は、ヴィクトール伯爵に仕える騎士ということになっていた。これは、その身分を証明するために与えられたものだ」


 このメダルは、ヴィクトール伯爵の縁者であるということの証明。そして、この件がヴィクトール伯爵の差し金だと確信している、もしくは推測しているのは、依頼を受けたジンを含む革命団ネフ・ヴィジオンのメンバー、ヴィクトール伯爵を警戒していた、ザビーナ・オルレアンと親衛隊を含む彼女の部下、そして、ジンが直接教えた、ダルタニアン・ルヴル・レーヴェル。これだけだ。

 おそらく、この混乱の中で、ヴィクトール伯爵が最重要容疑者であることを正しく認識している者はいない。


「まあ、これを利用して、コロッセウムにザビーナ・オルレアンを釘付けにするのが奴の目的だったようだが。事実、親衛隊はコロッセウムを中心に展開していたせいで対応が遅れている」


 そうした対応の遅れも、市民を守るという観点からは決して褒められたものではないのだが、結果として、ジンたちにはプラスに働いている。とはいえ、ジンの推測は半分正しかったものの、半分は間違えていた。

 実際、今はヴィクトール伯爵家に対する網は張られていない。だが、それがないのは、混乱で伝わっていないのもあるが、何より、すでにヴィクトール伯爵本人は離脱しているからだ。

 ザビーナはヴィクトール伯爵と革命団ネフ・ヴィジオンの関係性に気が付いたが、ジンとの交戦で負傷し、ジン・ルクスハイト──すなわち、アルカンシェルと名乗っていたヴィクトール伯爵の騎士を差し止めるように命じる余裕はなかった。

 故に、そこには付け入る隙があった。


「それで? これをどう使うんだい? それじゃ、ジンはいけるだろうけど、僕らはどうしようもないよ?」

「最初に言ったはずだ。目的はハイジャック。ヘリの奪取だ」

「おいおい、ジン、まさか……?」

「そのまさかだ。俺が準備させたヘリを奪う。ただし、この作戦だと一度ヴィクトール領に行くことになるが。だが、どのみち潰すと考えれば、懐に飛び込んでも問題はない」

「いや、そうじゃなくてさ。僕らはどうやってヘリに辿り着けばいいのかな?」


 確かに、その作戦なら、ヘリを奪うことはできるだろう。しかし、ヘリの操縦に関してはジンは素人だ。ジンがティナ達を拾うのは不可能だろうし、操縦士を脅すのはリスクが高過ぎる。

 この作戦だと、逃げられるのはジンだけになってしまう。それでは作戦の意味がないではないか。

 ジンは、ちらりとティナの方を見やってから口を開いた。


「ここにいる市民を使う。ティナは気に食わないだろうが、これしかない」


 ファレルはそれだけで、ジンの計画した作戦を理解したらしい。非難めいた視線をジンに向ける。しかし、口にしないところを見ると、代案は思いつかないらしい。


「どういうこと?」

「おまえには銀の銃弾シルバー・ブレットになってもらう」

「戦端は一発の銃弾から開かれるってか?」

「そういうことだ」

「なるほどね。褒められた作戦じゃないけど、この際だから仕方ないかな?」


 男連中三人は理解できたらしいのだが、ティナは銀の銃弾シルバー・ブレットの時点で置き去りだった。

 残念ながら、ジンが考案する作戦を数少ない言葉から察せられるほど、ティナは察しが良くない。


「えっと、つまり、何がしたいの?」

「意図的に暴動を起こす」

「ふぇっ……?」

「貴族だけは逃して、市民はここに抑えつけている憲兵共に対して、不満がないと思うか?」

「あっ……」


 ティナも遅まきながら理解した。ジンは、一発の銃弾で市民と飛行場を守る憲兵達の緊張を破壊し、一気に混乱へ陥れるつもりなのだ。

 確かに、市民が暴動を起こし、憲兵達に襲いかかれば、多勢に無勢。銃を持っていても、容易く制圧されてしまうだろう。そうすれば、ヘリを奪う隙は十分にできる。

 しかし、そのために市民の幾人かは犠牲になるだろう。そして、残された人々は銃火に焼かれ、ヴィクトールの策略に殺されるしかない。

 そんなことをティナはやろうとは思えなかった。ついさっき見た騎士──レーヴェル家の嫡子は言っていたではないか、民を道具として使うなど言語道断、と。


「でも、それじゃ、わたしたちしか助からないじゃない!」


 ティナの言葉にジンは、冷たい目を返してくる。それがどうした、という風に。


「今の俺たちに他人ひとに気を遣う余裕はない。それは分かっているはずだ・・・・・・・・・


 ティナの身体がぴくりと震えた。ぶわっと鳥肌が立ち、恐怖が内側から蘇る。


「うぁ……」


 恐慌に陥りかけたティナの頭にぽんっとジンの手が落ちてきて、その温もりがティナを正気に戻してくれる。

 そんなジンを見て、ファレルとカエデが目を剥いた。驚きを隠さない二人に、ジンは不機嫌そうにため息を吐いた。

 先に復活したのはファレルで、誤魔化すように咳払いし、


「ま、まっ、仲直りしたのなら、それでいいだろ。作戦にも支障はなさそうだしな、ははは……」

「そ、そうだね……はははは……」


 この二人やる気はあるのだろうか。まったく誤魔化す気が感じられないのだが。


「ティナ、いいか?」

「……うん。今はそうするしかないと思うから」


 問いかけるジンの真紅の瞳から目を逸らさず、ティナは肯定を返した。そうだ。自分の身すら守れない者に、誰かを守ることなど、まして世界の支配構造を打破するなど不可能だ。

 今はこの痛みを背負って前に行かなければならない。現実は理想と違って非情なのだから。

 ジンがティナの覚悟を理解したのかどうかは分からないが、一つうなずくと、


「作戦を説明する」


 その言葉に三人が真剣な顔になって、うなずく。


「まずは、俺がヴィクトールの縁者を装って、ヘリを確保。本来のパイロットは意識を奪った上で、荷物置きにでも投げ込んでおく」

「殺さないのか?」

「そんな必要はないよ。むしろ後で困るからね?」


 ファレルの物騒な質問に答えたのはジンではなく、呆れを隠さないカエデだった。


「パイロットと行き先くらいは記録されてるからね。誤魔化すためにも、殺すわけにはいかない。でしょ?」

「おまえより俺が知っているわけがない」

「あはは、そうだったよね」


 茶化すように言ったカエデが黙ると、ジンは再び作戦の説明に戻った。


「ヘリを奪った時点で、通信でおまえらに連絡する。位置は点滅信号で知らせる。そして、ティナ」

「なに?」

「おまえは、俺から連絡を受け取ったら、そのライフルで憲兵の誰かの銃を撃ち抜け。できるだけ派手な銃声を鳴らす方がいい。ファレルは、同時に射撃し、音の位置を誤魔化してくれ。この暗さに突然の銃声だ。間違いなく、パニックになる」

「そして、その混乱に乗じて、おれたちは、ヘリに乗り込み、オルレアン領を脱する」

「ってわけだね?」

「そうだ」

「……でも、ほんとに、ここの人たちはいいの?」


 覚悟は決めたつもりだが、なんのフォローもせずに、ただパニックを起こすだけ、というのは作戦上必要であっても、ティナとしては不満と心配が残るところだった。


「必要ない。ここには騎士として優れている奴が少なからずいる。あいつらがこの程度で膝を折るはずもない」


 ジンはそう断言した。ジンが言っているのは、レーヴェル家の嫡子を含む、大会で刃を交えた騎士達のことだろう。ティナは、会って間もない人間に、ジンが信を置いているということに驚かざるを得ない。


「信用してるんだね……」

「違うな。ただの事実だ」

「一緒なんじゃ……?」


 ティナの口から率直な疑問が漏れたが、ジンが何かを言うより先に、ファレルが口を挟んだ。


「雑談は後にしとけ。ジンの作戦を採用だ。現時刻より、この作戦をオペレーション・ナイトブリッツと呼称、以後の通信では、コールサインを使用、指揮はおれ、《グルファクシ》がとる。いいな?」

「ああ」

「オーケー」

「うん」


 ファレルの言葉に全員が肯定を返す。ジンもティナもファレルもカエデも、誰一人として、先ほどまでの軽い雰囲気を維持しているものはいない。

 全員が、革命団ネフ・ヴィジオンのメンバーとして作戦にあたるという真剣な表情を浮かべていた。


「オペレーション・ナイトブリッツ発動、作戦を開始する!」

「《フェンリル》、了解」

「《グレイプニル》、了解」

「《フリズスヴェルク》、了解」


 作戦名は夜の電撃。暗闇を貫く雷鳴のごとく、青天の霹靂の一撃を以って、このオルレアン領を脱出する。

 その言葉を最後に、4人はそれぞれの役割を果たすべく、人混みと闇に消えた。

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