第20話 魔法武器/Magical Weapon

「いだっ、いたたた、いたたたたた」

「男の子でしょ、このくらいでガタガタ言わないの」


 そう言って、ニーナは私の鱗をやっとこで挟み込む。鍛冶で焼けた鉄を掴むために使う、巨大なペンチというか、刃のないハサミと言うか、まあそんな感じの道具だ。


 そして私の胸の辺りに足をかけると、思いっきり体重をかけてぐいと引っ張った。


「痛っ! 痛い、痛いって! もっと優しくしてくれよ!」

「そんな大きな図体しておいて、情けないわね」


 自分で一枚、二枚引き抜くのであれば我慢できる痛みも、そんな恐ろしげな道具を振りかざして無理やり何枚も抜かれるとなると話は別だ。


「なあ、ニーナ、やっぱり自分で抜くから」

「駄目よ。素人が適当な処理をして、化膿でもしたら目も当てられないでしょ」


 彼女はそう言い張っては嬉々として私の鱗を抜きに掛かるのだが、私に言わせれば彼女だって鱗抜きのプロというわけではない。後で傷口だけ見てくれればいいと思うんだけど……痛っ。


「一応、試作品、出来ました……」


 自信なさげな声色で、蜥蜴人リザードマンの少女がひょこっと顔を出した。


「フィー。お疲れ様、ありがとう。出来栄えはどうだい?」


 彼女はかつて魔法学校に在籍していた蜥蜴人、シグの孫娘に当たる。一応立場としては蜥蜴人の王女に当たるはずなのだが、特に王位を継いだりする気はないらしく、ヒイロ村でもっぱら鍛冶に精を出していた。


 火や熱を恐れぬ鱗を持ち、四本の腕で軽々と重い鎚を振るう彼女たちは、一切の武器の使用を禁じていた過去を持っているとは思えないほど天性の才能を持った鍛冶屋である。


「それが、その、先生の鱗、は、すっごく硬くて……ほとんど、ロクな加工を……出来なかった、です」


 酷く恐縮しながらも、彼女はいくつかの武器を取り出してみせた。


「まず、これは、竜鱗の槍……です。穂先に研いだ鱗を使って、みました」


 フィーが最初に示したのは、二メートル半程の長さの柄の先に、深く刺さりすぎるのを防止するための突起と木の葉型の刃を持つ槍だ。柄には細かな強化の呪文が彫り込まれていて、シンプルな作りながら芸術品のような美しさがあった。


 私の鱗は、大きいものでも数十センチ程度しかない。その上金属と違って溶かして塊にするようなことも出来ないから、加工にはあまり向いていない。フィーは中くらいの大きさの鱗を鋭く削り出し、鋼の柄の先に取り付けて槍にしたらしい。あの硬い鱗をよくぞこんなにも綺麗に研いだものだ。


「次に、こちらは……細かく砕いて粉にした鱗を混ぜ込んだ、竜鱗鋼の剣……です」


 二番目に取り出されたのは、まるで炎のような鮮やかな赤い刀身を持つ長剣だった。鍔から刀身にかけては本物の炎のような装飾が施され、美しくも使い心地を損なわないよう配慮されているのがわかる。


 装飾の一部に紛れるようにして描かれた呪文は、炎の精霊の召喚式だ。丁寧に、刃だけを包み込むように指定がされている。私の鱗を混ぜた鋼であれば高熱で傷むこともなく、どんな硬い毛皮で覆われた魔獣であろうとも焼き切ってしまうだろう。


「そして、これが……えっと、試しに、作ってみたん……ですが」


 最後に出てきたのは、大型の鱗を何枚も張り合わせて作った長弓だった。明らかに、私の背より大きい。全長は二メートルほどもあるだろうか。


「魔獣は、爪も……本来より鋭く強くなっているとお聞きしました。であれば……遠くから、攻撃できた方が……良いんじゃないかと」


 それは、確かにそうだった。人間の側も防具をつければ耐えられるかもしれないが、まさか狩りで竜鱗鋼の全身鎧を着ていくわけにもいかない。せいぜい、鎧熊の毛皮を加工した革鎧くらいのものだろう。


 となれば今までのように、多少の被弾は覚悟の上で戦うというわけにはいかない。

 ヒイロ村では敬遠されていた弓だけど、それは強化魔法を乗せにくいからだ。

 小さな矢尻には、あまり強い魔法を込められない。ものに込められる魔力の量というのは、その大きさに比例するからだ。


 その上剣や槍と違って、一発撃つ度に新しく魔法をかけなければいけない。それよりは、魔力を込めやすく、いざとなれば接近戦でも使え、回収も容易な投槍の方が好まれていた。


 けれどそれは竜の鱗で作ったところであまり変わりがない気がする。


「引いてみていいかい?」


 こくこくと頷くフィーに手渡され、私は人間の姿に変じて竜鱗弓を手に取る。


「弦は、鎧熊の毛を撚り合わせて作りました。魔力も、その、浸透してるので、ちょっとやそっとでは切れません」


 道理で茶色をしていると思った。私は弓を構えて弦に指をかけ、ゆっくりと引き絞り――


 引き絞れなかった。


「何だこれ!?」


 それどころか、ピクリとも動かない。


「あの、えっと」


 何かやり方を間違っているのだろうか。弓を裏返したり持ち直したりして確認する私に、フィーは困ったような表情で声をかけた。


「普通の力では、引けません。強化魔法をかけないと無理だと思います」

「……そういうことか」


 私は得心し、再び弓を構えながら、小さく呟く。


「私は、強い」


 強化魔法は調節が大変だ。下手にかけると自分の体の出力が強くなりすぎて、まともに行動することもできなくなってしまう。

 それをうまく制御する方法は二つ。


 一つは、強化したときの自分の強さに慣れること。

 そしてもう一つは、高い負荷をかけることだ。


 筋力を強化した私は、ゆっくりと弓を引き絞る。すると、今度はあっさりと引くことが出来た。


「そんなに簡単に……凄いです!」


 それを見て、フィーが目を丸くして拍手してくれる。それに気を良くした私は、十分に引き絞ったところで矢を放つように手を離した。


「あっ」


 フィーが小さく声を上げるよりも早く、パン、と音がして弓が爆ぜる。と同時に、腕に激痛が走った。


「いったあああああぁぁぁぁぁぁっ!?」


 私は思わず弓を取り落とし、腕を抱えるようにして地面に転がった。


「見せなさい!」


 ニーナが血相を変えて私に駆け寄り、コートの袖を捲り上げる。


「……よかった、大した怪我はないわね。一週間くらいは痕が残るでしょうけど……竜鱗のコート着ててよかったわね」


 ホッとした声色で彼女は言うが、全然良くない。ものすごい痛みに、私は声さえ出せなかった。


「ご、ごめんなさい、ごめんなさい! 弓篭手を作るのを忘れてました……!」

「いいのよ、今のはこいつが馬鹿だっただけだから」


 半泣きになりながら頭を下げるフィーの言葉を聞いて、私はようやく何が起こったのかを察した。私が離した弓の弦が、腕の内側に思い切り当たったのだ。以前、他の弓で試した時はなんともなかったけれど、それはコートが守っててくれたのだろう。


 逆に言えば、この竜鱗弓はコートの防護を抜くほどの攻撃力を持っているということでもある。


「多分これ、コート着てなかったら腕くらい落ちてたわね」


 ニーナがぽつりと漏らした呟きに、私はぞっとした。


「え、えっと、これに、先生の鱗を矢尻にした矢を組み合わせれば……武器への強化魔法は、なくても魔獣に有効だと、思います……あれば、もっと良いですけど」


 なるほど。自身に強化魔法をかけて近接戦闘を行うなんて言う曲芸じみた戦い方は剣部にしか出来ないけど、弓を引くだけなら鈍い私にすら出来る。普通の弓ならそんな使い方をしたらへし折れてしまうだろうけど、このとびっきりの剛弓であればそれが可能だ。その上に更に矢自体に強化魔法をかけたなら、魔獣どころか竜さえ狩れてしまうかもしれない。


「うん。どの武器も素晴らしい出来だね。これなら、十分に役に立つと思う」


 私がそういうと、フィーはぱっと表情を輝かせ、地面に転がる弓を拾い上げた。


「で、では……こちらは記念に先生に進呈致し、ます」

「いや、それは、その……」


 要らないかな。そう言いそうになる私の脇腹を、ニーナが肘でぐいと突く。


「私よりも相応しい使い手が、きっとどこかにいるはずだ。その弓を取るに値する勇者に与えてあげてほしい」

「……! わかり、ました!」


 フィーはきりりと表情を引き締めて、弓を四本の腕で高く掲げ持つ。


 私があんな弓を使ったら、腕が何本あっても足りないだろうからな。

 そんな感想は胸の奥にしまいこんで、私は深く頷いて見せた。

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