コカコーラは脳で味わう ー見えないブランドの正体ー
今日は気温が高い。パン釜の前で一仕事終えたあとは汗だくになった。
冷蔵庫の中にある飲みかけのコカ・コーラを取り出すし一息に飲み終えると、
「ああ〜うまい!すかっとさわやかコカ・コーラってね」
という言葉が思わずでた。
「ずいぶん古いキャッチコピーですね」
「おわっ、ビックリした!」
気を抜いているところに、三木が店にはいってきて、開口一番そういった。
「まあ、でも、これもコカ・コーラの長期戦略の一部だしな、、」
と、ひとり言のように言った言葉が引っかかった。
「長期戦略って、この『すかっとさわやかコカ・コーラ』の言葉が?いや、最近使ってないんじゃない?しかもそれほどいいととは思わないけどなあ、、むしろオヤジ臭いだろ?」
そういうと、三木は
「ああ、言葉のことではないです。言葉は一郎さんの仰る通りですね。古くさいし、今の人にはまず受けない表現でしょう。ただ、伝えたいことはそうではなくて、、、」
そう言うと、三木はあごに手を当てうつむき加減でうーんとうなり、いきなり聞いてきた。
「一郎さん、コーラって体のどこで味わっていると思います?」
「は?」
三木のことだから意味はあるのだろうが、相変わらず何を聞いているかわからない。
「いや、そりゃ、舌?」
「いいえ違います」
「じゃあ、口全体?」
「違います。」
「あっ鼻か?鼻をつまむと味がしないものな。」
「それも違います。」
全然わからない。答えに詰まって黙りこんでしまうと、いつもの人なつっこい笑顔をつくって、
「ちょっと意地悪な質問でしたね。正解は脳です。」
と、言った。
「なんじゃそりゃ?わかるわけないじゃん。」
怒り混じりに渋い顔をしていると、いつもの様にそんなことは意に介せずといった感じで三木は続けた。
「実はですね、ちょっと面白い実験がありまして、2004年にモンターギュー博士という方が行った目隠しテストなんですけどね。全員にブランドを隠してコカ・コーラ『だけ』を飲んでもらいました。
その時、最初はコカ・コーラのイメージを見せて飲ませ、次にコカ・コーラのイメージと無関係の色とりどりの電球のイメージを見せて飲んでもらいました。
その結果ですね、なんと、75%の人がコカ・コーラの画像を見てから飲んだ味のほうが美味しいと答えたんですよ。
全部コカ・コーラを飲んだにも関わらずですよ。
残念ながら、ペプシとペプシのロゴで同じ実験を行った時はこういうことはおこらなかったそうです。
さて、ここからが脳の話しになるのですが、コカ・コーラもペプシも、報酬系といわれる、、おいしいと感じたときに動く脳の部位は動いてました。つまり、どちらも美味しいと感じているんですよね。
ただ、コカ・コーラのイメージを見た後は、過去の感情体験を参照するときに用いられる部位の海馬と前頭前野の動きも活発的になったそうです。
つまりコカ・コーラの画像を見てから飲んだ味のほうが美味しいと答えた75%は、過去の感情体験が合わさって、おいしいと思ったということになります。」
「ええ!ホントに?」
思わず声がでた。
「はい、これが人が味以外のものを味わっているという証明であり、『ブランド』という形のないものを、『ある』と決定づけたと言われる実験なんですよ。人は無意識にペプシコーラより、コカ・コーラに好意を抱いているんです。
コカ・コーラって楽しい事の横にコカ・コーラというCMが多いんです。
こんな材料を使って、こんな製法で作っているから美味しいんですみたいなことは、あまり言わないんですよね。
若者がデートしている横にとか、仲間が協力していてなにかを作り上げている横にとか、楽しそうなクリスマスパーティーとか、サンタが街を練り歩くシーンとかの『横に』コーラがあるんです。」
「そういわれてみれば、そうだなあ」
「最初の話しに戻りますが、『すかっとさわやかコカ・コーラ』という言葉はともかくとして、『楽しいことの横にコカ・コーラ』のCMを通じて、一郎さんも知らず知らずにコカ・コーラに好意をいだいていたのかもしれません。
すごい気の長い方法ですけどね、でも、この方法でコカ・コーラは長年かけて『見ただけで気持ちが動く』ようにしてきた。
気持ちに寄り添っているからできることだと思います。「人」を見ているのだと思います。」
人か、、、以前三木に言われた買い物は『人』がしているという言葉が蘇る
三木と知り合って少しはましになったけど、以前は売ることばかり考えて人を見なくなっていたとつくづく感じる。
三木は続ける、
「ちなみにアップル、、、iPhoneのアップルですね、、、それとクリスチャンを比べた実験もありまして、アップル製品を目にした人の脳の動きが、敬虔なクリスチャンが宗教的シンボルを見たときの脳の動きと非常に似かよっているそうです。しかもその反応する部位が欲求喚起に関わる部位だそうです。
これは私はよくわかりますね。
アップル製品を見るとワクワクするんですよ。気分が高揚するんですよ。」
三木にしては珍しく興奮気味で語気が強めだ。こちらに振り向くと
「一郎さん、アップルユーザーのことをなんていうか知ってます?」
と聞いてきた。当然知らないので、しらないと答えると
「”アップル信者”っていうんですよ。言い得て妙だと思いません?」
と嬉しそうに言った。
つられて思わず笑った。三木は真面目な顔に戻ると、
「でも、ここのお店もそういうの持っていると思いますよ。都会にでていった人とかが、帰省の折に買いに来ることありませんか?」
「ある、あるよ!」
「そうですか、もちろん味が好きというのもあるんでしょうが、子供のころ家族で買い物に来たとか、そういう楽しかった思い出があるんでしょうね、思い出があるから気持が動く。『コンビニの川』も越えてくる。
情報において、長期的なことを考えたら、『お店を通じたいい思い出』を作ることも大事になってきます。いい思い出があると、情報が届きやすくなります。
子供の時に、若い時にいい思い出をそのお店に持った人は、親になったとき子供を連れて、孫を連れて、また帰って来ます。
長く続いているお店や会社は必ずそれがあります。
今の人は『必要な物』を買うのではなく、『気持ちが動く物を買う』。
物が溢れている時代だからこそ、気持ちを動かすことが大事になってきます。
コカ・コーラは長い間をかけて見ただけで気持ちが動くようにしてきました。
ここだって出来ないはずはありません。
だって、『あきない』を行っているんですからね。
一生かけてお客様に喜んでもらえる店にしましょうよ。」
「そうだな、楽しんで買ってもらえるように、いろいろ見直さないとな。」
「はい!たとえば接客なら、いいお手本がいらっしゃるじゃないですか、お母様は本当に話していてい楽しくなるかたですよね。以前もお話ししましたが、『ああこの人に会うためにパンを柳原ベーカリーで買おう』って思えるような人ですね。」
「確かに、みんなお袋に会いに来ているからなあ、、、パンはついで、、、あっ、これも脳のなせるわざか?」
そうかもしれませんねといって三木は笑った。
「あと、今はいいんですけど、脳の働きから導かれたイメージが味に影響を与えるという事実があるわけですから、少しお金ができたら、テーマカラーを決めて、Tシャツとエプロンだけでいいと思うのでユニフォームみたいなものも作るといいと思います。
そして、この商品をいれる紙袋も、在庫がなくなったらテーマカラーに合わせてつくりかえたほうがいいです。
イメージが統一されているほうが、お客様にいいイメージを持ってもらえますからね。
店の改装は、、、なかなか難しいでしょうねえ、、出来ることからコツコツとやっていきましょう。」
店の改装ね、、確かに今はお金がないけれど、なにか明確な目標が出来た気がする。
「おまけの話しですけど、サンタってなんで赤色か知ってます?あれ、コカ・コーラが広告で使ったからなんですよ。」
「ええ、そうなの」
「はい、それまではサンタクロースというのは共通のイメージは無くて、青かったり、陽気なおじいさんだったりしてたわけですが、ハッドン・サンドブロムという方がコカ・コーラに依頼をされて描きました。
つまりサンタの赤はコカ・コーラの赤なんです。」
「えええ!!すげえ!」
「それだけでなく、この赤の特許ももっているんですよ」
「マジか?そこまで!」
「はい。コカ・コーラはイメージが製品と同じぐらい大事だということに気づいている証拠ですね。」
サンタがコカ・コーラの宣伝マンだとは、、世の中知らないことだらけだ。
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