第62話 騎士 -oath of sword- 23

「くうっ……!」


 咄嗟に爆風を防ぐダルタニアンだったが、その目は今しがた聞こえた声の主を探していた。

 そして、彼は、爆発の衝撃の中、それがなんということはないという風に、自然体で煙の中に立っていた。

 その瞳は赤く紅く、どこまでも鮮烈に透き通る紅玉ルビーの如き真紅。冷たさを感じさせる無表情で、彼は、握ったライフルの銃口を、ミサイルがあった方角に向けていた。

 そのすぐ後には、フード付きのマントで人相を隠した何者かが立っており、フードがめくれないように、頭を抑えていた。


「アルカンシェル卿!?」


 そう、アルカンシェル──ジン・ルクスハイトである。ダルタニアンは驚愕に、思わず、物陰に機体を屈ませ、コックピットを開いて、ジンの前に立った。

 フードマントの人物がぴくりと身を震わせ、ジンに陰に隠れたが、ダルタニアンの気には留まらなかった。


「情けないな。ダルタニアン」

「アルカンシェル卿!? 君は!? なぜここに!?」


 ダルタニアンが見た最後の記憶は、ザビーナとの試合の最中、凄まじい猛攻でザビーナの〈パロミデス〉に傷を負わせた瞬間である。

 あの直後に爆発があったため、その後がどうなったかは知らないが、剣の軌道から見て、ザビーナは負傷していたはずだ。ジンがそれを無視してここに居られる理由がわからない。


「説明する気はない」

「君は試合中だったはずだ!」

「二度も言わせるな。説明する気はない。それに、ヴィクトールの目論見に付き合う気もなくてな」

「ヴィクトール……? まさか、ヴィクトール伯爵か!?」


 そういえば、ザビーナの部下は、ダルタニアンに、ヴィクトール伯爵とアルカンシェルに気を付けろ、と進言していたではないか。今の今まで忘れていた。


「アルカンシェル卿! 教えてくれ! 君は今回の件を知っていたのか!?」

「知らなかったが、俺の元雇い主が絡んでいるのはほぼ間違いないらしい」

「このようなことをしたのが、ヴィクトール伯爵だと言うのか!?」

「ああ、おそらくな」


 自分を助けたジンがわざわざ嘘を付くとは思えない、いや、むしろ、ジンがヴィクトール伯爵に協力しているという発想が出てこない。その程度には、ダルタニアンはジンのことを理解しているつもりだ。

 ならば、ダルタニアンが討つべきはヴィクトール伯爵。目的は分からないが、数多くの貴族と民に刃を向け、そのために現場に不満を持つ民を使い、自分だけは高みの見物をしているなど、赦されることではない。


「アルカンシェル卿! 私は、ヴィクトール伯の思惑を打ち砕こうと思う。君も力を貸してくれ!」

「俺にもやることがある」

「しかしっ!」

「おまえはおまえの騎士道に従え。俺は俺のやり方で──」


 ジンの真紅の瞳に、圧倒されるような昏い焔を宿して、ダルタニアンを見据えた。そこに宿る憤怒とも憎悪とも区別の付かぬ激情に、ダルタニアンは気圧された。


「ヴィクトールを殺す」


 気圧された時点で、ダルタニアンの負けは確定した。もはや語るべきことはなかった。


「じゃあな、次は戦場だ」


 そんな気はしていた。そして、自分がもしや、と思ったことに確信を得る。ジンも無言のダルタニアンから、それを察したのだろう。わずかに苦笑を浮かべた。


「アルカンシェル卿……」

「……ジンでいい。おまえのことは認めている。貴族でもないからな。卿もいらない」

「そうさせてもらおう……ジン。僕は君との友誼を信じている」

「ああ」

「だからこそ、君の在り方を認めよう。そして、その上で君を超えてみせる!」

「なるほどな。いいだろう。死ぬ気で来い」

「もちろんだとも!」


 ダルタニアンが勢いよく答えると、ジンは表情を険しくした。雑談は終わりということか。


「ダルタニアン。この連中はおまえに任せる。いいな?」

「構わないが……君は?」

「言ったはずだ。俺のやり方で潰す」

「ふっ……ならば僕も僕のやり方でやらせてもらおう」

「ああ。奴らの狙いが貴族だとすれば、ヘリの発着場が狙われるはずだ。俺はそっちへ行く」


 ジンの後ろにいた、マントが手を伸ばして、彼の腕を引っ張るが、当の本人は見事にスルーしていた。

 しかし、その何気ない動作にもどこか気品を感じる。実にエレガント。ダルタニアンはそこで初めて、マントの人物に注目し、おそらく高貴な生まれの女性であろうと推察した。


「ふむ……では、任せよう」

「いいのか?」

「無論、かちあえば、止めさせてもらうさ」

「話は決まったな。まずはあの〈エクエス〉を排除する」

「ああ。では、行こう」


 ダルタニアンが〈ファルシオン〉のコックピットに飛び乗り、ジンがフードの女性にライフルを渡す。

 ハッチを閉じて立ち上がった〈ファルシオン〉を射線に捉えた〈エクエス〉のライフルが火を噴くより早く、フードの女性が手にしたライフルが火を噴いた。

 驚嘆すべき精度で放たれた弾丸は、〈エクエス〉のライフルの銃口を撃ち抜き、爆発させる。

 さらに間髪入れず放たれた第二射が、ミサイルポッドを撃ち抜き、完全に破壊した。

 一種の内に武器を失い、爆風でダメージを受けた機体は、何もできぬままに崩れ落ちた。


「ジン、また会おう」

「ああ、ここは任せた」

「無論だ!」


 ジンとフードの女性は、ダルタニアンと反対方向へと走り出した。

 一方、ダルタニアンは、倒れた〈エクエス〉のもとへと向かう。

 夕焼けが、伸び重なっていた2人の影を分かち、2人の道は再び違えた。

 撃墜は確かにしたが、その命を度外視したやり方だった。それはダルタニアンの騎士道には反する。

 覚悟を持たぬただの民を、死す覚悟を持って立つ騎士と同等に扱うなど、ダルタニアンにはできない。

 それ故に、ダルタニアンは助けるつもりだった。


「ふっ……次は届かせてみせるさ、ジン! ふっふっふっ……はっはっはっはっ!」


 ダルタニアンは、高笑いとともに、廃墟の戦場を駆けた。

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