第3話 蜂起 -rebellion- 02

 2機のMC──〈ヴェンジェンス〉を搭載した輸送トレーラーの格納庫。そこの壁にもたれかかるようにして、《フリズスヴェルク》というコードネームを与えられた少年は座っっていた。その目は開かれておらず、ただ眠っているようにも見える。

 そんな彼の前にあるのは、隻腕となった〈ヴェンジェンス〉。残った腕に握られたままになっている騎士剣ナイツソードには、赤黒い血液が付着していた。

 そこで、少年のものと酷似した騎士用の強化装備に身を包んだ一人の少女がそばの寄っていくと、ゆっくりと目を開けて、その冷たい色を宿した真紅の瞳で、少女を見やった。


「ジン、そんなとこで寝てると風邪ひくと思うけど?」


 真紅の瞳の少年──ジン・ルクスハイトは、その言葉を黙殺し、再び目を閉じた。

 その全く興味を示さない様子に、降り積もった雪景色を連想させる白銀の髪を持つ少女は、不満げに頬を膨らませた。


「また無視って……むぅ……」


 少女はよほど不満だったのか、えいっ、と気合いを入れて、ジンの頭へと手刀を振り下ろした。

 しかし、ジンは目も開けず、その手首を掴み取り、座ったまま腕を捻り上げた。


「ちょ、いたっ、痛い!」


 少女が耐え切れず悲鳴を上げると、少年は何も言わずに手を離した。

 握り締められていた手首を摩りながら、少女は、ジンを睨みつける。光に透き通り輝く紫水晶アメシストのような瞳は、相変わらず不満げだ。


「ってか、着替えないの?」


 またしても、少女の質問を、ジンは黙殺した。ただし、その表情は、眉間に皺が寄り、煩わしげであった。そして、ジンは髪を掻き回すと、ようやく口を開いた。

 おそらく、無視するより、適当に相手をする方が、白銀の髪の少女は、引き下がりやすいと踏んだのだろう。


「《フェンリル》。お前は暇なのか?」

「作戦中じゃないんだけど。ティナでいいって言ってるでしょ?」


 無視を繰り返された挙句、コードネームで呼ばれる。話しかけている少女ーーティナの立場に立てば、憤慨しても仕方がないレベルの対応なのだが、当の本人はといえば、言葉と表情では、不満を装っているが、紫水晶アメシストの瞳をきらきらと輝かせていた。

 まともに答えが返ってきたのがよほど嬉しいらしい。このことからも、ジンという少年が、いかに普段から他者とのコミュニケーションを度外視しているかがわかる。

 もっとも、彼女の喜びは、自分との会話の成立それ自体へ向くものよりも、ジンが会話しようという意思を見せたという成長を喜ぶ、母親のそれに近いように思われるが。


「まだ、作戦中だ」

「わたしたちの仕事は終わったと思うけど……」


 事実、彼らに与えられた任務は、常駐している防衛部隊のMC部隊制圧と、都市中枢にある管理システムの奪取であり、それはすでに完了していた。

 とはいえ、最終目標は達成していない以上、不測の事態に対応するべく、彼らが待機している必要はあった。


「まだだな。《テルミドール》の仕上げが残っている」

「って言っても、ジンの〈ヴェンジェンス〉壊れてるよね?」


 ジン、つまり、《フリズスヴェルク》の駆る〈ヴェンジェンス〉は、先ほどの戦闘で、片腕を失っている。切断されたそれ自体は回収しているが、すぐに修理ができるわけではない。

 また、装備である騎士剣ナイツソードも、〈エクエス〉4機とたった一人で戦闘を行い、その上で、全滅させたために、劣化が激しかった。もっとも、こちらには一応、予備があるが。


「お前は馬鹿か? ここはセレーネ家のお膝元だ。《テルミドール》が露骨な宣戦布告をすればどうなるかなんて考えるまでもない」


 ティナは、ジンの言葉に僅かに頰を強張らせたが、すぐになんでもなかったように、言葉を返した。


「たとえそうだとしても、ジンが出る必要はないと思うんだけど。さっき、4機撃墜なんて大金星上げたばかりだし」


 確かに、改修したとはいえ、型落ちである〈ヴェンジェンス〉で、第二世代の〈エクエス〉を4機、しかも単独で撃破したのだから、驚くべき戦果である。

 しかし、そんな偉業と言っていいことを成し遂げたはずのジンは、無表情を崩さぬまま、やれやれというようにため息を吐くと、三度目を閉じた。どうやら、話すことはないということらしい。

 唐突に会話を打ち切られたティナは、もう一度なにか言ってやろうと口を開きかかったところで、聞き覚えのある声を捉えて黙った。


『諸君、聞こえているかね?』


 年季を感じさせる渋みのある声。その声の主は、《テルミドール》。古き時代に使われた革命暦と呼ばれる暦で、熱月を意味する単語をコードネームとする、彼らレジスタンスのリーダーだった。


『諸君の働きにより、目標の一つであった、都市中枢の大規模通信施設の制圧に成功した。君たちには素直に賞賛を送ろうと思う』


 しばしの沈黙の後、《テルミドール》は重々しく口を開いた。


『これより、我々は、貴族院に対し、宣戦布告を行う。長らく雌伏の時を過ごした同士達よ、そして、我々の思想に共鳴し、新たな同士となった若人達よ。革命の時は来た』


 ワーっとうるさいくらいに歓声が上がる。乗っている人数が少ない、この輸送車でさえこれなら、他のところはもっと騒がしいことになっているに違いない。

 しかし、ジンとティナの二人の反応はいたって淡白であった。彼らは《テルミドール》の演説に対して、特に興味はないらしく、終始無言のままだった。


『では、諸君。始めよう、我々の革命を』


 一旦通信が途切れた。おそらく、宣戦布告のために、通信を切り替えているのだろう。


「どう思う?」


 ティナの疑問に、ジンは無言のまま立ち上がった。そして、すぐ目の前にある〈ヴェンジェンス〉へと歩きだす。


「ねぇってば、毎回無視するのやめてよね」


 追い縋るティナに、ジンは煩わしげに目を細めると、一言だけ言った。


「お前はどう思うんだ?」

「ふぇっ? わたし?」


 ティナは戸惑った様子で首を傾げた。ジンは基本的に誰かに何かを尋ねるようなことはしない。こういった正解のないことに関しては、特に。


「ここまで来たんだから、頑張らないと、とは思うけど」

「…………」


 ジンはしばらく無言のまま、ティナの顔を見つめた。ティナは、その真っ直ぐな真紅の瞳に心の奥底まで見透かされるような気がして、目を逸らした。


「そうか」


 ジンは興味をなくしたようにそう言うと、タラップを登って、隻腕となった〈ヴェンジェンス〉のコックピットへ乗り込む。


「ちょっと、ジン!」

「お前もいつでも出られるようにしておけ。これは命令だ」


 それだけ言うと、ジンはコックピットを閉じてしまう。

 確かに、ジンはその技量から、この輸送車で運用されるMC部隊の四人の隊長ということになっていた。そのため、命令という言葉にはなんら間違いはない。間違いはないのだが──


「もう!」


 ティナは不満げにしながらも、自分もコックピットに乗り込んで、〈ヴェンジェンス〉のシステムを立ち上げていく。


「機体ステータス、コックピット環境、操縦系統チェック……正常。バッテリー残量安全域。ジェネレーター出力安定。戦術データリンク、網膜投影システム、アクティベート。システムオールグリーン──〈ヴェンジェンス〉、起動っと」


 コックピットに駆動音が響き始めた直後、全周波通信を機体が拾い上げ、コックピットに、《テルミドール》の宣戦布告が流れ出す。


『貴族院の諸君に告ぐ。我々は『革命団ネフ・ヴィジオン』。我々が目指すのは諸君ら貴族の支配からの脱却である。

 これは、民の不幸を糧に蜜を吸う諸君らへの、挑戦であり、叛逆を告げる鐘である!

 そして、苦渋に身を埋め、辛酸を舐め続ける諸君らへの、勧告であり、呼びかけである!』


 《テルミドール》の堂々と貴族へと喧嘩を売るその発言に、ティナはコックピットで一人自嘲気味な笑みを浮かべた。

 もちろん、それを見たものは誰もおらず、その間にも、《テルミドール》の言葉は続いていく。


『貴族達は我々に何かを与えたというのか?

 否、答えは否である!

 何も与えてなどいない。それどころか、我々からあらゆるものを奪い続けている!

 民は貧困に喘ぎ、奴隷達は謂れのない暴力にその身を削り、唯一! ただただ、貴族だけが私腹を肥やす。

 そう。彼らは、凱旋と共に掲げた、美しき理念──すなわち、貴族たる者の義務ノブレス・オブリージュという理念を忘れ、人民からすべてを奪い尽くすだけの暴君と成り果てたのだ。

 己の身に纏う富を作り出しているのは民だという事実を忘れ、ただいたずらに搾取し、民達を苦しめているのは、貴様ら貴族の傲慢である! 強欲である!怠惰である!

 そう、貴様らの大罪故に、我々は虐げられているのだ!」


 《テルミドール》は続けた。


『故に、その傲慢に! その強欲に! その怠惰に!

 我々は立ち向かわねばならない!

 それが我々に残された最後の道である!

 我々は我々の理想郷エデンを自らの手で取り戻さねばならない!

 それこそが我々が剣を手に取った唯一の理由である!

 そして、我々は改革への狼煙である! この腐った支配が横行した世界への叛逆の始まりを告げる、狼煙である!

 この狼煙は、民に立ち上がる勇気を与える、解放への一歩である!

 この一歩は我々にとって、小さな一歩であるが、同時に、世界にとっては大きな一歩である!

 貴様らは、己が権益を手放したくないがために、我々を倒そうとするのだろう。

 しかし! 解放を望むものがいる限り、我々は決して倒れない!

 鉄の意志と鋼の強さを持って立ち上がり、勝利の凱歌を上げるその日まで、我々は! 我々の意思を継ぐ者たちは! 戦い続ける!

 覚悟するがいい、我々はこの手に握る剣を天に掲げ、貴様らの腐り果てた理念に裁きを! 断罪を下すことだろう!』


 《テルミドール》がそう締めくくると、通信は途絶えた。だがすぐに、今度は別のところから通信が繋がった。《テルミドール》のいる都市中枢の通信施設ではなく、レジスタンスが運用する、戦闘指揮車からの連絡だった。


『こちら、《ヴァントーズ》、司令部だ。接近する機影あり、数4。輸送ヘリだな。このタイプならば、推定敵戦力はMC8機、二個小隊だ』


 鋭さを感じさせる女性の声。彼女は、《ヴァントーズ》、すなわち、風月を名乗る、《テルミドール》と同じく、レジスタンスの初期メンバーの一人だ。

 彼女の言葉を聞くに、どうやら、ジンの予想は当たったらしい。もっとも、派手に襲撃しているのだから、宣戦布告などするまでもなく、なんらかの戦力が差し向けられるのは当然といえば当然なのだが。


『残念だが、こちらの撤収準備は完了していない。しばらくの間、時間を稼いでもらいたい。可能ならば全機撃破しろ』

『こちら、《フリズスヴェルク》。任務了解』


 言うが早いか否や、《フリズスヴェルク》──ジンの〈ヴェンジェンス〉は速やかに拘束を解除し、輸送車から飛び降りる。


「ちょっと、ジン!」

『《フェンリル》、作戦中だ。機密保持のためだ、ルールは守れ』

「……《フェンリル》、了解」


 ジンの〈ヴェンジェンス〉の損傷を知らないわけではないだろうに、どうして止めないのか、そんな苛立ちを押し殺して、了解を返す。

 とはいえ、文句を口にしないのは、第二世代型のMC8機を敵に回して、無人機の〈ガベージ・タンク〉と、ジンのいない〈ヴェンジェンス〉部隊だけで対応することは難しいという事実を、ティナ自身理解しているからである。

 ならば、彼女にできるのは、自らも前線に立ち、ジンの負担を減らすことだけだ。

 拘束解除。同じく固定された大型のライフルを手に取り、機体をコンクリートの地面に降り立たせる。


「作戦行動を開始します」

『そうだ、それでいい。《マーナガルム》も同様だ。〈エクエス〉の回収作業は中止していい。敵MCを迎撃しろ。《スレイプニル》は後方で輸送部隊の護衛にあたれ』


 《スレイプニル》と《マーナガルム》、この2人も、ティナとジン同様、MC部隊に所属するメンバーだ。当然、優れた技量を持つパイロットである。

 そもそも、〈ガベージ・タンク〉と違って、整備やパーツの関係上、実戦投入できる〈ヴェンジェンス〉の実戦投入できる数には限界がある。このため、MC部隊のパイロットは全員、世代差の不利を覆して敵MCを撃破するだけの実力を求められるのだ。


『《スレイプニル》、了解』

『《マーナガルム》、了解だよ』


 ジンが撃墜した〈エクエス〉を回収していた《マーナガルム》機が、別方向から敵部隊の方へと移動を開始するのが、ティナの視界の隅のレーダーに映る。別方向に向かうもう一機は、防衛にあたる《スレイプニル》だろう。

 次いで、レーダーに映る、赤い光点フリップ、敵の輸送ヘリの位置を確認。距離3000。

 素早く地形データを呼び出して、自機の位置と輸送ヘリの位置を入力。


「ポイントデータ出力……ここね」


 小さくつぶやくと同時、部隊間の通信が繋がり、最前線にいるジンの声が届く。


『こちら、《フリズスヴェルク》。目標を目視で確認した。敵部隊の構成は、〈エクエス〉8。予想通りだな。これくらいなら問題ない。目標は全機撃墜。抜かるなよ』


 もはや、応えを返す必要もない。全員がそれぞれのやるべきことを理解しているからだ。

 自ら設定したポイントに到着したティナは、〈ヴェンジェンス〉のカメラを上方に向ける。


「よしっ」


 カメラに映っているのは、〈エクエス〉を輸送するヘリ部隊だ。敵の位置は分かっていた。移動によって確保したのは、射線だ。

 〈ヴェンジェンス〉に膝をつかせ、移動中は背部に懸架していた大型のライフルを手に取る。

 装着されたスコープを覗き込み、目標ターゲットを拡大。距離、2200。

 輸送ヘリを完璧に捉えた紫水晶アメシストの瞳が、獰猛に鋭く細められる。


「《フェンリル》、目標を狙い撃つ」


 引き金トリガーを引く。大口径のライフルから放たれた弾丸が、放物線を描いて飛び、予定通りに吊り下げられたMC、〈エクエス〉へと着弾。満載にした火薬を引火させ、爆発。

 動力部に延焼し、連鎖的に起きた爆発が、もう一機の〈エクエス〉と、輸送ヘリを巻き込み、撃墜する。


「よし、次」


 次の目標に狙いを定め引き金を引くが、早々に〈エクエス〉を投下した輸送ヘリは速やかに離脱していく。

 結果、放った弾丸は一足遅れて都市へと着弾し、爆炎を吹き上げた。

 警戒されたらしい。狙撃で、輸送ヘリごとMCを叩き落されたのだから、当然ではあるが。

 MCという重荷を切り離したヘリの動きは軽快で、着弾まで相応の時間がかかる狙撃銃で命中させるのは難しいだろう。


「こちら、《フェンリル》。目標を一機撃墜。後は任せたよ」


 その通信を聞いていたジンは、了解、とだけ小さく返すと、隻腕の〈ヴェンジェンス〉を駆って、着地したばかりの〈エクエス〉へと強襲する。


会敵エンゲージ。目標を駆逐する」


 言葉と同時に、ベルトコンベアの床を蹴って、〈エクエス〉の眼前に飛び降り、どんな反応より先に、戦闘での劣化が少ない騎士剣ナイツソードの切っ先でコックピットを打ち抜く。

 引く抜くと同時に、操り手を失った〈エクエス〉が崩れ落ちる。

 傾き始めた陽に照らされた騎士剣ナイツソードには、新たな鮮血がこびりつき、ただでさえ赤黒かった剣先がさらに血の色を帯びていた。

 その漆黒の〈ヴェンジェンス〉の姿は、さながら血に飢えた死神のようにさえ見えたことだろう。

 工業都市の特徴は、複雑な地形と高低差だ。そして、物資の輸送や、機材の搬入、そういった目的のために、街のそこかしこに、通常の道路とは異なる、通路が張り巡らされている。

 ジンが奇襲に利用したのはそういうものだった。僚機間の戦術データリンクと、光学カメラのデータから、ティナの狙撃ポイントと、狙撃後の投下ポイントを予測、資材搬出用のベルトコンベアを利用し、着陸ポイントにいち早く奇襲をかけたのである。

 単純なことではあるが、〈エクエス〉のパイロットからすれば、周囲を取り囲む建造物の中から突然、〈ヴェンジェンス〉が現れたように見えただろう。

 ジンへの警戒を強める残った5機の〈エクエス〉。しかし、ジンは片腕を失い、刃毀れした騎士剣ナイツソードしか持っていない状況でありながら、ただ、歪んだ笑みを浮かべただけだった。


「甘いな」


 そう言った直後、〈エクエス〉部隊の側面から滑り出すように飛び出してきた〈ヴェンジェンス〉が、一機の〈エクエス〉を蹴り飛ばし、ついで、その手に持った、槍状の武器を向け、引き金を引く。槍の上部に内蔵された銃口が火を吹き、弾丸が体勢を崩した〈エクエス〉を貫く。

 ──騎士銃槍ナイツランサー。槍と中口径程度の滑腔砲二門を搭載する複合装備だ。しかし、大型である分、取り回しが悪く、複合装備であることも合わせて、扱うには相応の技量が必要である。


『《マーナガルム》、参戦するよ』


 一瞬の内に、二機の〈エクエス〉を撃墜。これで、8機投入された〈エクエス〉の内、半数を撃破。戦力比は1:1。とはいえ、最前線にいるのは、ジンと《マーナガルム》の二人のみ。実質的戦力比は、2:1でジン達、レジスタンス側が不利だった。

 しかし──


『《フリズスヴェルク》。僕が全部やる。下がってていいよ』

「残念だが、今更引く気も起きないな」

『そうかい!』


 《フリズスヴェルク》と《マーナガルム》。鷹と狼のコードネームを与えられた二人はあくまでも、獲物に襲いかかる捕食者のごとく傲岸不遜だった。

 《マーナガルム》の〈ヴェンジェンス〉が、〈エクエス〉に突っ込み、加速を乗せた騎士盾ナイツガードを叩きつける。〈エクエス〉と〈ヴェンジェンス〉、互いのシールド同士がぶつかり合い、火花を散らす。


「出過ぎだ」


 そう言いながら、ジンは、〈ヴェンジェンス〉を跳躍させ、《マーナガルム》の背後から迫っていた〈エクエス〉の前に着地。騎士剣ナイツソードを振るい、〈エクエス〉と鍔迫り合う。


『信頼してると言って欲しいな』

「どこがだ?」


 背中を預けあう二人は、余裕を崩さないが、鍔迫り合う間に囲まれる形になり、数的不利だけでなく、状況的不利というオマケまで付いていた。

 その時、劣化していたジンの騎士剣ナイツソードが遂に悲鳴を上げ、ぴきぴきとひび割れが広がっていく。


「ちっ」


 舌打ちを一つ漏らし、騎士剣ナイツソードを手放して飛び退く。

 押し切られた剣は半ばから砕け散り、コンクリートの地面に破片だけを残した。

 武器を失った隻腕の〈ヴェンジェンス〉に〈エクエス〉が斬りかかる。

 直後、さらに飛び退いたジンの〈ヴェンジェンス〉と、盾を押し切った《マーナガルム》の〈ヴェンジェンス〉が、その場で入れ替わる。

 その動作の中で、《マーナガルム》が腰に懸架していた騎士剣ナイツソードが、ジンの手に渡り、体勢を崩した〈エクエス〉を下から上に一文字に、股関節から頭部までを切り上げる。

 同時に、《マーナガルム》は、振り下ろされた騎士剣ナイツソードを盾で逸らし、騎士銃槍ナイツランサーの切っ先を叩き込んで、〈エクエス〉のコックピットを貫いた。

 撃墜を確認。後方に飛んで、二機の〈ヴェンジェンス〉が再び背中合わせに着地すると、二機の〈エクエス〉が、糸の切れた操り人形のように崩れ落ちた。


『悪くないコンビじゃないかな?』

「お前の感覚は理解し難い」


 直前に、恐るべきコンビネーションを見せた二人とは思えない会話だが、案外、噛み合わない性格の方が、戦闘では噛み合うのかもしれない。

 これで、戦力比は1:1。確かに、機体性能では、〈エクエス〉の方が有利だったが、〈ヴェンジェンス〉のパイロット二人には、機体性能を覆すだけの技量が確実にあった。


『さて、終わりにしようか』

「いや、待て」


 ジンは上空に打ち上げられたものを見て、《マーナガルム》を制止した。

 曳光弾。帰還を命令するものだ。おそらく、後方の《スレイプニル》が打ち上げたものだろう。

 さらに連続して数発。今度は、合流ポイントを伝えるものだ。

 おそらく、通信施設が使えなくなったことで、長距離通信の精度が下がったのだろう。もしくは、通信の傍受を警戒したのかもしれない。


「作戦終了。撤退だ」

『おっと、残念。君もそう思わないかい?』

「さて、どうだろうな」


 こちらの動きを警戒する〈エクエス〉を見やりながら、軽口を叩く(マーナガルム》とジン。撤退命令が出ているとはいえ、敵の眼前から逃げ去るのは難しい。彼らは撤退のタイミングを計っていた。


『《フェンリル》、援護するね』


 通信が届いた直後、上空から数発の弾丸が降ってくる。しかし、それは、地上に到達するより先に爆発し、白煙を撒き散らす。高音の煙で、光学カメラの視界と、熱源レーダーを欺瞞するスモークグレネードだ。


「撤退する、いいな?」

『了解』


 そして、白煙と共に、貴族院に対し、一方的な宣戦布告を行った、レジスタンス、革命団ネフ・ヴィジオンは工業都市から姿を消した。



『鮮やかな引き際だな』


 立ち並ぶMCの中で、一際壮麗な、蒼玉サファイアの輝きを放つMCのコックピットに座る男がつぶやいた。

 革命団ネフ・ヴィジオンと名乗る、レジスタンスの宣戦布告より、四時間。貴族院が差し向けたMC部隊が、襲撃を受けた工業都市に到着していた。

 しかし、部隊が到着したころには、革命団ネフ・ヴィジオン側の部隊はすでに撤退しており、それどころか、追跡しようとした、輸送ヘリさえも撒いて、手がかり一つ残さずに消失した。まったく、鮮やかと言う他ない。


『隊長、追いますか?』

『やめておけ。手がかりもないのだ』

『ですが……』


 言い淀む騎士達の気持ちも分かる。何せ、駐留していた部隊を含め、総勢12機の〈エクエス〉を投入していながら、生還したのは2名のみ。散っていた騎士の無念に報いたい気持ちは、当然、男にもあった。

 しかし、それを成したのは型落ちした〈ミセリコルデ〉の改修機。それもたった4機だ。姿をくらました彼らを追い、撃破するのは相応の困難が付き纏うことは想像に難くない。

 その上、撃墜された〈エクエス〉の内、二機は跡形もなく消えていた。おそらく、彼らの手に堕ちたのだろう。

 革命団ネフ・ヴィジオンの戦力はさらに厄介になる。貴族院が思っているほど、戦いはたやすくは終わらない、男はそう考えていた。

 それこそ、このタイミングでの不用意な追撃は、さらに戦力を削ることになりかねない。


『今は誇り高く散った彼らを弔うのが先だ。それに……』

『隊長?』

『あれだけ派手に動いてみせたのだ。次は遠くないだろう』


 男は莞爾として笑い、誰に言うとでもなく、最後にこう付け加えた。


『その時は、狩らせてもらうぞ。革命団ネフ・ヴィジオン


その日、日が沈み、ゆっくりと暗闇の帳が落ちていく中で、革命の夜明けが始まった。

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