perspective
ARATA
第1話 side カナタ
…飲みすぎた。
いや、飲みすぎて酔っぱらいすぎた。
いや、飲みすぎて酔っぱらいすぎて、やりすぎた。
ふと、我にかえったのだ。
さんさんと日の降り注ぐ、ショッピングモールの入口にあるベンチに
オレは座っていた。
なんとはなしに、両の手を見る。
怪しげなものはもっていないし、不審なシミもない。(よかった)
ハッとして尻に手をやる、ポケットの財布も無事だ。(よかった)
着衣も昨晩と変わりない…と視線をめぐらせて最後にがっくりきた。
オレ、靴履いてねーじゃん。(ついでに靴下もない)
さんさんと日の降り注ぐベンチで裸足のオレ。ジャンパー着てるのに。
休日のショッピングモールはそこそこ人気があり、子供連れのファミリーなんかが流れるように入口へと吸い込まれていく。
通りすがりの視線をちらちらと感じなくもない。
昨日どの靴履いてたっけ、お気に入りだったっけ、っつかこれどうしようか。
幸いにも、なんか近くで靴買えそうなムードはある。
っつったって、そこまでどうすんのコレ。
いやまあ、ここまでコレでたどり着いているんだけれど、そもそも。
どこで脱いできちゃったんだろうなあ。
「あ、あの」
「ん?」
頭上から声が降ってきた。
「あの、えっと、カナタさん…?」
「そーだけど」
柔らかい声の主は、オレの返事を聞いて頬をゆるめた。
まるで、ぱああと音がするみたいに。
「…オレのファン?」
「はい!」
少々食い気味のスピードで繰り出された肯定にちょっと面食らう。
「ふうん」
正直、そんなこと言われるのは慣れている。っつっても、
オレはアイドルでも俳優でもなく、特に名の知れた何某というわけではない。
月に何度かちっちゃなクラブでステージに立ってるだけ。
けど、そういうのが流行るたびになんとなくちょっとずつ持ち上げられて、
それなりにオレの居場所みたいのもできていった。
流行りが盛り上がれば金はそこそこついてきた。あとオンナも。
その二つがイコールだってことも、しばしばあった、かもしれない。
「あの」
「なに?」
「昨日のライブの3曲目」
3曲目ってなんだっけ、ナニ演ったっけ
「アルバムのとトラックが変わってて」
ああ、アレか
古い曲で音源みつかんなくてテキトーにあてがったんだけど
「いつだったかのライブで、うーん、2年くらい前だったかな、
おんなじトラックで別のリリックものせてましたよね?
あれ、元曲もいいけどすごくよくて、密かにまた聴けないかと思ってて
あの、ええっ?えっと…」
目を丸くしてるオレに気づいて、女は言葉を切った。
それから消え入るような声で「ごめんなさい」と謝った。
「いや、悪かねーけど」
件のライブは、オレも覚えていた。
季節外れの台風が影響して、すっげー大雨で、客の入りもさっぱりだった日。
ちょうどいいやってことで以前からやってみたいと思ってた、
実験的な構成の曲をいくつか披露してみたんだった。
それについて、何かを言われたことは今までなかった。
オレの「ファン」はその日にも何人かいたみたいだけど。
なんつーマニアック、と皮肉っぽく返そうとして顔をあげたら
女がオレの裸足のつま先を凝視しているのが見えた。
「ああ、これな」
「足の指、長いんですね。綺麗」
「は?そこ?」
「え?」
「靴は?とかそういうとこでしょ」
「ああ!…靴は?」
「遅ぇよ」
笑ったオレを見て、女も笑った。
「ちょうどいいや、靴買うのつきあってよ」
「いいですけど…」
そう言って女はちょっと考える素振りをみせた。
「それとも急いでる?」
「あっ、ううん、そうじゃなくて」
そう言うと靴を脱ぎ、靴下を脱ぎ、オレが呆気にとられてる間に裸足になった。
「ナニしてんの」
「おそろい」
「は?」
「んー、なんかフェアじゃない気がして」
…フェアってなんだよ。
舗道の敷石の上に女の足の指、白くて小さくて丸い、転がっていってしまいそうだ。
濃い色のペディキュアが、そいつの意志の強さみたいに見えた。
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