11・初陣

 どピーカンの空の下。乾ききったグラウンド上にあったのは、情け容赦のない現実だった。チームの誰もが思っていた。こんなはずでは・・・と。

 天駆けるステップも、ヤリのように突き刺さるはずのタックルも、まったく通用しない。魔法のように飛び交うはずだったパスも、味方の手に届かない。まるで悪夢だ。いや、ゆうべのうちに楽しい夢を見すぎたのだ。鍛えあげられたニュージーランド人のように、鍛えあげられていない日本人美大生は動くことができないのだ。そんなシンプルなことに今になって気づいたが、すこし遅かった。オレが地べたに這いつくばっている間に、遠くピッチの逆サイドでゲームは進んでいるらしき様子だったが、目がかすんで確認できない。恐ろしいスポーツに足を突っ込んでしまったものだ。がく然としつつ、それでも仲間のために立ち上がり、パズルのワンピースのつとめを果たすべく、走った。

 さかのぼること一時間前。吹きすさぶ砂じんの向こうに、紫紺のジャージーが現れた。京都芸大だ。オレは部室の壁一面に大書された「打倒キョーゲイ!」の文字を思いだしていた。今この目の前にいるのが、わがチーム最大のライバルというわけだ。なるほど、どれをとっても凶悪そうな顔つきだ。両校はにらみ合ったまま、無言でお互いのベンチに陣取った。

 いよいよ雌雄を決するときがきた。スパイクのひもを結ぶ手がかるくふるえる。射すくめられたわけではない。武者ぶるいだ。勇み立つ心が抑えられない。からだのどこからか、猛烈に力がわいてくる。侍が戦に向かうときの心境を知った。

 キャプテンを中心に頭を寄せ合う。肩を組み、両隣のチームメイトのからだをがっちりとホールドする。チーム外の誰も立ち入れない堅固な円陣がむすばれた。

 小林さんが語りかける。その言葉は静かだったが、オレたちの心を熱く鼓舞する。みんな涙目になりながら、闘志の炎をめらめらと燃え立たせた。最後に発せられた一喝に、チームは大地を揺るがす鬨の声で応え、勢いよくグラウンドに飛び出していった。

 この試合は、オレにとっては掛け値なしの初陣だ。成田にとっても、オータにとっても、他の新入部員にとっても同じだ。この一ヶ月、練習試合どころか、部員の少ないわがチームは紅白試合さえしてこなかったのだ。実際のガチンコプレイは、練習も含め、これが初めてという有り様だ。それでも昨晩テレビで観たオールブラックスの活躍に、オレたちは根拠のない自信をみなぎらせてグラウンドに立っていた。

 キックオフのボールが、初夏の真っ青な空に上がった。オレは内からこみ上げる闘志を惜しげなく発散しつつ、ボールに向かって飛び込んでいった。

 ・・・ところが、乾ききったグラウンド上にあったのは、情け容赦のない現実だった。チームの誰もが思っていた。こんなはずでは、と。

 紫紺のジャージーは敏捷で、重く、粘っこく、そして鍛え抜かれていた。こちらの弱点をいち早く見つけ、遠慮なしに突いてくる。あわててディフェンスでつくろおうとしても、すでに相手には二重三重のフォローがついている。ボールは厚い壁の中にしっかりと確保され、こちらからは手が届かない。密集で揉まれるうちに、気づくとボールは相手バックスラインをはるか遠くまで渡っていた。やつらの判断は的確で、躊躇もない。チーム全体が機能し、個人も手間を惜しまない。めまぐるしい攻撃バリエーションは、たちまちこちらの脆弱な網をほつれさせた。空いた穴をやすやすと抜け、トライが積み重ねられていく。

 強くて、かしこくて、しかも練られている。紫紺に対する底の浅い憎しみだけに突き動かされていたオレは、ライバルの本当の力を知り、打ちのめされる気分だった。本気でからだを鍛え、技を磨き、その上で信頼関係に結ばれたチームの、それは強さだった。

 ひるがえって、急造のわがチームの戦いっぷりはショッぱかった。スクラムは敵のプレッシャーの前にあっけなく押され、屋台骨を引っぱがされた。地面に倒れたオレのからだの上を、いくつもの敵の大木のような脚が通り過ぎていく。その高密度の質量をのせたスパイクのポイントは、薄い皮膚を踏み抜いて穴をうがった。ワンプレイワンプレイが、そんな敗北感に満ちている。

ー勝てるわけない・・・ー

 どんな局面にも、勝てる要素など見つからなかった。ただ、恥をかくまい、という気力だけがオレを走らせた。

 味方バックスにボールが回っても、トイ面からのタックルの連射に、マッタニやダンナはまるで朽ち樹のようにたわいなく倒された。それはこちらが背水の陣ですがった戦法のはずだったが、敵のタックルのほうが研ぎすまされていた。かたやこちらのタックルは、相手の驚くべき老練さにかく乱されて、深くヒットしない。打つ手なし。屈辱的だ。

 業を煮やしてブラインドサイドを突いたオータは、待ってましたとばかりに殺到する相手ディフェンスにもみくちゃにされ、たちまち身ぐるみをはがされた。ひとり敵陣に突っ込む成田の足は速すぎ、オレたちはあえぎながらその後を追った。しかしそのはるか先で、成田は援軍を待つ叫び声を断末魔に、敵の群れに吸収された。むざむざと眼前で彼らを見殺しにし、オレはただただ無力さを自覚するしかなかった。

 さらにキャプテン・小林さんがヒザの負傷で退場すると、オレたちはいよいよ迷子の兵隊となり、戦場を無目的にさまよい歩いた。

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