アプリの罠 ーどうやってダウンロードさせる?ー
また雨の日、相変わらずお店は閑古鳥状態。
暇で参ったなあと思っていると、見慣れない20代のスーツの男が店に入ってきた。
メガネをかけ風貌はなんとなく三木ににているが、背が高いことと、メガネの奥の弓形になっている目がなにか自然ではない感じをうける。
作り笑いの印象だ。
いらっしゃいませと声をかけると何か様子が違う。
「あの〜」
「はい?」
怪訝な顔をして対応すると、その男は揚々と話始めた。
「初めまして、私、横川と申します。アプリの開発業者の者でして、
こちらのお店、、、『柳原ベーカリー』様のアプリを作りませんかという話にきました」
――――なんだ、飛び込み営業か
普段だったら、追い返す輩の部類だったが、雨が降っていてお店が暇だったのと、雨の中大変だろうなという気持が重なり、話だけは聞いてみることにした。
「アプリってスマホの中に入ってるあれ?」
「はい、そうです!」
「こちら最近販売促進に力を入れていると聞きまして、ぜひ、そのお力になれないかと、、、」
どこで聞いてきたんだか、、それとも聞いていなくても全員にそう言っているのか、、適当だなあと思いながら聞いていると、横川は続けた。
「例えば、こちらのお店ではスタンプカードを使われてますか?」
「ああ、あるよ」
レジの前にある二つ折りの紙のスタンプカードを持ち上げて見せた。
「ございますか?スタンプカードって印刷代が高くないですか?ところが、当社でアプリを作って頂ければ、アプリを落としていただいたお客様のスマホがそのままスタンプカードになります。ペーパーレスです!」
印刷代が浮くのか?これはいいかも?うちで使っているポイントカードも大分古くなってきたしなあ、、今時紙っていうのも確かにかっこ悪いしな、、
「それとなんと言ってもプッシュ通知でお知らせが送れます。」
「プッシュ通知?」
「はい、メールが届いたときとか、スマホが鳴るのをご経験されたことはないですかね?」
「ああ、あれかあ、はいはい、、」
「あれ、すごい気になって見ちゃいませんかませんか?それが出来るんですよ。」
「あれは確かに見ちゃうな。」
「そうですよね、アプリを使えば簡単にこちらのお店の『情報』を届ける事ができます。」
――――『情報』?
暇つぶしのつもりが、大分興味が出てきた。
そういえば三木はアプリのことを何にも言わなかったな、、案外このことを知らないのかも、、、
「それでですね、開発費なんですけれど、今ならキャンペーン中で、30万になります。また維持費ですが月々僅か1万円ほどです。」
――――30万!
高いと思ったが年下の営業にそんなところを見せるのがいやで、表情や声にでないように
「ふ〜ん、安いね」
と言いながら、頭のなかでそろばんをはじく。最初の30万は確かにきついけど、スタンプカードの印刷代が0円になると思えば投資する価値はあるかな、月々の1万は大したこと無い。
何よりも三木の鼻を明かしてやるチャンスかもと思って、
「悪くないね、、契、、、」
約する、、、と、いいかけた瞬間、背中に悪寒がはしった。
嫌な予感がする、何か怒られる気がする
形相が変わり、言葉が途切れたのを聞いて、横川は固まったまま、
「あの、、、どうかされましたか?」
と聞いてきた。
悪寒がとまらない。
「契約については、、、また、、、お返事します」
と、なんとか吐き出すようにいうと、今契約しないと損しますよとか、キャンペーンは今日までですよとか、まくしたてるように言ってなんとか契約させようとしていたが、とにかくその場はお引き取りいただいた。
「その嫌な予感に従って正解でしたね」
あきれ顔で溜息をつく三木。
昨日の雨が嘘のように晴れ上がった空は青く美しい。
「やっぱり、だめかね?」
と聞くと
「まったく、アプリの存在を私が知らないとでも思っているのですか?見くびられたものですねえ」
ふうと溜息をついて、メガネをくいっと持ち上げると
「じゃあ、こうしましょう。私が開発したお客様が100倍にも200倍にも増える魔法のアプリがあるんですけどそれを落としてもらえますか?」
「なんだよ、なんでそういうことを先に言わないんだよ、最初からあるんじゃん、出し惜しみして、ひでえなあ」
やっぱり三木だ、黙ってただけで、そういうのがあるんだと、にやけながら意気揚々とiPhoneを取り出し、
「で、なんて名前のアプリ?」
と、聞くと
「教えてあげません」
と返ってきた。
「なんだよ、それじゃあ探せないじゃないか」
「そうですよ。『知らないものは探せない』んですよ」
「意地悪するなよ。教えろよ。」
「意地悪してませんよ。その一郎さんの作りたいといったアプリが仮に出来上がったとして、そのアプリの存在をお客様が知らないのにどうやって落とすのかなあって思って、、、、」
確かに、、、どうやって落とさせるんだろう、、少し考えて、
「そりゃ、チラシとかを配ったり、フェイスブックで投稿したり、、、、」
と言った瞬間、自分の間違いに気が付き顔が引きつった。
その表情に気づいたのか、三木はニヤリと笑いながら
「解りました?そうなんです。アプリはダウンロードさせなければいけません。
ホームページと一緒です。人は『知らないものは探せない』ので、アプリは作った後存在を知らせるPUSH情報が必要となります。
テレビで毎日のようにゲームアプリのCMが流れていますが、それはアプリの存在を知らせなければいけないからです。
毎日数百生まれるというアプリ。その中で自分の作ったアプリの存在を知らせる。そしてダウンロードさせる。簡単で無いことは想像に難くないですよね。
PUSH情報の説明はもういいですよね。「知らない事を伝えられるメディア」つまり、テレビ、ラジオ、チラシ、駅の看板などなど、タダでできるのはフェイスブックとツイッターぐらい。
一郎さん、アプリをダウンロードさせて送りたい情報はなんですか?」
「そりゃ、今日はパンが美味く焼けたとか、セールをやってますとかだよ、、、」
もう敗戦が見えているので弱々しく言うと、
「つまり、『来店を促す情報』ですよね?
おかしくありませんか?それって先ほど一郎さんがアプリを存在を教えるといったチラシやフェイスブックとツイッターでできますよね。
本来、来店を促すためにつかうお金と労力をつかって、アプリを落とさせる。そして送る情報は同じ。
なぜ、わざわざアプリをダウンロードさせて、ワンステップ増やして伝わりにくくするのですか?」
グウの音もでない。
「ゲームのようにそのアプリを使ってお金を稼ごうというのなら、アプリをダウンロードさせるPUSH情報ににお金や労力をつぎ込むとおいうのはわかるのですが、『来店を促す情報』を渡したいのだったら、最初からその媒体でを流した方が早いと思いませんか?」
「いや、それはプッシュ通知があるから、、、」
ほぼ敗北決定で戦況不利なのは解っていたが、食い下がってみた。
「なるほど、その一番の売りのスマホが鳴るプッシュ通知ですが、強力すぎるんですよね。」
「強力すぎる?」
困惑した表情の自分を意に介せずという感じで三木は続けた。
「1分1秒が惜しいぐらい興味がある、常に欲しいと思っている『情報』ならともかく、急ぐ必要のないものがあたかも緊急のように鳴る。
チラシを手にする、フェイスブックを起動すると言った感じで、心が情報を受け入れる体勢になっている場合と違い、プッシュ通知はこちらの心情だけでなく、状況も無視して送られてきます。
それが頻繁に起こるとしたら本当に効果的だと思いますか?かえって神経を逆なでると思いませんか?」
まったくその通りだ。確かにスマホが鳴って急ぎだとまずいと思ったら、電気屋のセール情報でこの忙しいのにと思ったことがある。
そこの電気屋のプッシュ通知はすぐに解除した。つまり自分達もそう扱われるというになる。
「私はあのプッシュ送信で有効だなと思うのは災害時のみだと私は感じています。
機能に踊らされてはだめです。買い物は『人』がしているのです。人の気持ちを最初に考えないといけません。そう考えると要らないと思いませんか?」
買い物は『人』がしている、そうだ、また忘れていた。
確かに、、、もう、アプリは要らないなという気持になっている。
でも、、、
「スタンプカードは役に立たつだろう、今時スタンプカードが紙っていうのもかっこわるくない?」
と言い返すと、
「いいえ、まず、アプリだとスマホを持っている人に限定されます。
このお店の顧客層はまだまだお年を召した方も多い。お年を召した方を無視するのはこのお店にはそぐわないと思います。」
なるほど、これもまたグウの音もでない。
「ついでなので話してしまいますが、そのポイントカードなのですが、一郎さん、財布の中にいくつポイントカードがありますか?」
そういわれて財布を開くと、財布の中にはいろいろなお店のポイントカードがある。これでも良く使うものだけだ。
「7種類ぐらいかな、、、」
「多分街中でもらうポイントカードの数はそれより遥かに多い数があると思います。なので必要のないものは捨てていると思います。では、なぜそのポイントカードをとってあるのですか?」
「そりゃ、そのお店に行く可能性が高いから、、、」
「そうですよね。ポイントカードを維持しておきたいというのは、このお店で例えると、至る所で売っているパンで『柳原ベーカリー』がいいと少なからず思っている。つまり、ファンの人か、限りなくファンに近い人になっていると仮説できます。
では、そのポイントカードが貯まった方がいますよね。その方には『柳原ベーカリー』はどういったことをしていますか?」
「500円割引き」
「それだけですか?」
「それだけって、、、いや、他の所もだいたいそんなもんだよ。」
「そうですか、ファンになってもらうために、一生懸命情報を出し続けているのに、限りなくファンに近いか、間違いのないファンの人に値引きだけですか?
割引きしたからいいだろうではなく、その人達に特別ですよと解るようにお礼状の一つでも送った方がいいと思いませんか?
新商品のお知らせだって、アプリを使って送るより、よっぽど届くと思いませんか?」
あっ、、
「いや、、、たしかに、、、いや、、、やろうとは、、、」
しどろもどろに答えると、三木は笑顔を作り
「、、、なんて、意地悪してみましたけど、お母様が送っているようです。」
「えっ?」
お袋が、、ビックリした。
「お母様は本当に本質を摑んでらっしゃいますね。パソコンは使えませんが、ポイントがたまった方の住所や電話番号をノートに書き留め、その方にお手紙を送られているようです。」
そういえば、お店にくるお客様で特にお年を召した方が、お手紙ありがとうと言っていく時があった。
何の事かと思っていたが、お袋がお客様をつなぎ止めてくれてたんだ、、、
「お袋の足下にも及んでいないってことか、、」
意気消沈しながら言うと
「お母様みたいに商売の本質をつかんでいるタイプはなかなかいませんよ。別に落ち込むことはありません。」
「それ慰めてるの?かえって落ち込むんですけど」
と言うと、三木は珍しく苦笑いをしながら話しをそらして
「まあ、何度も言っていますが、今の時代のキーワードの一つは『ファン』ですよ。」
と言った。
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