騎士 -oath of sword-

第38話 prologue-01

 男は雑多な路地を歩いていた。そこは、平民達が住む、いわゆる平民居住区の一画にあった。

 その通りは、人通りが多く、酒場や飯屋が立ち並んでいた。一日の仕事を終えた労働者達が、好き放題に酒を飲み、飯を食って、疲れを癒す場所だ。

 もちろん、そういう場所であるから、治安は良くない。故に、こういった類の店を制限している領もあるのだが、ここの領主はそういった、人々の娯楽にはいたって寛容であった。

 男は、通りがかった店のガラス窓に映る自らの姿を見て、茶色がかったブロンドの髪を軽く払い、身嗜みを整えた。

 男は顔付きこそ若々しいものの、どこか寂れた雰囲気を持っており、その蒼玉サファイアの瞳はどこか老成した色を宿していた。

 腕の時計を確認すると、男は、すれ違う千鳥足の酔っ払いとは対照的に、しっかりとした足取りで、路地の隅にある、寂れたバーへと入っていった。

 そして、カウンターに座る蜂蜜色の髪の男を見て、ゆっくりとそちらに歩み寄る。


「少し待ったか?」

「いや、それほどじゃない。それで、聞かせてもらいたいな。君が僕に何の用なのかをさ?」

「そう急くこともあるまい。久々に飲みたかったのも本当なのでな」

「ふん……このタイミングで君のその言葉を信用しろってのは無理があるんじゃないかい?」


 蜂蜜色の髪の男は、やれやれとでもいう風に肩をすくめてみせる。ただ、その割にその口元は緩んでいる。嬉しくないわけではないということか。


「とりあえず飲まないか? マスター、再会を祝うにいい酒はないかね?」

「そうですね……こちらなど、どうでしょう? フォンテーヌ領で作られた15年もののウイスキーです」

「ほう……それはなかなか」

「ふむ、ではそれで頼む」


 琥珀色の液体で満たされたグラスが二人の前に差し出される。二人はどちらからともなくグラスを取ると、軽くグラスをぶつけて乾杯した。


「再会を祝して」

「君の健闘に敬意を評して」


 互いにグラスに湛えられた酒をわずかに飲むと、それをカウンターに置き、ゆったりとした様子で、蜂蜜色の髪の男が口を開いた。


「噂は僕の耳にも届いているよ。ずいぶんと派手にやってるみたいじゃないか」

「ふむ……ようやく、というのが私の思いだが」

「いや、正直、想像していなかったよ。君がここまで来られるとはね」

「だろうな。私とて確信などなかったのだから」


 くすんだブロンドの男は、どこか遠い場所を見る目をして言う。振り返っているのは過去か、それとも、別れた同志ともの姿か。


「とはいえ、まだ始まったばかりだ。先細りにならないことを祈るよ」

「ふっ……そうだな。しかし、そういう君はどうなのだね?」

「うまくいってるんじゃないかな? 今のところ。やっぱり、大変なんだけどね。最近は問題もいくつかあったし。まあ、君達に当てられてる様子もないし、経営には成功してると思ってるよ」

「そうか……」


 そこで、突然蜂蜜色の髪の男は、切り替えるように、表情を鋭いものへと変えた。すっと細められた目が、ブロンドの男の蒼玉サファイアの瞳を捕らえる。


「さて、後腐れなく飲みたいし、先に聞いておこう。君が僕に頼みたいことがなんなのか、をさ」

「どうしてもか?」

「心配しないでも、乗ろうが乗らまいが、酒は飲むさ。僕も君と飲みたかったんだよ」

「……仕方あるまい。今の私ではできんことでな。あの男が我々に対して何か画策している様子はないか調べて欲しい」

「本気で言ってるのかい? アレを敵に回すのは僕らにできるもんじゃない。それに、中立だと後ろ盾もなくってね」


 蜂蜜色の髪のの男は嫌そうに顔をしかめた。可能な限り希望に沿いたいという思いはあるのだが、それは少々厳しい話だった。


「いや、深入りはする必要はない。私はただ確信が持ちたいだけなのでな」

「……それくらいなら可能かな。まあ、無茶はする気はないから、細かい内容は期待しないでもらうけど」

「ああ、それで構わない。助かる」

「でも、あそこでは派手に動いてるからね。アレが何か仕組んで来てもおかしくはないだろうけど……」

「いや、単純に我々を潰しに来ているなら話は簡単だったのだがな。他の目論見があるように見えてならんのだ」

「他の……なるほど、調べてみよう」

「助かる」

「いや、気にしなくていいよ。ちょっと面白そうな話だからね」


 蜂蜜色の髪の男は、楽しげに笑う。しかし、そんな様子に、ブロンドの男は顔を顰め、苦言を呈した。


「首を突っ込み過ぎるなよ。我々にも月の王にも。君は中立なのだろう?」

「分かってるさ。だが、中立だからこそ、綱渡りのしがいがあるというものだ」

「ふっ……変わらんな」

「君こそ。その年になっても青臭い理想を追いかけてるんだからさ」

「そうかもしれんな……」

「まあ、仕事の話は終わりにしようか。今日は飲むとしよう」

「ふむ、そうだな」


 男達は、もう一度グラスを軽くぶつけると、琥珀色の液体を喉に流し込み、心地よい酔いに身を任せた。

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