いい物を作ればいつか解ってもらえるの間違い ー自分達の順番が回ってくるタイミングが昔よりずっと遅くなっているー

何日かして、またあの男がやってきた。

心なしか顔がほころぶ。


「いらっしゃいませ」


と元気よく声を掛けるとこの間と少し雰囲気が違う。

スーツを着ている。そして今度はパンに目もくれずにまっすぐにこちらの方に来て、にこやかな笑顔と共にこう言った。


「こんにちは、柳原一郎さんですね。わたくし、今日からこちらのお店の販売促進のお手伝いをさせてもらうことになった三木と申します。」


「販売促進のお手伝い、、、、?」


そんなの頼んだっけ?、、、


全然覚えがないと思った数秒後、急に思い当たる節が出てきて顔がゆがむ。


――――また、お袋か、、、


いつだってそうだ、商工会議所でちょっと話しを聞くとすぐ食いついて、、、それでどれだけこっちが苦労してきたと思ってるんだ、、、、


名刺から目の前の男に視線を移す。この男に罪はないと解ってはいても、目の前にいる男が、自分の敵のように見えてついつい語気が荒くなる。


「あの、大変申し訳ないんですけど、お袋が勝手に頼んだと思うんですけど、うちはコンサルティングとか必要無いですから、、もう何度もやってるんですよ。


ホームページのあそこを直せ、ここを変更しろ、、そしてその度に売上げの何日分もする多いお金をとられて、、こんな零細企業以下の小さな商店からお金を奪っていってなにが楽しいんですか?


訳の分からない、横文字一杯並べて、『効果があります』、『効果があります』ってオウム返しのように言って、結局売上げなんか全然上がらない。

毎月、毎月通販会社に払う数万円の利用料金すら売上げを上げない月だってある。もうまっぴらなんですよ。お引き取りください」


目の前の男はビックリしているようだ。


ちょっと言い過ぎたか、、いや、いいんだ、こいつも今までの奴らときっと一緒だ。ここで突き放さないと、また訳の分からない言葉で煙にまかれてお金を取られる。


――――これでいいんだ。


自分に言い聞かせるように、再度心の中で呟いた。

見つめる先にいる男、三木と名乗った男は優しい笑顔で言った。


「そうですか、きっと大分ご苦労されたのでしょうね、、、どんなコンサルティングの方をお雇いになったか解りませんが、今のお話しを伺うかぎり、たぶんインターネット系の方だと思います。


インターネットなんて販促の方法の一つでしかありません。ましてやホームページだけで、全ての問題を解決すると言うような人間ならば、それは問題外です。


彼らが言っていることのほとんどは、本を一冊読むか、ネットでちょとと検索すると出てきますよ。あとは、細かすぎて必要のない情報をあたかも必要といってみたり、、、


何よりも、ちょっとパソコンが使えるだけで、『商売の経験がまるでないに等しい。』そんな人の言う事が正しいと思いますか?


パソコンを使うというだけで、買い物は【人】がしているんですよ。【人】を知らなければ、売上げアップは決して出来ることではないんです。


ただ、往々にして、こういう小売店の方はそういう事、、 『デジタル』に弱い、しかも『デジタル』が解らない、『スマホなんか使えるわけない』と頭から決めつけて調べることを、、『情報』を得ることを放棄している。


そして『商売を知らない彼ら』の言う事を頭から信じる。

それでは当然うまくいくわけありません。」


目の前の男の迷いもなく言い切る姿に少し困惑した。『買い物は人がしている』言われてみれば、全くその通りだ。だけど今までのコンサルタントはそんな事は一人も言わなかった。やれメールだ、ホームページだ、ばかりで【人】という単語は全然出てこなかった。


――――なんか今までの人間と違う。


その困惑が表情に出て、それに気づいたのか、三木は再度にこやかな表情に戻り、


「、、、、、おっと、すみません、、ちょっと言葉がすぎましたかね、、まあ、とりあえず少しだけお付き合いださい。せっかくのご縁ですから。」


――――ダメだ!


すぐに警戒態勢に戻る。


「いや、本当にいいんですって、うちはもう、そういうのに頼らず、ただ、いい物を作っていくと決めたんです。昔、爺さんが言っていたように『いい物を作ればいつかは解ってもらえる』んですよ。うちは昔っからそれでやってきて、これからもそれで通していくと決めたんで、お引き取りください!」


「なるほど、、『いい物を作れば解ってもらえる』、、、、いい言葉ですよね。でもね、それは今の時代においては典型的な間違いなんですよ。」


「なっ?」


爺さんをバカにされたようで、一瞬にして怒りがこみ上げたが、その機先を制すように三木は穏やかに話し始めた。


「一郎さんのお話はいい物、つまりこのお店の場合は『味』が相手に勝つポイントと言う事を仰りたいのですよね?では、『味』はどうやったら伝わると思います?」


「そりゃ、食べた時でしょう。」


怒り混じりに言葉を返す。


「そうですね。食べた時です。では、パンはパン屋さん以外では買えないかというと違いますよね?コンビニ、スーパー、駅の売店、と昔だったらパン屋でしか売っていなかったものですら、今はこれだけの場所で売っています。

つまりお客様が『パンが食べたいな』と思ったときに、どこで『最初の情報』に触れるかがポイントになります。では、お客様がその『最初の情報』に触れる瞬間が一番多いのはどこだと思います?」


「『最初の情報』に触れる瞬間が一番多い場所?」


そんなこと考えたこともなかった。突拍子もない質問に言葉を探していると、それをまるで解っていたかのように、三木は続けた。


「答えはコンビニです。『情報』が一番伝わるのは『目』にしたときです。公共料金を払いにコンビニに行く、”小腹が減ったな、、”と思い、その時、目の前に『パン』があってついでに買っていく。


わかりますか?この時点で『自分達のお店の味を伝えるチャンスが無くなります。』そう、コンビニは『寄ってもらう』ということにスゴク力を注いでいるんですよ。だからたいして収益にならない公共料金の支払いをやり、銀行のATMも置いています。


寄れば『目』にするものがいろいろあります。店内を歩いて必要な物を買い揃えていくでしょう。

本屋で買うはずの本を、お菓子屋さんで買うはずのお菓子を、電気屋さんで買うはずの電池を、パン屋で買うはずのパンを、、、

そして、もし目の前に『情報』が無い場合、『記憶』をたよりに『情報』を引き寄せます。そしてその場合優位なのは、当然、『情報を出しているところ』になります。

テレビのCMや、ちらし。そこにはついつい試したくなるような事が書いてありますよねえ。そしたら、試してみたくなるのも当然でしょう。

人に来てもらうことに注力をそそがず、『情報』も出さなかった場合、一体、いつになったら『自分達の順番』は回ってくると思います?


5年後でしょうか、それとも10年後?


一昔前なら『銀行』に公共料金を払いに行き、小腹が減ってパンが食べたいなと思い。近所のお店を探して行く、、という流れでした。


『情報』が少なかったので、『情報』に行き着く為に周りの人に聞きました。チャンスは今より多くありました。この時は確かに『いい物をつくれば解ってもらえました』でも今は違います。

『自分達の順番が回ってくるタイミングが昔よりずっと遅くなっている』のです。

『いつか』は凄い長いスパンになっているのです。待っていたら永遠に自分達の番は回ってきません。それでも『いつか』を待ちますか?」


急に目の前が開けた感じがした。


昔と同じようにつくって、昔と同じように商売しているのに、全然売れなくなってきていた。その理由が分かった気がした。


確かにそうだ。この田舎町でもコンビニだけは元気だ。

いつもお客様がいる。


お客様がいなくなった訳ではないんだ、自分達の何かが間違っていたんだ。

そしてその理由の一つがこの男の言ったことだ。


この男の言うとおりだ、このままではいつまでたっても自分達の順番は回ってこない。


――――ここで意地を張ってはダメだ。という直感が働いた。

どうせお袋が頼んでしまっているんだ。


「三木、、さんって仰いましたっけ、、、で、どうすればいい?」


「ご納得いただけたようですね。」


三木はメガネの奥で目を弓形に変え、笑顔を作った。

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