第56話 騎士 -oath of sword- 17

 コロッセウムは異様な熱気に包まれていた。当然だ。滅多に人前に姿を現さない円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズ、ザビーナ・マーシャル・ラ・オルレアンが、その搭乗機と共に、衆目の前に姿を表すのだから。

 そんな中、アルカンシェル、今はそう名乗っている少年──ジン・ルクスハイトは、整備を終えた〈エクエス〉のシートに身を預けるようにして、で目を閉じていた。

 さすがに丸一日の連戦で、ジンも疲労を隠せずにいた。特に準決勝と決戦、シャルロットとダルタニアンの試合では、想定以上に相手が手強く、手こずらされた。とはいえ、得たものがなかったわけではない。その点では任務に関係のない試合という意味を含めて、良い刺激になったと思っている。

 だが、ここからは仕事・・だ。円卓の騎士、ザビーナ・マーシャル・ラ・オルレアンの撃破。それこそが、革命団ネフ・ヴィジオンが、ヴィクトール伯爵から請け負った依頼だ。あのいけ好かない男がなにをたくらんでいるかは知らないが、資金不足の革命団ネフ・ヴィジオンにとっては貴重な出資者である無下にするわけにもいかない。

 それに、最強の円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズ──シェリンドン・ローゼンクロイツ以外の円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズとやりあういい機会だ。あの男と同格だとは欠片も思わないが、せっかくの機会を無駄にするつもりはなかった。


「……来たか」


 ジンはゆっくりと目を開いた。その真紅の眼に、円卓に集いし騎士の名を持つMCの威容が映し出された。

 堂々たる足取りで衆目の前へと姿を現したのは、左手を大型のパワーアームで覆い、その手に、右手に持った騎士盾ナイツガードが小さく見えるほど、巨大な槍を持ったMC。

 〈パロミデス〉。シェリンドンの〈ガラハッド〉同様、比較的、露出が多い円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズ機であり、それ故に、革命団ネフ・ヴィジオンも情報を掴んでいる円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズ機の一つだ。


円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズが一柱、ザビーナ・マーシャル・ラ・オルレアン、〈パロミデス〉、推参!』


 堂々とした名乗りを上げて現れたその機体を讃えるかのように、拍手と歓声が飛ぶ。当然だ。ザビーナはこのオルレアン領の英雄であり、事実、それだけの力を見せつけているのだから。

 しかし、ジンにとってはそんなことはどうでもいいことだった。目の前の騎士は、絶対にシェリンドン・ローゼンクロイツや、ジェラルド・カルティエほどの技量を持った騎士ではない。その一点さえ分かっていれば、オルレアン領の英雄かどうかや、彼女が過去の大会で数多くの騎士を降してきた事実など、気に留める必要もない。

 自分の直感が間違っているとは、彼は全く思っていなかった。それどころか、〈パロミデス〉を駆って現れたザビーナを見て、それは確信に変わった。騎士として目の前に立った時、二人ほどの威圧感はない。ならば、その技量が彼らと伯仲することは絶対にない。


『さて、準備はいいか? アルカンシェル』

「……いつでもいい。好きにしろ」

『……まあいい。そのふざけた態度ごと、叩き斬ってくれる』

「……そんなこと言ってる限り、あいつらには届かない。それを教えてやる」


 ジンはぼそり、と小さくつぶやいた。まがいなりにも、認めている騎士であるところのシェリンドンと、この程度の女が同じ称号を持っているのが気に食わなかったのだ。

 しかし、自分が無意識にそんな感情を持ったことを自覚したジンの表情は自嘲気味だった。


『なんだと?』


 それを聞き咎めたザビーナが尋ね返すが、


「…………」


 ジンは答えず、その手に握った双剣を逆手に構えた。鋭利に研ぎ上げられた刀身が輝く。今回の試合では、真剣の使用が認められていた。おそらく、〈パロミデス〉があの巨大な槍を使うためだろう。

 シェリンドンの〈ガラハッド〉の黄金の剣や、ジン自身の乗機である〈ガウェイン〉の《ガラティーン》しかり、円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズ機には、それぞれ、禁断の果実ともあだ名される、貴族院の秘匿技術を用いた、伝説の武器の名を与えられた特殊装備が装備されている。

 〈パロミデス〉も同様で、過去のデータによると、《ゲイボルグ》と呼ばれる、大槍を特殊装備としている。機能としては、〈ガウェイン〉の《ガラティーン》に近い、高速振動による破壊力向上であるらしい。だとすれば、普通の騎士剣ナイツソードでは容易く破壊されてしまうだろう。

 それ故に、ジンは腰と背面の兵装担架に2本ずつ、手に持った剣を含めて、6本の騎士剣ナイツソードを準備していた。


『ちっ……では、始めよう! 騎士としての貴様の全力! 見せてみろ!』

「言われるまでもない」


 いくら技量の器の底が知れていようと、〈パロミデス〉は、円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズ機。その性能それ自体は、侮れるものでは決してない。

 だからこそ、最初から殺す気ぜんりょくで行くことに躊躇いはなかった。模擬刀での試合とは違い、使うのは真剣。殺そうと思えば容易く殺せる。革命団ネフ・ヴィジオンとして受けた依頼であるという事実も、ジンの殺意を後押ししていた。

 踏み込む。その速度は、まさに神速。ブースターの加速と、数トンあるMCの体重移動を巧みに利用した、雷の如き、先制攻撃。

 おそらく、今日に大会で見せた同種の攻撃の中で、最速と言って良いであろうそれにも、さすがは円卓の騎士と言うべきか、ザビーナは的確に反応してみせた。

 しかし、ジンは双剣使いである。初撃が防がれたくらいで、止まるようなやわな使い手ではない。

 この程度は予測済み。だからこそ、衝撃を殺しやすく、剣を流しやすい逆手持ちで剣を構えていた。

 盾で受けられた剣を滑らせ、その場で回転しながら、剣を叩きつける。それもやはり盾で受けられるが、気にせず刃を振るう。

 息つく暇を与えぬ、高速での連撃。しかし、〈パロミデス〉はその一つ一つに正確に対応してくる。

 さすがの技量。円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズに名を連ねるだけはある、と言ったところか。

 冷静に分析しつつも、ジンの手は休むことなく機体を操り続け、双剣の舞は止むことはない。

 しかし、やはり、どうしてもわずかな隙はできる。発展途上のダルタニアンや、捌き手を前提とした受けの剣である二剣の使い手であるシャルロットには付け入られない隙も、円卓の騎士たるザビーナの前では、十分な隙となる。乱舞の切れ目を縫って、パワーアームに掴まれた巨大な槍が乱暴に振り下ろされる。

 即座にその場から飛び退き、剛槍の一撃を回避。轟音と共に叩きつけられた槍は、コロッセウムの地面を大きく抉った。

 威力は高い。一撃でも貰えば、並みのMCでしかない〈エクエス〉は容易に破壊されるだろう。だが、その大きさと重さ故に、取り回しは良くはない。

 しかし、予想に反して、叩きつけた槍は素早く跳ね上がり、飛び退いた〈エクエス〉を狙う。

 想像以上に早い切り返し。だが、ジンは、機体を横滑りさせながら、槍の側面を弾くことで、それを回避し、再び懐に潜り込む。

 相手の攻撃を時に捌き、時に回避し、常に自分に有利な位置を守り続ける。これがジンの身に染み付いたジェラルドの剣術の基礎である。


「遅い」


 逆手に持った剣の柄尻を〈パロミデス〉の盾に叩きつける。単純な剣撃では盾を越えられないと踏んでの打撃。

 わずかにたたらを踏み、後ろに下がった〈パロミデス〉を、下段からの切り上げが襲う。盾の両側から、機体本体を狙った双撃。どちらかを盾で弾けばどちらかが有効打となる必中の剣である。


『ちっ……ちょこまかと……!』


 しかし、ザビーナはどちらの剣を防ぐでもなく、剣を無視し、盾を地面に叩きつけた。付近を槍に抉られたことで、緩くなっていた地面は、大きくめくり上げられ、飛び散った土塊と砂塵が、〈エクエス〉の剣を阻み、視界を奪う。

 恐るべきはそのパワーである。パワーアームに覆われた槍の持ち手だけでなく、機体自体のフレームも、出力が桁違いだ。

 舞い上がった砂塵を貫いて、槍が叩きつけられる。高速で振動する槍は砂塵を振り払い、槍を振るう腕だけが、砂塵の中に浮いて見えた。

 ステップで回避するが、あのパワーだ。所詮は、旧型、第二世代の〈エクエス〉では、盾で殴られるだけで十分に大破する。不用意の視界を確保できない中に突っ込むのはリスクが高すぎる。

 結果として、続く薙ぎ払いを、後方に回避するという最適解を選ばざるを得なくなったジンは自身の間合いから遠ざけられることになる。


「ちっ……!」


 見た目こそ、よくある馬上槍のそれであるが、扱い方はまるで槍斧ハルバードだ。小回りは利かないものの、パワーに任せた振りの速さ、攻撃範囲、一撃の威力、どれをとっても、危険なレベル。つまるところ、ジンに直撃は許されなかった。

 もし直撃を受ければ、〈エクエス〉は容易くそのフレームを四散させるだろう。コックピットに座るジンがどうなるかなど、あえて語るまでもない。

 飛び退いた〈エクエス〉に、槍が喰らい付く。ジンは、剣を槍と機体の間に滑り込ませ、槍の穂先をずらすことで受け流す。しかし、その代償として、受けた騎士剣ナイツソードは高速振動に刀身を半ばまで削り取られ、使い物にならなくなる。一本目。想定より早い騎士剣ナイツソードの損失に、ジンは舌打ちを漏らす。

 だが、《ゲイボルグ》の性能は見えた。槍の大きさ故か、振動の幅は大きく、ムラがある。〈ガウェイン〉の《ガラティーン》ほど切断力に特化しているわけではない。

 むしろ、幅の広い振動をぶつけ、衝撃を与えることでダメージを与えるという発想に思われる。

 先ほど受け流した槍が薙ぎ払われ、さらに後退を余儀なくされる。さらに間合いを取られる形になり、ジンの不利は決定的となった。

 古今東西、戦においては間合いが長い方が有利なのである。剣より槍は強く、槍より銃は強い。どれだけ手数が多くとも、間合いの内側に入らねば勝ち目がない双剣の使い手であるジンにとって、距離を取られることは、それだけで戦術的敗北と言っていい。


『どうした? この程度で終わる騎士でもあるまい』

「…………」


 ジンは答えず、砂塵の中から姿を現した〈パロミデス〉の頭部ユニットめがけて、半壊した剣を投擲する。と、同時に、背負った剣を引き抜き、懐へと飛び込む。


『貴様、自分で言ったことも忘れたのか? 一度見せた手が、私に通じるか!』


 確かに、この手はシャルロットとの準決勝で見せた戦術である。ダルタニアンに言った通り、一流の騎士ならば、一度見た技の対処法は──程度に差こそあれ──心得るものだ。実際、そのまま相手の思惑通りに引っかかることなどない。

 当然の帰結として、投げた剣は軽く盾を振って払われる。だが、その一瞬があれば、ジンならば十分に距離を縮められる。


『通じんと言った!』

「甘い」


 突っ込んでいく〈エクエス〉に、《ゲイボルグ》が叩きつけられる。わっと悲鳴が上がる。あの一撃を受ければ、〈エクエス〉はおろか、搭乗する騎士であるジンも無事ではすまない。

 誰もが決着を確信した中、ジンだけは笑った。

 ──予想通り。

 ジンは順手持ちに持ち替えた二本の剣を、上から降ってきた槍に全出力を以って叩きつけた。

 甲高い金属音が鳴り響き、びりびりと空気が震え、〈パロミデス〉の槍が跳ね上がる。


『なっ……!?』

「初撃は槍による叩きつけ。癖が見え透いている」


 動揺した隙をついて、さらに踏み込む。疾風はやての如く至近まで飛び込み、剣を振るう。狙うは槍を握った左腕。その重量が大きい程に、弾かれた時の反動は大きくなる。その隙は、ジンが刃を届かせるには十分なものとなる。

 加速に乗せた二刀での切り上げ。〈パロミデス〉は危ういところで盾を挟み、その二刀を防ぐが、体勢が悪い。〈エクエス〉の二刀の勢いに盾が押し切られ、剣閃がパワーアームを切断する。

 本体までは届かなかったが、〈パロミデス〉が、《ゲイボルグ》を取り落としたことで、十分な戦果だと確認できる。


「この程度か? 円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズ

『…………』


 ここはジンの距離だ。相手の最大の武器を奪った上でのこの間合いで、反撃を許すつもりはなかった。たとえ相手が、楽園エデンで最も優れた騎士である円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズであろうとも。

 しかし、繰り出した二刀は、片方は盾に弾かれ、もう一方は、破壊したパワーアームの内側から伸びてきた手に受け止められる。


『ふっ……本当にこの程度だと思うか? アルカンシェル……いや、革命団ネフ・ヴィジオンの二刀使い』


 自らの正体を正確に表したその言葉に、ジンは息を呑んだ。

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