第20話 接触 -Fate- 01

 革命団ネフ・ヴィジオンと名乗るレジスタンスの隠れアジトは、彼らが活動する楽園エデンの中心部からそう遠くはない、かつて没落した辺境伯の領内にある。

 山や森が多く、海に面したこの土地は、かつての領主の、自然保護の方針もあって、開発が進まず、周囲の工業化からは取り残された場所だ。

 観光地や避暑地として有名ではあったのだが、辺境伯が没落した後は、誰の手も入らなくなり、荒れたい放題で、領民のほとんども移動してしまい、今ではほとんど誰も近付かない。

 木々が伸び放題になったそこは、人型機動兵器、Machinery Chevalier、通称MCは運用し難く、無人偵察機の視覚も遮られる、彼らのような、貴族院に追われる立場の人間にとっては、不便さに目を瞑れば過ごしやすい場所と言える。

 そこで、革命団ネフ・ヴィジオンは、そんな場所に残された貴族の屋敷をこっそりと修復し、アジトの一つとして利用していた。


「んんっー」


 そんな屋敷のテラスで一人の少女が伸びをする。腰まで伸ばされた新雪を思わせる白銀の髪に、紫水晶(アメシスト)の輝きを放つ瞳が特徴的だ。

 少女は、梢を透過する太陽に目を細め、夏にしては涼しさを感じる、澄んだ森の空気を大きく吸い込んだ。

 革命団ネフ・ヴィジオンの中では、ティナと呼ばれている彼女は、眠たげな目をごしごしと擦り、テラスの欄干にもたれかかった。

 彼女は、革命団ネフ・ヴィジオンのメンバーの中でも、実働部隊のみを担当しているため、普段は普通に市政に混じって仕事やその他活動に励んでいるメンバーと異なり、日常的にこのアジトに住んでいた。

 もちろん、仕事がないわけではなく、広い屋敷の掃除や修理、海や山での食料確保、畑の世話、MCの整備等々、挙げればキリがないほどに仕事はある。

 しかし、先日の宣戦布告を含め、二つの作戦に参加した彼女を含む数名は、そういった仕事は免除されていた。

 よって、昼過ぎまで自室でぐーすかと惰眠を貪り、起きたと思ったらテラスでぼけーっとしているだけの彼女を責めるメンバーはいない。


「ふわぁ〜、眠い……」


 あの〈ガウェイン〉奪取作戦から、一週間ほど。その程度の短い時間で、ティナは自分自身の心に引っかかるものを消化できるほど、大人ではなく、割り切ってもいなかった。

 〈プレリアル〉。始まりの12人と呼ばれる革命団ネフ・ヴィジオンの初期メンバーの一人であり、実働部隊のメンバーでもあった彼は、〈ガウェイン〉奪取作戦における唯一の未帰還者となった。

 もちろん、彼の命を賭した戦いがあったからこそ、ティナを含む他の作戦参加メンバーは生還を成し得たのだが、それでも心に引っかかった棘は抜けない。

 ここ数日、ティナは心ここに在らず、といった調子でふらふらしていた。

 気晴らしに街に向かうということもできなくはないのだが、辺境にある場所だけあって、出入りが目立つため、ここに日常的に住むメンバーの大半は、外出を控えるように命じられている。

 そもそも、ティナが街に遊びに誘って、二つ返事でついてくれるようなメンバーは誰一人としていない。基本的には忙しいし、暇なメンバーは大概、外出をめんどくさいと考えている引きこもりだ。

 一人で外出してもなにが楽しいというのか。すぐに彼女の中で、廃案が決定した。


「むぅー」


 欄干に身を預け、手をぶらぶらと振る姿は、大人びた顔立ちに反して幼い。結局のところ、彼女は他のメンバーに比べて、割り切れていないという意味では子供だった。

 そのことは前回の作戦でも重々自覚させられたことだ。

 皆、それぞれ信ずる己があって戦っている。だからこそ揺らがないし、迷わない。


「はぁ……」


 思わずため息が漏れる。そういう、自分の芯のようなものをやはり、彼女は持っていなかった。

 憂鬱さのせいか、ネガティヴな方向ばかりに思考が進んでいた彼女の目が、見覚えのある少年の姿を捉えた。

 上から見ているせいで顔は見えないが、特徴的なくすんだ赤茶けた髪と、人を寄せ付けない冷たい雰囲気は、彼女の知る、ジン・ルクスハイトのものだ。


「ジン!」


 ティナが声をかけると、少年はその紅玉ルビーのような真紅の瞳で、ちらりとティナを一瞥すると、そのまま歩き去っていく。


「ねぇ、ちょっと待っててば!」


 もう一度声をかける。普通に無視された。振り返りすらしない。

 ティナはなんとなくイラっとしたので、テラスの欄干を飛び越え、宙に身を躍らせた。

 二階なのでそこそこの高さがあったが、ティナは危なげなく着地し、ジンを追いかける。


「で、どこ行くわけ?」

「おまえに答える義務はない」


 ようやく追いついて、素直に疑問を投げかけると、やっとまともに言葉のキャッチボールが成立した。もっとも、疑問は解消されていないあたり、会話がまともに成立したとは言い難いが。


「まあいいけど、どっか行くならついでに連れてって?」

「おまえを連れていく理由がない」

「私が暇だから」

「なおさら無理だな。これは俺の用事だ。暇潰しじゃない」

「《テルミドール》から頼まれごととか?」


 自分で言っておいてなんだが、《テルミドール》がわざわざジンに仕事を頼むとは思えない。ジンは、MCの操縦と対人格闘戦は他のメンバーの追随を許さないレベルだが、他の技能に関しては、他のメンバーに比べて大したものでもない。

 ティナが狙撃を得意とするように、基本的には一芸に秀でた個人の集まりであり、《テルミドール》もそれを心得ている。

 隠密や情報操作といった技能は特に持ち合わせていないジンを、あえてそういった任務に就かせるとは思えなかった。

 それに、ジンもティナと同じく、〈ガウェイン〉奪取作戦に参加した功労者であり、ついでに負傷者でもある。《テルミドール》も無茶なことは言うまい。


「《テルミドール》が俺に頼むのは、MCに関わることくらいだ」

「ですよねー」

「用はそれだけか?」

「いや、せめてどこ行くかくらい教えてよね」


 ジンは無表情をわずかに歪めて、ティナを睨んだ。答える気はないらしい。

 しかし、今回のティナには大義名分があった。もちろん、ただ知りたいとかそういうジンに言ったらそのまま無視されるような理由ではない。


「外出申請の管理は私が担当なんだけど?」

「…………」


 情報保護の関係上、誰が外に出たかを確認するのは重要だ。前回の作戦の参加者もこの外出申請の履歴から、外部と繋がりのないものが選ばれている。それの一次管理はティナが行っている。

 そして、ティナはジンからそういった書類は一切受け取っていない。つまり、ジンは書類を書かずに外出しようとしていたわけだ。

 完璧でしょ、という風に控えめな胸を張ってみせるティナに、ジンは冷たく、


「《テルミドール》に直接許可は貰っている」


 とだけ言うと、ティナに背を向けた。


「え? ええー、ちょっと──」

「うるさい。教えてやるから、さっさと帰れ」

「いいの?」

「おまえに付き纏われるよりはマシだ」


 こてんと首を傾げてみせるティナに、ジンは呆れたような声音でそういった。

 しつこさに負けたということなのだろうか。なんだか釈然としない。


「カルティエ士爵領」

「ふぇっ?」

「もう言った」


 今度こそ、ジンは振り返らずに去っていく。残されたのは、不思議そうに首を捻ったティナだけだった。

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