5・役割

 後に判明したのだが、この「フォワード」という役回りは、外れクジだった。

 ここで、なにも知らないひとのために少々行間を割いて、ラグビーというゲームの構造を説明させてもらう。

 野にボールが転がる。ラグビーの試合が開始されたのだ。転々とする楕円球を味方チームの誰かがひろう。ひろうと、そいつめがけて敵チームが攻めてくる。

 敵と味方の接触が起こる。「よこせ」「わたすもんか」という、ボールの争奪合戦がはじまる。ラグビーは、ボールのある場所なら取っ組み合ってもかまわない乱暴なスポーツなのだ。そのときにケンカを巻き起こすのが、「フォワード」とよばれる選手たちだ。フォワードは、ボールを奪うためにチームから選抜された力自慢の猛者たちなのだ。ボールを中心に人間のダンゴができ、ケンカ祭りがはじまる。ボールを奪った側は、密集の中で手渡しにボールを後ろへ後ろへと運び、確保する。このとき、相手のゲンコツに対するタテとなるのもフォワードの仕事だ。彼らはもみくちゃにされながら、自チームの手中におさまったボールを敵のジャマから守るのだ。

 確保されたボールを、密集からちょいと離れた後方で待ち受けるのは、「バックス」と呼ばれる俊足の精鋭集団だ。彼らはフォワードの背後で攻撃ラインをつくり、ウズウズしながら待機している。

 両者の間には、つなぎ役がいる。フォワードが死守したボールをバックスの手に渡すのは、「スクラムハーフ」というニュートラルなポジションにいるすばしこい小男だ。彼はフォワードとバックスとの間をちょろちょろと動き回り、両者を連動させる役割をになう。

 要約すれば、フォワードが確保したボールは、スクラムハーフの手に渡り、バックス陣へと供給される。つまり後ろへ後ろへと回されるわけだ。このあたりで、はて?と思うひとがいるだろう。

 ここでみなさんに重大な告白をしなければならない。実は、

「ラグビーというスポーツでは、ボールを前に投げることができない」

のである。まさか、と思うかもしれない。しかしラグビーとは、そんなバカバカしいスポーツなのだ。ボールを後ろに後ろに投げつつ、前に前に運ぶというもどかしい競技なのだ。オレも最初にそれを聞いたとき、腰が抜けそうになった。それではちっとも前に進めないではないか、と。しかしその焦れったさこそが、ラグビーの奥深さなのだ。

 このルールをふまえて前に進むには、方法が三つある。第一は、蹴ること。投げるのでなく、蹴り込むのであれば、ボールを前に運ぶことが許されている。ただし、この方法は戦術的に不安定で、どっちに転がるかわからない楕円球を使用しているということもあり、非常なギャンブル的要素を帯びてくる。ただただ敵方にボールを与え、攻撃権を手放してしまうという結果を覚悟しなければならない。そこで第二に、確実にボールを前に運ぶために、「突進」という進み方が発想される。大勢でダンゴ状にまとまって相手を蹴散らし、力まかせに前進すればいいのだ。ただしこれには、技術を越えた絶対的な質量と運動量が必要となる。相手も同じだけ人数がいるので、そうそう成功するものではない。そこで第三の、ボールをかかえて走ってすき間を抜けていく、という戦術に行き着くのだ。

 例えば、こんなシーンを思い浮かべてほしい。

 敵が自陣に向かって大きくボールを蹴り込んできた。キャッチしたのは「フルバック」という、チームバックス陣の最後方で待機するプレイヤーであったとする。彼の後ろには誰もいないので、ボールを投げるというチョイスがない。前方へと蹴り返してもいいが、不確定要素が多すぎる。そこで、彼は走りだす。味方をひとり追い抜き、ふたり追い抜きするうちに、彼は「パス」というカードを手に入れていく。逆に、彼の前方にいた味方プレイヤーたちは、彼の背後へと後退しなければならない。こうして彼がついに味方全員を抜きさったとき、その背後には長大な攻撃ラインができる。ついに敵との接触が起こる。その寸前に、彼は後方のラインにパスを出した。パスを受けた者はこの時点でフルスピードに達しているので、奮闘したフルバック氏を追い抜いて疾走する。距離は更新(ゲイン)される。また接触。後方へパス。追い抜く。接触。パス・・・バックスライン全体がフルスピードで連動し、少しずつボールは前に運ばれていく。ある地点でラインがつぶされ、パスが出せなくなると、今度はフォワード陣が殺到する。巨漢の密集による突進がはじまり、地域をじわじわとゲインしていく。確保したボールは、スクラムハーフの手からバックスに供給され、再び形成された攻撃ラインを渡っていく。

 こうしてチームの各部署を効率的に機能させながら、ボールを前方のゴールエリアに運ぶのがラグビーなのだ。焦れったくてびっくりした?オレはした。

 しかし複雑に見えるこのスポーツも、構造自体はシンプルだ。ルールはふたつきり。ボールを前に投げないで、ボールを前に運ぶ。それだけ。それにしても、こんなにもチーム全体が機能しなければボールを動かせないスポーツって、他にあるだろうか?全員が手となり、足となり、頭を使って連動しなければ、ボールは絶対に前へは運べないのだ。

 そして賢いひとは気づいてくれたと思うのだが、フォワードというポジションは実に、キツイ、キタナイ、キケン、という3K職場だった。話がちがう。エースストライカーでもなんでもない。これじゃただの縁の下の力持ち、トライゲッターのフォロー役、スポットライトから外れた薄闇で主役を引き立てる脇役のような役回りではないか。先輩部員たちが、人さらいまでして新人の勧誘に躍起になった意味が、ここにきてようやく理解できた。奴隷の確保が目的だったのだ。やつらは使い勝手のいい子羊たちを求めていたのだ。よほど人材が払底していたにちがいない。こんなやせっぽちノッポに、ケンカ祭りの神輿のかつぎ手じみたことをさせようというのだから。

 ところが、人間の適応能力というのはすごいものだ。荒くれ者たちのただ中に放り込まれた文化系やさ男(つまりオレ)は、学生時代4年間をグラウンドでもみくちゃにされるうちに、見る見る変貌を遂げていく。

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