第22話・マキ窯
「同級生んちでマキ窯を焚くらしいんすけど、一緒にひやかしにいきませんか?」
ある日、デザイン科のアカギが唐突に切りだした。
「マジ?」
オレは目を輝かせた。願ってもない。週末に若葉邸の裏山で登り窯づくりを手伝ってはいるものの、その仕組みすらまだまだ完全には理解できていない。それ以前に、そもそも「窯焚き」というものを知っておかなければ話にならないではないか。図面どおりにただレンガを組み立てるだけでは、窯の構造がどんな作用を意図しているのか、それによってどんな焼きあがりが期待できるのかが皆目わからないからだ。なにより、ぶっちゃけ「窯焚きってどんな感じ?」ってのを全然知らないのが不安だった。窯に関する本は読んだ。太陽センセーの説明も理解しているつもりだ。しかしまだほとんど合点はいっていない。実感が乏しいのは、もちろん経験がないせいだ。その点、一度マキ窯を焚く作業を目の当たりにしておけば、窯づくりにおけるパーツひとつを組み立てるにも意味をもたせることができる。1000の想像にまさるひとつの経験。
「いきたい!」
オレはアカギに即答した。
学校には窯元の跡継ぎが何人かいて(ちなみにアカギも製陶所二代目社長の座を約束されたサラブレッドだ)、彼らは自分の家に窯を持っている。それらは主に電気窯やガス窯なのだが、なかには立派なマキ窯をかまえるうちもある。その窯焚きの現場へ強引に押しかけて、見学、できれば飛び入りで体験させてもらおうではないか、というのが今回の企てだ。
マキ窯を持つのは、デザイン科に籍を置くFさんというゴマ塩ヒゲのおっちゃんで、焼き物道百戦錬磨ふうのつわもの。自宅で陶芸教室も開いているらしい(彼は、絵付けを勉強するために訓練校にはいったのだ)。そのFさんちのマキ窯で近々、高校生の子息と仲間らが窯焚きをするというので、そこにまぎれこんでしまおうというわけだ。オレたちは勇んで爆改スカイラインを乗りつけた。
はなしのマキ窯は、平地につくられた完全地上式の単房窯だった。Fさんが自分で築いたらしい。家族用テントほどのカマボコ型の部屋に、入口(焚き口)と出口(エントツ)をつけただけのシンプルな構造だ。独立した燃焼室を設けていないため、窯内に積み上げた作品のすぐ手前でマキを燃やして、豪快に(乱暴に?)焼きあげる。心おどる原始的焼成装置だ。
オレたちが現地に到着したとき、窯詰め作業はすでにはじまっていた。窯詰めとは、窯の中に陶製の板と柱を使って棚を組み、作品をぎっしりと並べていく作業だ。高校生たちがカマボコ内に這いこみ、Tシャツをススだらけにして黙々と働いている。中をのぞきこむと、大小さまざまな器がハロゲン灯の薄明かりに照らされ、諦念の面持ちで刑の執行を待っていた。まだ入場できない作品は、窯口の外にずらりとひろげられている。それらは棚の高さや広さ、また炎の流れる方向、灰の降りかかる場所を考慮して選択され、窯の中に飲みこまれていく。
作業は淡々と、しかし慎重にすすめられた。さて、みんなが立ち働くその横をふと見ると、場ちがいな巨大おでん鍋と、真っ昼間からビール片手のFさんがいた。
「先はながいよ」
絶倫顔の彼はそう言って、菜箸でおでん鍋をかき回す。もうもうと湯気をたてるおでんのただならぬ量は、これから先一昼夜という焼成時間と作業の過酷さを雄弁に物語っているように思えた。
初夏の新緑が、アスファルトに濃い影を落としていた。みんな汗まみれで動きまわる。自分の作品が焼きあがる瞬間を思うと、生き生きと力がみなぎるのだろう。オレは飛び入り参加なので、焼くべき作品もなくタダ働きだ。しかし知識という土産を根こそぎ持ち帰るつもりでいた。
午後早くに窯詰めは終わり、みんなが出入りしていた大穴は30cm角ほどの焚き口を残してレンガで閉じられた。さらにレンガ目を泥で埋める。窯は、一枚岩のようにすき間なくぬり固められた。そのかたわらにたたずむ窯神様に供物をささげ、焼成成功をみんなで祈願する。火が入り、いよいよ窯焚きのはじまりだ。
最初は「あぶり焚き」だ。窯全体から湿気を抜きながら、じょじょにあたためていくのだ。詰められた作品と、しばらく使われなかった窯自体にも、相当な水分がふくまれている。それを乾かすと同時に、炎を室内にゆきわたらせるプロセスだ。最初は焚き口の外で軽薄なマキを燃やし、その手のひらにのるほどの火をじわじわと奥へ進めていく。するとやがて火先が窯内に引っぱられるようになる。これを「引き」とよぶ。炎はエントツの引きに導かれて中へ吸いこまれ、湿気は炎に押し出されてエントツへと逃げていき、水気をふくんだ重い引きは炎をさらに内部へ引っばりこみ・・・と、その相互作用で、焚き口から煙道へ向かう火道ができていく。と同時に、細くたよりない一方通行がだんだん奔流となる。
窯内の空気が乾いて温まってきたら、ようやく本格的な焼成の開始だ。ところがこの重要なタイミングに、あろうことか、のんき顔でおでん鍋をつつく者や、早くも寝床につく者までが出はじめた。まったくなんたる無気力、なんたる怠慢。今どきの高校生のなまけっぷりときたら、長屋の八っつぁんふうにいえば「だらしねえ、情けねえ、見ちゃらんねえ」という三段重の不届き千万だ。アカギにいたっては、夕焼けのベンチで可憐な女子と愛をささやき合い、背中からハートの虹を立たせている。やる気あんのか?
「まあまあ。先はながいからね」
おでん鍋をつつきながら、Fさんはまたもつぶやく。
ーそっかー
オレははたと気づいた。心の奥底で燃えさかる炎を抑えこみ、高校生たちはあえてじっと息をひそめ、窯焚き後半のハードワークに備えているのだ。彼らは自分のやるべき仕事を理解し、責任とプライドを持って事にのぞんでいる。そして自分たちが動かなければならない最も重要な時間帯を知っている。はねるために、今は強いてしゃがむ。高校生たちは、我々よりもずっと大人だった。
そして一方、我々コドモのような大人たちは、自分の体力もかえりみず、夜通し酒を飲んで無邪気に騒いでしまうのだった。
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