9・大会

 わが校には、決して負けることの許されない宿敵が三校存在した。中でも、紫紺のジャージーがどういうわけか目の敵のようにされている。ライバルの筆頭らしい。オレたち新参者には、その深い因縁は知る由もないのだが、とにかく先輩たちは徹底的に紫紺を敵視していた。

 タックル用のサンドバッグはいつも紫紺のジャージーを着させられていたし、それはチーム全員の炎のようなアタックにさらされて、いつもボロボロだった。オレも紫紺に向かって細い肩先を突き刺しているうちに、いつしか心の底に敵意のようなものが醸成されていった。これも洗脳教育の一環なのかもしれない。戦士はこうして、否応無しに闘気を身にまとっていくのだ。戦闘準備は整い、いよいよ対決が間近にせまっていた。

 四芸祭にのりこむ前日の練習後、各ポジションの発表が行われた。部員の中でレギュラーに選ばれた者だけが、キャプテンから栄光の試合用ジャージーを手渡される。

 太陽が落ちきった薄闇の中、円陣が組まれた。その中心にいる小林さんが、ゼッケン1番から順に名前を呼んでいく。

「1番・左プロップ、オレ」

 まずは小林さん自身。その場でユニフォームに袖を通す。使いこまれた、わが校の伝統あるラグビージャージーだ。岩のような筋肉が、真紅とグレーの横シマに包まれた。

ーウルトラマンカラー・・・ー

 オレの印象はそんなとこだった。しかしその背中に輝く「1」のゼッケンを見ると、なぜか胸の奥がじんと熱くなった。

 パラパラパラ・・・と拍手。つづいて、2番・フッカーの丸山さん(コロコロ丸メガネ氏)の名前が呼ばれる。3番・新保さん。そのあと、4番・左ロック、

「杉山」

 オレの名前だ。レギュラーを勝ち取ったのだ。こみ上げるものがあった。ひときわ大きく聞こえる拍手の中、小林さんからユニフォームを受け取った。

「がんばれよ、杉山」

 言葉がでてこない。深いものにひたりながら、無言でそれを着た。

 5番・三浦、7番・成田、11番・ダンナ松本、13番・マッタニ、14番・オータ・・・同期生たちも無事にレギュラーの座についた。当然だ。部員数がギリギリしかいないのだから。競合なしの無風選挙。ハズレなしクジ。部に入ってくれたひとにはもれなくプレゼント、なのだ。しかしたとえそうだとしても、オレは背中の「4」の番号に誇りを感じた。ここひと月間の練習量をかえりみれば、そのポジションは自分の手で獲得したもの、と胸を張りたかった。

 こうしてオレたちは、意気揚々と敵地にのりこんだ。

 5月に開催される一大行事「四芸祭」。この場に、東京芸大、京都芸大、愛知芸大、そして金沢美大という四つの公立芸術系大学が勢ぞろいする。開催地は四校の持ち回りで、オレが入部したその年の開催地は、愛知だった。開催校はゲスト校に、友好親善、情報交換、そしてガチンコ対決の場を提供する。キャンパスは盛大に飾りたてられ、お祭り騒ぎとなる。主催者はバスを連ねてやってくる他校を迎え入れ、校の威信にかけて各種催しものを企画した。しかし体育会にとっては、そうした愉快なイベントはまったく関係がない。グラウンド上での対決だけが目的なのだから。

 わがチームは、早朝に金沢を出発した。荒くれ者ぞろいのラグビー部員を押し詰めたバス内は、ほとんど狂乱状態だった。金沢西インターから高速に入る前に、すでに全員が前後不覚の泥酔状態といった有り様で、歌うわ、踊るわ、泣くわ、わめくわ、ケンカするわ、脱ぐわ、バスガイドに絡むわ、男同士キスしまくるわ、吐くわ、おしっこ漏れそうでバスを止めるわのファンダンゴ。高速で並走したバス同士で酒を渡し合い、一気飲みをし、窓から顔を出して叫び合う。泣きながら伝統の哀歌を歌う。ひとが宇宙へ行ったり来たりしている現代社会とは別世界の、昭和的バンカラ風景だ。

 不埒をとめる者などいない。全員が混沌にとけこみ、ひとつになっていく。目的地が近づくにつれて、体温は上昇しつづけた。戦士の心は燃えさかり、血潮は煮えたぎる。先輩たちは雄たけびをあげ、士気を鼓舞する。新入部員たちは呼応する。いつしかオレは野生化し、初対面で取り囲まれたあのケダモノ集団と完全に同化していた。さらにドーピング気味に、ひどく高価な栄養ドリンクと酒とを交互に飲み、着合い充填。いつでもやってやるぜ、という気持ちになっていた。

 ところが、熱狂ははかなすぎ、ドリンク剤の燃焼は早すぎた。愛知にたどり着いたラグビー部号からは、足腰の立たない者、意識を失った者、そしてご機嫌すぎる者どもが次々とかつぎ出され、バスの去ったわだちの脇には、死屍累々たる光景がひろがった。

 宿敵との対決は翌日に控えていた。大丈夫なのか?金沢美大ラグビー部、の感は否めなかった。

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