第55話 騎士 -oath of sword- 16
それは決して大きな声ではなかった。しかし、その声に込められた静かに燃ゆる怒りの炎は、会場を静まり返らせた。
『おまえ達の目は節穴か? これが致命的な損傷なら、俺はこいつを10回は殺せた』
アルカンシェルは続けた。
『コックピットも逸れている。これが実戦でも、こいつはまだ戦えるだろう。それで決着が付いたと言えるのか?』
アルカンシェルの言葉にはダルタニアンも同意する。納得がいかないのはアルカンシェルだけではないのだ。だが、それを口にする度胸はアルカンシェルにはなかった。なにせ、
そもそも、抗議したとて、聞き入れられるとも限らない。
『アルカンシェル卿、これは厳正な審査の上で下された判定です。これ以上の抗議は逸礼にあたると見なし、失格とします。控えてください』
『…………』
アルカンシェルは答えない。会場に、不気味な沈黙が落ちた。そして、そのまま試合が終わるかに思われた時、その沈黙を、やはりアルカンシェルが破った。
『……そうか。ならば、おまえ達はどうでもいい。ダルタニアン・ルヴル・レーヴェル。一つ聞こう』
「何かね?」
『おまえは、これで満足か?』
アルカンシェルの言葉に、ダルタニアンは虚を突かれて黙り込んだ。もちろん満足してなどいない。しかし、それを口に出すのは騎士として──
そう考えた時、はっと気が付いた。
自分の求める騎士道とは、こんなものだっただろうか?
忠節を尽くすのは騎士の礼儀。しかし、今、そうすべきは、観戦席に座る円卓の騎士などではなく、目の前で刃を交わした騎士であるはずではないか?
英雄を目指すものであれば、ただ十戒に忠実であるだけでなく、その強さを、その騎士道を証明せねばならない。
ダルタニアンの求めた騎士道は、ただ騎士として、己が信念に従ってこそ、己が誓いを果たしてこそ、輝くもの。証明できるもの。
そう思った時、ダルタニアンの口からは、留めることのできない笑いが溢れていた。
「ふっふっふっ……はっはっはっはっ! もちろん、満足していないとも! アルカンシェル卿! 君の言う通りだ! ここが戦場であったなら、私はこの身が果てるその時まで、戦い続けただろう! 決闘を挑んだのは私自身! まだ、私は自分自身を敗者だとは認めていない!」
『ふっ……悪くない』
笑みと共に、ぼそりと小さく漏らしたアルカンシェルは、
『なら、決着を付けるぞ、ダルタニアン・ルヴル・レーヴェル』
「無論だ! 我が名に賭けて! この決闘に、最高の
『レーヴェル卿!? アルカンシェル卿!? 何を……? ただちに試合を終了してください!』
ダルタニアンは、盾を投げ捨て、両手で剣を構え直す。闘争を、決着を求むることこそ、己が騎士道と決めた彼の前に、静止の声など雑音と同義。最早、耳には入らなかった。
躊躇いなど不要。
今この瞬間が全て。
己が
ただただ、その剣を振るうのみ。
「私は今改めて、我が魂の
『…………』
アルカンシェルも予備の剣を抜き放つと、再び双剣を手にし、前傾で構えを取る。この大会で初めて、目に見える構えを取った。
それは、ダルタニアンを敵と認め、全力で潰すという意思表示。
『「決着を!!」』
二人の裂帛の叫びが、会場に木霊した。
〈エクエス〉と〈ファルシオン〉。二機のMCが、空に駆ける一筋の彗星の如く馳せる。
正面から激突した二機が、瞬時に剣を交わす。
大上段から加速を乗せて振り下ろした〈ファルシオン〉の剣は、跳ね上がった〈エクエス〉の二刀と衝突する。
一瞬の鍔迫り合いの後、左右それぞれに回り込むようにして、剣を滑らせ二機が交錯。素早く反転した二機が再び、互いの
同時に、〈エクエス〉が素早く放った蹴りが、〈ファルシオン〉の腹部を捉え、押し返す。しかし、ダルタニアンもやられっぱなしでは終わらない。
逆にブースターを全開にして
しかし、〈エクエス〉はその場で垂直に跳躍して、〈ファルシオン〉の頭部に手をつくと、その機体を飛び越えた。アクロバティックな機動。凄まじい反応速度と、平衡感覚である。
空中で半回転しながら放たれる斬撃。だが、〈ファルシオン〉はタックルの勢いで背中から迫る剣を振り切ると、地面に突き刺した剣を軸に反転、〈エクエス〉の着地地点に向かって、剣を振り下ろす。
着地と同時に、双刀で〈エクエス〉がそれを受ける。
白熱する攻防に、会場は再び熱気を取り戻し、歓声が飛ぶ。しかし、運営側はその暴挙を見逃す気はないのか、再び警告の放送を行った。
『両騎士は速やかに私闘を中断してください。これ以上は2名とも失格と見なすことになります!』
「ふっ……今の私に……与えられる栄誉など不要! 勝利の名誉は、己が手で勝ち取るものなのだから!」
『……名誉なんてどうでもいい。ただ、おまえを沈めるだけだ』
アナウンスに答えているのか、会話しているのか、区別がつきにくい言い様だが、とにかく、二人に試合を止める気はなかった。試合が終わるのは、互いに納得がいく、分かりやすい決着を経たその時のみ。
そう、これは試合などではない。最初から最後まで二人による、二人のための、
鍔迫り合いになっていた互いの剣を弾き、二機が距離を置く。
〈エクエス〉を睨み据えたまま、荒い息を吐いたダルタニアンは、限界を感じていた。通信越しに聞こえる息遣いは穏やかなものだ。アルカンシェルはまだ余力を残している。それは、次の
すでに体力的にも、精神的にも、限界が近付いているダルタニアンとは鍛え方が、修羅場を越えてきた経験が違う。これがジン・ルクスハイトの強さ。
今でこそ、〈エクエス〉と〈ファルシオン〉の性能差と、余力を残したがっているアルカンシェルの思惑によって互角に打ち合えているように見えるが、実際は違う。
余裕を持って戦っているアルカンシェルに対し、ダルタニアンはいつでもギリギリだった。
技量、反応速度、対応力、思考力、どれを取ってもダルタニアンがアルカンシェルに勝るものはない。しかし、それでも食らいついているのは、ひとえに、ダルタニアンの努力の結果である。
今日1日食らいつくように見ていた試合が、自らが戦ってきた試合が、彼の血肉になっているのである。
しかし、それでも、届かない。このままではジリ貧になって最後に負けるだけだ。
ならば、せめてエレガントに。己の全てを出し切って勝負するべきであろう。
故に、ダルタニアンは、大きく剣を振り上げ、構えた。
カルロス、サミュエル、土壇場で二人の騎士を破ってきた、一刀両断、紫電一閃、快刀乱麻の一撃。そのための構え。
「アルカンシェル卿! 私はこの一刀に全てを賭けよう! 我が最高の剣でもって君に挑む! さあ、受けてみせたまえ!」
『いいだろう……見せてみろ、おまえの全力を』
アルカンシェルは、両手の双剣を順手に構え直し、踏み込む体勢を取った。
「うぉおおおおおおおおおお!」
ダルタニアンは己が全てを出し切るつもりで叫んだ。その勇猛果敢なる姿勢、実にエレガントである。
「これが、これこそが、今ある私の騎士道の全て!」
アルカンシェルは言葉どおり、避けられるはずの剣戟をあえて、避けようとはせず、〈エクエス〉を正面から突っ込ませてきた。その揺らがぬ自信、その強き意志、実にエレガント。
「我が剣の誓いに誉れのあらんことを!」
一閃──
ダルタニアンが剣を振り下ろすと同時、双剣が描く迅雷が閃き、二機がすれ違う。
そして、交錯と同時に、真っ二つに切られた〈ファルシオン〉の、
それを確認したダルタニアンは、ふっと肩の力を抜き、素直に賞賛を送った。
「エクセレンッ!」
『満足したか? ダルタニアン・ルヴル・レーヴェル』
「ふっ……ああ、アルカンシェル卿、君の勝ちだ」
ダルタニアンの〈ファルシオン〉の腕が落ちた。
交錯の一瞬、アルカンシェルは、正面から全力の剣を打ち砕くと同時に、すれ違いながら、両腕の付け根に剣を入れ、関節部の電気系統にダメージを与えたのだ。
閃光の如き斬撃、実にエレガント。
もはや、目にすることすら叶わぬ速度だった。
結果として、敗者にはなったものの、得たものは大きかった。これほどの騎士と戦うことができたことは、ダルタニアンにとって、大きな意味を持つことであるからだ。
アルカンシェルの勝利を改めて告げる放送を聞きながら、ダルタニアンはコックピットを開き、激戦の痕が残るコロッセウムに飛び降りる。二人の健闘を讃える声が直接、耳に聞こえた。
同じくコックピットから降りてきたアルカンシェルに、ダルタニアンは、白い手袋を取った上で、手を差し出した。
「アルカンシェル卿、君と最高の試合をできたことに感謝する」
「……俺も礼を言っておく。おまえのおかげで少し貴族を見直した」
アルカンシェルは煩わしげに顔をしかめながらも、ダルタニアンの手を取った。おそらく、彼なりの礼儀なのだろう。
その様子を目にした観客たちは、立ち上がり、改めて二人の健闘を讃えるように拍手を送る。スタンティングオベーション。全力を見せ、魅せた二人への最高の賞賛だった。
「ふっ……君が、私の
「ああ」
そう答えながら手を離したアルカンシェルに、ダルタニアンは最高級の敬意と礼節を込めて、騎士の礼を送った。
アルカンシェルはおざなりに騎士の礼を返したが、その口元は楽しげに緩んでいた。
「次の君の試合、楽しみにしている」
「期待しておけ」
そういって立ち去っていくアルカンシェルに、ダルタニアンは別れの言葉をかけた。
「ジン・ルクスハイト、再び剣を交えるその日に期待している」
「じゃあな、ダルタニアン。次会う時は、戦場でだ」
ジンは、そう答えて姿を消した。ダルタニアンは、その意味を考えて、ふっと笑みを漏らした。
「まさか、な……? ふっ……だが、確かに君の騎士道は見せてもらった。君もまた、栄えある騎士の一人なのだ。ならば、私と君の友誼にかかわりのあることではないだろう?」
語りかけるようにつぶやいたダルタニアンは、視界から消えたジンのことは一先ず置いておき、背後にあった自分の機体に目を向けた。
整備はなされているものの、今日の激戦の中でついたのであろう傷が、そこかしこに残されている。
たった1日だけの愛機だが、そこには今日の全てが詰まっていた。
「君と共に今日を戦えたことを誇りに思う」
ダルタニアンは、アルカンシェルに対してしたのと同じように、担い手を失い、ただ佇み続ける〈ファルシオン〉に礼を送った。
そのエレガントな姿に感銘を受けた誰かが、ダルタニアンに拍手を送ると、観客達はそれに続くように、手を叩き、ダルタニアンを讃えた。
そして、拍手が止んだ頃、一人の女性が観戦席から立ち上がった。
「これをもって、個人戦の部を終了とする! 優勝者のアルカンシェル卿! 彼には、私への挑戦権が与えられる! アルカンシェル卿、希望を言え」
「決まっている、闘争を」
いつの間にか、ザビーナのいる観戦席の直下にまで移動していた彼は、そのぞんざいな口調を崩すことなく、そう答えた。
対するザビーナは、鋭くジンを睨みつけた。
「口の利き方に気をつけろ、アルカンシェル」
「勝ってから言え」
「いいだろう、円卓の騎士の強さ、貴様に骨の髄まで分からせてやる」
真紅の瞳と
コロッセウムの最終章を描くは、円卓の騎士と双剣使い。
平幕の騎士が、円卓の騎士に挑む、この大会最後の
「我が名は、円卓の騎士が一柱、ザビーナ・マーシャル・ラ・オルレアン! 円卓の騎士の名にかけて、貴様を下そう!」
それは開戦を告げる鐘のように、コロッセウムに響いた。
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