chapter three: これが現実

サリーサリーサリー・・・・・・・・・


サリー


サリー


サリー


今夜は楽しかったよ。


ずっと会いに来てくれなくて寂しかったけれど

久しぶりにみた君はさらにいい女になったね。


またお店に来てくれる?


PS:つかつんは随分酔ってたけれど

   無事に連れ帰ってくれた?


         ――――――――――――――――――愛沙樹 翔也


スマホの専用アプリを開いて翔也のメールを読んだのは、かれこれもう3回目。

その度に頬が緩んでしまう。


ビルやマンションが建ち並ぶ都会の朝。

朝日の眩しい空を見上げて大きく息を吸い込む。

気持ちいい・・・・・・

透き通るような空を眺めて思い切り息を吐く。

清々しい気持ちになるのは本当に久しぶりだった。

始発電車を降りて駅を出た私の脚は軽かった。

逆にサラリーマンや学生が、カラダを重そうにして駅構内に吸い込まれていく。

朝のラッシュ。そんなものまるで関係ないかのように私は人を避けて歩いた。


“Angel's CRY”

あのお店で一晩中過ごした。他の客がいなくなっても私と司はずっとお店にいた。

司の財力のおかげ。

それに。何と言っても嬉しいことに、翔也がずっと私のそばにいてくれたのだ。

本当に司のおかげ。やはり持つべきものは、親友だ。

だけどその親友は、翔也の寄越したメールの内容通りかなり飲んでいた。

恋人と別れた司。元彼の名を口にして何度もバカヤローと叫んでいた。

どうやら、彼女のほうがフラれたようだった。

仕舞いには立てないほどに酔っ払ってしまって。

帰りは、司をタクシーに乗せて彼女の住むマンションまで付き添った。

小一時間かかったけれど、運賃は彼女が払ってくれた。

でもさすがに私の分までは悪いから、彼女を降ろすと私は最寄りの駅まで乗せて貰い小銭を払って降りたのだった。


静かな路地裏を歩く。

とうに一人になり、自宅アパートまで直線距離50メートルほど。

小腹を治める程度の食料が入ったコンビニ袋をぷらぷら揺らしながら、私は、まだスマホを眺めている。

翔也とは進展ありだった。

メールアプリの新しいアドレスや携帯番号を彼から聞いたのだった。

「スマホを落としてしまったから、サリーに連絡の取りようがなかったんだ」

「えー、そうだったんだ!」

「まじでごめん」

「ううん。お店に行けなかった私のほうこそ、ごめん。そっか、そうだよね何度も何度も翔也に連絡したけれど、繋がらなかった理由が分かったよ」

「ああ。これからは、俺たちずっと繋がっていような」


繋がっていような――――――・・・


俺たち、ずっと、ずっとずっと。


翔也からのメール何度も眺めては、昨夜の会話を頭の中で再生させる。


寄り添う私を肩で抱いてくれた翔也。


「俺とサリーは、ずっと、一緒だよ」耳元に何度もそう囁いてくれた。





午後5時に目が覚めた。

今日の講義は中学3年生向けのみ。高学年になるほど私は得意じゃないので担当する講義はない。専ら事務の仕事。テストの採点やら経理やら電話の応対やら。

事前準備は必要ない。なので出勤時間は遅くても良い。

おかげで早く出勤しなくてもいいからゆっくり寝られた。

そんな緩い待遇だから比例して給料は少ないという難点もある。


シャワーを浴びてパンを焼く。歯を磨いて薄い化粧をする。

ジーパンを履いてパーカーを羽織る。

出かける準備が完了した。

教師であった頃よりも私生活に張りはない。

安月給で、ずっと同じことの繰り返し。

都会から離れた場所で老夫婦の営む、一応、進学と名のついた個人塾。

出会いがない。将来が見えてこない。このままではいけないという思いはある。

でもなにかにつけて風評の立つ私の存在そのものが、私自身を怯えさせて表の舞台に立てず仕舞いでいた。

一般人だからこそ、ネットで全国に出回ってしまった個としての私を、社会はどういう目でみてるのか考えるだけでも恐ろしかった。

お店では、翔也に、そんな悩みを幾たびも聞かせた。

彼は嫌な顔一つせず、いつも真剣な眼差しで黙って聞いてくれて。

そしてその後、必ずこう口にしてくれた。


「大丈夫。俺がいる。俺がサリーを守ってあげる」

「いつかサリーを晒したヤツを特定して、せめて一発痛い目に遭わせてやりたい」

「傷ついたサリーの痛みなど、俺の一発だけではヤツには分からないだろうけど」

「サリーが悲しむのなら、俺は暴力的なことはしないよ。安心して」

「可哀想なサリー。1分1秒でも出来るだけ傍にいてやりたい」


そんな彼の言葉を思い出すだけで、シャンパンのグラスから絶え間なく溢れる黄金の液体のように、私の気持ちを繰り返し繰り返し和ませてくれる。

と同時に。

翔也に対する恋愛感情が、闇夜の裂けていく朝の真っ白な日の目ようにじわじわと広がり大きくなっていく。


だけど、お店に行けない、彼に会えない。


そんな悶々とした状態で日々を過ごすようになっていった。

翔也のお店には、司なしでは到底行けない。

彼は私の電話は端から出てくれなかった。忙しいから仕方のないことだ。

だけど、メールのやりとりも時間が経つにつれて徐々に減っていく。

心の隙間がぽっかり空いた空洞に変わっていく。

それにカード会社への支払期限はすぐ間近だった。

自力ではとても返せない額だ。

すでに頼り切った親や親類からお金の工面をしてもらうのは無理。

唯一の親友、司も無理。彼女のお金の貸し借りへの悪感情はよく知ってる。


なので、誰も、いない。


可能性がゼロ。


というわけじゃなかった。


勤め先の塾。

駄目元で経営者である老夫婦に給料の前借りを頼んでみた。

それが、条件付きだがあっさりと了承して貰えた。

資産持ちの老夫婦。子供が好きな理由で道楽同然に塾を経営してるのだ。

私は彼等に泣きすがり、一生懸命働きます、と宣言して、それからすぐにカード会社への返済を完了させたのだった。


(chapter four に続く)

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