第60話 騎士 -oath of sword- 21

「本当に申し訳なく思う。だが、緊急事態なのだ。〈ファルシオン〉を貸して欲しい」

「頭を上げてください! レーヴェル家のご令息に頭を下げさせたなどと知られれば、私の首が飛びます!」


 ダルタニアンはコロッセウムの地下にある格納庫に来ていた。あの爆発の直後、誰よりも早く動き出したのは彼だったが、格納庫まで来たところで足止めを食っていた。


「そんなことは──」


 いや、言っても意味のないことだ。ダルタニアンにとってはそんなことであっても、彼らにとってはそんなことではない。

 今も無辜の民が危機にさらされているというのに、ダルタニアン・ルヴル・レーヴェルという騎士のなんと無力なことか。


「すまない。だが、外では爆発が起こり、おそらくMCがこのオルレアン領で暴動を起こしている。これを止めるには、MCが必要なのだ。だから、私の頼みを聞いてくれ!」

「しかし、それが本当だとしても、オルレアン領の問題。レーヴェル家に関わりのあることではありません。避難誘導も始まっているはずです。急ぎそちらに──」

「構いませんよ」


 その時、突然横合いから口を挟む女性の姿があった。ダルタニアンはその女性騎士を知っていた。準決勝進出者セミファイナリストの一人であり、ジンと共に激戦を繰り広げた、異端の剣術『二剣』の使い手。シャルロット・フランソワだ。


「シャルロット様!? しかし!」

「レーヴェル卿の言っていることは本当です。先ほどから、このコロッセウムに進行するMCが確認されています。おそらく、狙いは観戦している貴族でしょう。となれば、ザビーナ様が負傷し、親衛隊しか防衛戦力のない今、腕の立つ騎士は喉から手から出るほど欲しい存在です」


 シャルロットの弁に、ダルタニアンを押しとどめていた整備士の男が黙る。敵戦力が侵攻しているというのなら、シャルロットの意見はまったくの正論だった。


「それに、レーヴェル家に恩を売られるのと、観戦にいらした複数の貴族の方から賠償金を毟り取られるのでは、前者の方が赤字は小さいでしょう?」


 そう、整備士が危惧しているのはそれだった。ここでダルタニアンの出撃を許せば、レーヴェル家が、オルレアン領内で起こった問題の解決に手を貸したことになる。

 それはすなわち、オルレアン伯爵家が、レーヴェル侯爵家に恩を売られるということになる。

 それは、オルレアン家としては好ましくないことである。

 だが、それ以上に、明確に敵対行為を取っているMCが、観客である貴族達を死傷させる方がまずい。

 賠償総額がいくらになるか想像もつかない。下手を打てば、お家取り潰しという結果すらあり得る。


「責任は私が取ります。レーヴェル卿、貴方が使っていた機体の整備も終わっているはずです。そうですね?」

「も、もちろんであります、シャルロット様」

「よろしい。では、どうぞ」


 さっと手を差し伸べるような仕草で、今日一日、ダルタニアンと共に戦った〈ファルシオン〉を示す。騎士でありながら、その仕草、まさに淑女の鏡の如く。実にエレガントである。


「いいのかね?」

「もちろん。それに、貴方は騎士でしょう?」


 くすっと、悪戯っぽく笑んでそう言うシャルロット。先ほど見せた淑女の仕草とは違う、年相応の、花が咲いたかのような、どこか蠱惑的な笑み。

 そんな表情の美しさに、ダルタニアンは数瞬見惚れてしまってから、ふっと笑みを浮かべて答えた。


「もちろんだとも。私は十戒を課した騎士として、騎士道にもとることはすまいと誓っている」

「ふふっ……見ていただけですが、面白い方ですね」

「私としては君とも剣を交わしてみたかったのだが……」

「もちろん私も、ですが、それはまたの機会にしましょうか」


 ダルタニアンとシャルロットは騎士として、実に脳筋な約束を交わす。

 側から見ていれば、まさに貴公子と淑女といった組み合わせなのだが、いかんせん彼らは騎士であった。


「敵の戦力を図りかねていることもあって、親衛隊は散開して防衛に当たっています。残念ですが、随伴は付けれません。構いませんか?」

「無論だ。では、出撃する」

「くれぐれもお気をつけて。では行ってらっしゃいませ」


 ぺこりと頭を下げて、シャルロットはすっと身を引いた。非の打ち所がない淑女の所作である。実にエレガント、ではあるのだが、騎士だというのにそんな所作をどこで身につけたのだろうか。

 そんな益体もないことが頭に浮かんだが、ダルタニアンは〈ファルシオン〉に飛び乗ると、そんな思考は全て切り捨て、貫き通すべき騎士道のみを心に宿す。

 機体を立ち上げる間に、アームによって、出撃ゲートまで機体が運ばれる。


『レーヴェル卿、ゲートは卿の出撃後、即座に閉鎖されます。武器は問題ありませんね?』


 ダルタニアンは、機体ステータスで丁寧に確認してから、


「大丈夫だ。ゲートの解放を頼む」

『了解です。ゲート解放します!』

「ダルタニアン・ルヴル・レーヴェル、〈ファルシオン〉、出撃する!」


 ゲートの開いた先は、市街地の中央を走るメインストリート。騎士団クラスのMC部隊を運用しようと思うと、どうしてもある程度の道幅が必要になるのである。

 パレードにも使われるこのメインストリートは、普段から活気に満ちたコロッセウムのもう一つの象徴とも言えた。

 しかし、今は、そのメインストリートも閑散としている。道沿いに建ち並んでいた観光客向けの店は、その多くが破壊され、道にもそこかしこに赤い血溜まりが見えた。

 足止めされている間に、既に被害は出てしまったらしい。ダルタニアンは忸怩たる思いで、レバーを強く握りしめた。

 代わりに視界に映し出されたのは、機械の巨人、MCである。確認できるのは4機。全て〈エクエス〉である。そして、その手に握られているものを見たダルタニアンは、眉をひそめた。


「ふむ……エレガントではない」


 銃火器。MCは機械仕掛けの騎士。そんなものを装備するのは、騎士としての誇りがないということ。


「ふっ……匪賊には誇りもないか。いいだろう、君達が銃火を持って挑むと言うのなら──」


 ダルタニアンは、回線をオープンにすると、叫ぶ。


「私が剣閃をもって相手をしよう! 我が名は、ダルタニアン・ルヴル・レーヴェル! 騎士の祭典に水を差すとは無礼千万! 誇り高き騎士として、君達を討たせてもらおう!」


 答えは、無言のままに殺到した弾丸の嵐だった。ダルタニアンは慌てず、盾でそれを受け止める。だが──


「なんとっ!?」


 本来、銃弾など容易く弾きかえすはずの騎士盾ナイツガードは、被弾の度に、複合素材の装甲を削られ、徐々にその厚みを失っていた。

 MCに銃火器が用いられない理由は、騎士道にもとる、ということももちろんあるが、何より、MCの装甲を貫く火力を持つ銃火器の開発が許可されておらず、その技術も管理技術として封印されている、という事実があるからだ。

 理由はまさに今の通り。叛乱軍が現れた時、特別な技術なく扱える銃火器は、剣と盾を装備したMCを主戦力とする貴族側の脅威となり得るからだ。

 だからこそ、MCに装備できる銃火器、中でも至近距離で扱えるものは、非常に厳密に規制されている。

 事実、最近現れた反動勢力、革命団ネフ・ヴィジオンは、基本的には貴族側の騎士と同様、MCを用いながら、その装備は剣と盾を基本としている。銃火器の使用は、騎士散銃ナイツマスケットを除けば、狙撃手スナイパーと無人機のみに確認されている。

 つまりこれは──


「銃火器の違法改造……? いや、これはそんなものではない!」


 これは、この敵MCが扱う銃火器は、MCを制圧することを前提として開発されたものだ。そこには本来秘匿されているはずの技術の影がある。

 だとすれば、彼らは革命団ネフ・ヴィジオンではない。彼らのMCは、敵ではあるが、そこに騎士道は確かにあった。

 今、目の前に立ち塞がる敵MC。そこからは、鉄の如き強き意志も革命という高き理想も感じられない。

 あえて言おう、エレガントさをまったく感じられない。

 ダルタニアンは集中砲火を浴びながらも、不敵に笑んだ。溢れ出す挑戦心と言う名のパッション。


「だが、我が騎士道を阻むことなど不可能! それを証明してみせよう!」


 自ら弾丸の嵐の中を駆ける。建造物の多くが破壊されているせいで、遮蔽物は少ない。もっとも、生存者がいる可能性のあるものを盾として使うなどという、騎士として愚の骨頂とも言えることをダルタニアンがするはずもないが。

 彼我の距離は二百メートル程度といったところ。ダルタニアンはその間、銃火に晒されることになるが、決して臆さなかった。

 盾を前に、ただ、駆ける!

 降り注ぐ弾丸が、盾を削り、覆いきれない腕や脚の装甲を削っていく。整備してくれた者たちに申し訳なく思うと同時に、決勝戦終了から短い時間で完璧に整備されているという事実に賞賛を送りたい。


「ふっ……そろそろか」


 そうつぶやくと、ただ愚直に前に進むダルタニアンを襲う嵐の勢いが弱まる。


「弾は無限ではない。ならば、装填リロードの隙があるのは当然!」


 装填リロード中の機体を確認。そして、迷わずその〈エクエス〉へと突撃。保持したライフルへと、剣を投擲し、一気に加速する。

 しかし、牽制のつもりで投げた剣を、ノロノロと後退した〈エクエス〉は避けきることができず、その剣は胴体を貫いた。

 その衝撃で、自動装填を行っていたアームから弾倉が溢れ落ちた。


「ふむ?」


 瞬時に懐に飛び込み、突き刺さった剣を掴んで振り抜き、〈エクエス〉を両断する。ついで、地面に落ちたライフルを踏みつけて叩き壊す。

 誤射を恐れたのか銃火は止んでいるが、ダルタニアンは違和感を覚えていた。


(今の動き、騎士のものではない……これではまるで……)


 そういえば、〈エクエス〉はなぜ、接近するダルタニアンの〈ファルシオン〉に対し、距離を取ろうとしなかった?

 なぜ、自動装填に頼って、連携が取れていない?

 なぜ、ただ投げただけの剣を避けれなかった?

 騎士を屠るだけの能力を持ちながらも、その実、それを発揮するだけの技量が、連携が、視野が、足りていない。

 そう、まるで素人が機体を操っているかのような──


「まさか……!?」


 銃火器の脅威的な点は、弾をばら撒くだけで十分、騎士の脅威となり得るにも関わらず、機械任せで素人でも操れること。

 もちろん、そんな子供騙しは、本物の騎士には通用しない。だが、それに圧倒的な物量が加われば、その限りではなくなる。

 ならば、騎士としての訓練を積まず、歩いて銃を撃つことだけを教えただけの平民でさえ、戦力にすることができる。

 そして、それだけならば、数の確保は容易だ。優れた技術など必要なく、搭乗者の損失は、騎士の損失ほど大きな損害にはならない。

 そのことに思い至ったダルタニアンは、ふつふつと込み上げる怒りに身を震わせた。

 それは、民を盾にして自らは隠れている首謀者へと向けた烈火のごとき怒りであった。


「守るべき民を武器にするとは何事か!」


 ダルタニアンは、崩れた建物を縫うように、再び駆け出す。狙いを定めたのは、最も近くにいた一機。当然銃火を浴びるが、彼は無視した。

 彼らは味方を撃たない。位置関係を利用すれば、他の二機の射線を阻めるにも関わらず、ダルタニアンはそれをしなかった。

 多少の戦闘訓練は積んだとて、オルレアンに刃向かった叛逆者とて、そこに座るのは、守るべき民である。それを盾にするような行為など、ダルタニアンの高貴なる者の在り方ノブレス・オブリージュが己に許すはずもない。


「自ら民の盾になることこそ、騎士の在り方! 貴族の在り方ではないのか!」


 損傷警報ダメージアラート。機体ステータスが徐々に赤くなっていくなか、ダルタニアンはただただ、前に進む。地に馳せる。

 一刀両断。すれ違いざまに振るった剣が、握られたライフルごと、〈エクエス〉を両断する。しかし、それは巧妙にコックピットと動力系を避けていた。絶対に民に手をかけぬという、ダルタニアンの鋼鉄の意志が可能にした絶技。実にエレガントである。


「騎士とは、力無き人々の盾となる者! 貴族とは、寄る辺無き人々をその背に負う者!」


 〈ファルシオン〉が前傾し、一気に踏み込む。体重移動とブースターの噴射を利用した加速。ジンが見せた技術を、ダルタニアンはまだまだ未熟ながら再現してみせていた。


「それこそが、力ある者の責務ノブレス・オブリージュなのだ!」


 踏み込んだ〈ファルシオン〉の斬撃に、〈エクエス〉がよろよろと後退しようとする。しかし、そのせいで、ダルタニアンの下段からの切り上げはコックピットを捉える軌道を通っていた。

 ダルタニアンは目を見張り、素早く機体を制御する。


「その覚悟無き者に! 貴族が! 騎士が! 務まるものか!」


 跳躍しながら、軌道を無理やり捻じ曲げ、左半身だけを切り裂いていく。その剣はダルタニアンの在り方そのもの。決意を曲げぬという絶対の意志。

 そう、それこそが、ダルタニアンの求めるエレガントであるということなのだ。


「覚悟しておきたまえ! 僕の騎士道で、貴公を裁く! 絶対にだ!」


 ダルタニアンは、姿を見せない首謀者へと、その宣言を叩きつけた。そして、それは同時に、ダルタニアンの決意でもあった。

 無論、聞いているとは限らないということは理解している。しかし、言わずにはいられなかったのだ。

 それほど、ダルタニアンは頭に血が上っていたのである。そして、故に、ダルタニアンはミスをした。

 跳躍したことで、最後の一機の射線を開いてしまったのだ。

 発射されたのは、一発の誘導弾ミサイル。これはさすがのダルタニアンでも想定外であった。着地してからは回避が間に合わない。よしんば避けれたとしても、今打ち倒した〈エクエス〉の搭乗者や、周囲の街は無事ではすまない。

 盾で防ぐことは可能であろうが、すでにボロボロになった盾では、おそらく威力の向上が図られているであろうミサイルの一撃を受けきれない。


「くっ……ここまでか……」


 接近するミサイルに死を覚悟したダルタニアンは、一人の少年の声を聞いた。


「俺を失望させるなと言ったはずだ」


 それは、まるで死神の手にように冷たく、凍てつくような声だった。

 直後、空中でミサイルが爆発した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る