第34話・木陰の円座
クラス内のつき合いがだんだん億劫になった。仲間のゴシップやラケットの振り方の話題もわずらわしい。昼の弁当の輪からも外れるようになった。
昼飯にはいつも手製のおにぎりを持参した。入校して以来、自分でも驚くべき早起きができるようになっていたので、弁当をつくるという日課を早朝に組み込んだのだ。毎朝起き抜けには、前夜に挽いた作品の高台ケズリ、くちばしや取っ手付け、そしてつぶした失敗作品を再生する土練りをしなければならない。それを終えてから、おいしいおにぎりの研究にいそしんだ。これもまたひとつの創作といえる。タイマーでセットしたご飯が炊きあがるとボウルに移し、シソふりかけとおかかとシラスと炒り胡麻を混ぜ合わせ、昆布の佃煮・地元名産のあさりの佃煮・鮭フレークをつめた三種をにぎる。軽くあぶってパリパリにした海苔を二個に巻き、あと一個にはとろろ昆布を巻いた。それを弁当箱につめ、つけ合わせは新しょうがを針のようにきざんだもの。それが定番となった。
午前の訓練が終わると、作業場のあちこちにできるにぎやかな人だかりを離れ、ひとり中庭の芝生に寝そべってそいつを食べた。日当りのいいこの場所は変人のテリトリーと周知されているので、クラスメイトたちは寄りつこうとしない。ふかふかの緑のジュウタンを独占だ。そんな心地よさの中、集中をほどいたからだに、おにぎりの塩気はしみじみとおいしかった。
「んめー。そして形もいい。100点。天才!学校でたら『陶芸居酒屋』でもはじめっかな・・・」
いつも独り言で、きれいな三角形に仕上がった自分の仕事を自賛した。しかし相づちを打つ相手はいない。気持ちわるい姿。しかし、気楽だった。
夏はまだまだ真っ盛り。一面の芝が緑をひらいて陽射しを吸収し、目にまぶしい。満腹になると、落っこちたメシつぶを吟味するアリたちをあごの下に見つつ、寝そべったまま竹ベラを削り出したりしてすごした。空が高い。たちまち汗がにじむ。だけど頭上に一本きり立つ幼樹がささやかな木陰を落としてくれて、その場所は天国だった。
天国の主はまぎれもなくオレだったが、やがて少数の冒険者が380円弁当(学校がまとめて出前でとっている)を手に手に、木陰に集まりだした。最大のライバルのひとり・ヤジヤジと、花をこよなく愛するごま塩頭のメガネおじさん・イーダさん、そして子持ちアイドル・あっこやんも、そんな冷やかしメンバーの中にいた。
陶芸のことならなんでも知っているヤジヤジとは、いつもこの場所で情報交換をした。交換とはいっても、こっちから差しあげられる情報は粗末でとるに足らないものばかりなので、ほとんどもらいっぱなしだ。ひたすら恐縮しつつ、それでもよだれをたらしながら、価値ある知識を片っぱしから吸収した。膨大な知識の貯蔵と、それにふさわしい質で実践をくり返しているヤジヤジには、圧倒されるばかりだった。
さて「イーダさん」は、毎日一枚ずつの草花スケッチを欠かさない、おだやかな熱さを持ったおっちゃんだ。面差しはやわらかく、声ははつらつと明るく、空振りしがちな冗談にはコカされるが、大らかな包容力のある遠赤外線のようにあったかいひとだ。しかし訓練となると真剣一筋、まっすぐに課題と対峙していた。それでいて心から楽しんでいる様子だった。技術的にはお世辞にもうまいとはいえなかったが、その感性はまるで少年のように純粋でみずみずしい。ヤジヤジの目がギラギラ輝いているとすれば、イーダさんの目はきらきらと澄んだ光を放っていた。旺盛な好奇心とフットワークは、大企業を定年退職してズブの素人というポジションから陶芸をはじめた60男を、着実に進化させていた。
一方「あっこやん」は、信楽の製陶所ですでに現場を体験した上級者だ。一児の母で、幼稚園年長の息子・りょうちゃんがおなかをこわすたびに遅刻したり、欠席したりと忙しい。しかし陶芸に関しては、豊富な経験と確かな審美眼、それに静かに燃える心を持っていた。いつも「自信がない、自信がない」とつぶやきつつ、ついには腹をくくってやりきってしまう強さは、子供ひとり産んだ母親ならではかもしれない。そんなすっとぼけた強さをもつと同時に、だれにもこよなく優しかった。ゆきとどいた性格で、みんなにとってあっこやんは、冬の日の陽だまりのようなひとだった。
「陶芸の鬼」「再チャレンジを期すご隠居」「多忙ママ」、そして「空気を読まないモヒカン」と、みんななんとなくクラスの輪から浮いていた人物だった。木陰の円座は、はからずも製造科内で図抜けた熱さをもつ四天王をひとつ所に呼び寄せた。個性のちがう四人は志しで結ばれ、刺激の交換と響き合いで各々の世界をひろげていくことになる。オレにとってこの三人と切磋琢磨した日々は、生涯の財産となった。
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