第29話・完全燃焼

 焼成は、15人が四つの班に分かれ、六時間×四交代で行うことになった。各時間内に確実に温度を上げないと、次の班に負担が繰り越される。プライドにかけてノルマだけは達成しなければならない。温度上昇を記すための巨大なグラフ紙が貼りだされ、おのずと緊張感がただよいはじめる。それは成績表のようにも見えた。窯の炎よりも先に、他班に対するライバル心がめらめらと燃えさかりはじめた。

 さて、最初のあぶり焚きはヤジヤジの班にまかされた。窯内を温めつつ、空気の流れを焚き口からエントツまで導く重要な仕事だ。前日早朝の窯詰めから一日半、寝ないでぶっ通しの作業だが、そこは陶芸の鬼・ヤジヤジのこと。目を血走らせて挑みかかった。

 一見簡単そうにみえるあぶりだが、やってみるとこれがなかなかむずかしい。思ったように炎が窯内に引いてくれず、外にこぼれ出てくるのだ。ましてやS字という複雑な通り道を持つ無量窯だ。それはまるで糸先を巻貝に通すような作業だった。

 ヤジヤジ班は苦心した挙げ句に、ドラフト(エントツにうがたれた穴)に火をつけた新聞紙を放りこんでエントツを温めると引きが強くなることを発見し、それを利用して見事S字路に火道を開通させた。

 さらに、ツカチン統率の元で華麗なチームワークを見せる第二班が、着実に温度をゲインしていく。後を引き継いだオレたちの班も、ケンカしたりいがみ合ったりしながら、なんとか恥をかかないように折れ線グラフを上昇させた。各班必死だ。こうしてじょじょに、炎は無量窯のすみからすみへとめぐりはじめた。

 ありがたいことに、マキはふんだんに用意されていた。窯をとりまいて、小屋の壁全面に割り木の束が積み上げられている。焚き手はそれを片っぱしから焚き口に投げ入れればいい。しかもそのうちの半分は、一流の陶芸家が窯焚きのときに重用する松のマキなのだ。Fさんちや太陽センセーんちで使う「ドングリの木」と呼ばれる安物の雑木ではない。松はみっしりと重く、見た目につややかで、なにかをやってくれそうな予感を抱かせる心憎いやつだ。松マキを使うと、幹にたっぷりとたくわえられた脂のおかげで炎が長く伸び、しかも長時間もつので、温度を効果的に上げられる。さらにその灰は自然釉になったときに、還元炎によってしっとりとした若草色を呈し、作品は翡翠をまとったように光り輝く・・・はずなんである(うまくいけば)。

 それにしてもなぜ、これほどのすばらしい設備(難物の窯と幽霊屋敷)を高価な松マキというおまけまでつけて、知識も経験もない学生風情に大盤ぶるまいしてくれるのだろう?なるみさんとはいったい何者なのか?

 その謎はほどなく解けた。それは、毎日どこからともなく現れては、おいしい瓜の漬け物を差し入れてくれるおばちゃんによって明かされた。彼女がおだやかな笑みまじりにぽつりぽつりと語る話は、重いものだった。それは、次のようなものだ。

 彼女には、陶芸家の息子がいた。息子はその道でなんとか食べていけるようになり、一念発起してこの越前の地に設備一式(敷地、家屋、窯)を準備した。ところが、ある日突然、不慮の事故で天に召されてしまった。そのため、たった一度きりしか焚かれなかった彼の無量窯と、きたるべき焼成日に備えたマキの山が形見として残された。そして母は考える。志しなかばにくじかれた息子の夢・・・それは同様の志しを持つ者にゆだねるべきではないのか。そうすることによって、息子の夢は昇華されるのではないか。そこで彼女は、息子の陶芸仲間だったなるみさんを頼ったのだ。そんな経路をたどって、貴重な機会がオレたち学生に与えられたのだった。

 メンバーは神妙にその話に聞き入った。ぐっと胸にせまる。

「がんばってね」

 おばちゃんは漬け物の入った鉢を手渡す。しかし手渡されたものは、もちろん漬け物だけではない。願いを受け取ったオレたちの責任は重大だ。今回の焼成はなにがなんでも成功させなければならない。おばちゃんの朴訥とした物言いにかくされた想いに打たれ、身が引き締まった。

 そのときからみんなの目の色が変わった。自班の当番でないときは、ハンモックでうたた寝したり、山の上の長ーいすべり台で遊んだり、越前のせまい砂浜ではしゃぎまわったり、飲んだくれたり、笑いあったり、ののしりあったり、と相変わらずだらしなかったが、それでも二十四時間、窯のことを気にかけるようになっていた。

「今、何度?」

「中の様子、どう?」

「手伝おうか?」

 やがてだれもがひっきりなしに窯に足を運ぶようになった。パイロメーターの数字を見てはじりじりし、焚き口をのぞきこんではそわそわする。炉内温度の上昇にともなって、みんなの熱も上がっていく気がした。失敗の恐怖におびえながら、傑作の予感に心を浮き立たせた。いい作品を焼きあげようと、メンバーの意気込みは一丸となっていった。

 焼成初日が暮れ、二日目が明け、暮れ、折れ線グラフは順調な右肩上がりを刻んだ。ところが三日目、ある時点を境にぴたりと温度が上がらなくなった。まるで重石でふさがれたかのように、深刻な便秘におちいったのだ。どの班も工夫をし、マキの量を増やしたり、入れるタイミングに変化をつけたり、ダンパーを開けたり閉めたり、ドラフトをいじったり、熾きを効率的にさからせるためにかきまぜたり、ふいご代わりにロストルから空気を送ったり・・・試行錯誤してみるものの、一向に数字をゲインしてくれない。目標温度は寸前なのに、オレたちも作品も生殺し状態だ。

 そこで話し合い、いったんマキくべをストップしてみようということになった。中にたまった炭を燃やしつくし、燃焼室をクリアにするのだ。いちかばちかのギャンブルだ。しかし今や、これしか打つ手はない。ムチャを承知で作戦は決行された。

 いったんゴージャスな炎をつくって、閉じこめ、そのままピタリとマキの供給を止めた。温度はしばらく横ばいした後、急激に落ちはじめた。メンバーの間に緊張が走る。皮膚にはっきりと感覚できるほど、窯自体が冷めていく。作品に影響はないのだろうか?手を出したい気持ちをぐっと抑え、熾きが焼けるパチパチという音にじっと聞き入った。下がりつづける数字を見つめつつ、祈る。伸び上がるために縮こまっているのだ、と自分に言い聞かせた。

 長すぎる時間をうずうずしながら過ごした。ついに音がやみ、「ここぞ」というタイミングで動く。いったん空腹にさせた燃焼室に脂ののった栄養分を送りこむと、健康な炎は窯内のすみずみにまで血液を送りはじめた。生気のもどった無量窯が、みるみるうちに膨張していくように見える。灼熱を吐く焚き口から薄目に中をのぞきこむと、山吹色に透き通る炎の向こうに、作品の隊伍が表面をツヤツヤに輝かせていた。肌につもった自然釉が融けつつあるのだ。さらに大量のマキをくべ、攻め焚きで炉内を還元状態に追いこむ。閉じた空間の中で炎を極限まで巨大化させると、火先が、あのノッポすぎると思えたエントツの先から顔を出し、あぜんと見上げる人間たちを睥睨した。S字にうねる無量窯のどこまで炎を行き届かせられるか?という当初の心配は、杞憂に終わった。オレたちが苦心してつくった長い炎は、ふたつのヘアピンカーブが分かつ三層の棚と長大なエントツを踏破し、ついに焚き口と空とを結んだ。

 エントツの火先はそれから、ひとつの夜空とひとつの青空を焼いてから落ち着いた。ねらし(温度キープ)を終えて焚き口と煙道を閉じる。高温の窯内は密封され、完全な還元状態でいぶされる。あとは窯出しの日まで、神に祈るだけだ。やり遂げた。やんちゃ者に思えた無量窯を無事に御しきった。責任を全うした安堵感と、この窯によって悩まされ、成長させてもらった感謝の気持ちが去来した。

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