第3話 雷竜/Thunder Dragon

「緊急連絡! 竜がヒイロ村に迫っている! 方角は南南東、五時の方角! アラ、剣部たちと村の人たちの避難を! リン、ユウカ、悪いが手伝ってくれ!」


 私は急ぎ、鱗を通じた通信魔法で指示を飛ばした。村の有力者たちに配っている私の鱗、そのどれか一つを選んで声を伝えることは出来なかったが、こういう時の連絡にはかえって便利だ。


『あんた、どうする気?』


 そんな中、ニーナの冷静な声が私の脳裏に響いた。


「まずは、対話を試みる。話にならないようなら……倒す」


 まだどんな竜が、どういうつもりでやってきたのかもわからない。対話と戦闘。そのどちらも覚悟して置かなければならないだろう。


『……わかった。なら私も』

「ニーナは、クリュセを見ていてくれ」


 そう言い出すだろうと思って、私は用意しておいた答えを返した。

 クリュセがいればニーナは無茶をしない。その逆もまた然りだ。


『……覚えてなさいよ』


 苦々しげなニーナの言葉とともに、彼女との通信は途切れた。後でだいぶお叱りを覚悟しなければならないだろう。けれどそれも、無事に生きて帰れればだ。


「じゃあ行ってくる。イニスもちゃんと避難してくれよ」

「言われなくてもするけどさ……ま、気をつけてね」


 心配してるのかしてないのか、いまいちわからないいつもの調子のイニスに手を振り、私は飛行の魔術を使って窓から飛び出した。


「お兄ちゃん!」

「せんせー!」


 南へと向かう途中で、ユウカとリンの二人と合流する。できればこの二人も危険な目にはあわせたくない。だが、もし私一人で勝てそうにない相手だった場合、竜を相手に通用しそうなのはこの二人だ。であれば最初から三人で行くのが一番安全だろう、と私は判断した。


「悪いが、力を貸してくれ」

「うん。ぼく、一回竜と戦ってみたかったんだ」


 私が頭を下げると、ユウカは石剣を担ぎながら頼もしくも物騒なことを言い放った。



 * * *



 それは太陽の光に照らされて、金属めいた質感の青い鱗を煌めかせた竜だった。

 雷竜。

 五種類いる竜のうち、二番目に強いとされる種類のドラゴン。


 その姿は鱗の一枚一枚に至るまで力に満ちていて、全身に帯びた雷気がパチパチと爆ぜる音を立てる。いかにもドラゴン然とした火竜に比べて、雷竜はどこか狼のような獣を思わせる風貌をしていた。


 全長は十五メートル程度と言ったところだろうか。鋭い爪の生えた、太くガッシリとした前足。前方に突き出した二本一対の角。ずらりと牙の並んだ大きな顎の上に、いかにも凶悪そうな顔が乗っていた。


 飛行の魔術で宙を舞い、行く手を防ぐように立ちはだかった私を見咎めて、雷竜は空の上で翼を止めた。


『なんだ……てめェは……』


 私を睨めつけ、低い声で唸るように言う。それは母の使っていた竜語と同じ言葉で、私は少し安心した。これで少なくとも会話はできる。


『人間じゃァ……ねぇな。まさかてめェ、そのナリで竜なのか?』


 嘲笑うように……しかし笑い声は出さずに、雷竜は問う。


『そうだ。私はこの地を守る火竜。一体何の用だ?』


 人の姿のまま竜語を喋るのは、少しばかりコツがいる。考えてみれば初めての経験だったが、意外とすんなり発声できた。


『決まってんだろ。てめェの縄張りを……奪いに来た』


 雷竜はドスの利いた声でそう宣言する。しかし私はその、当たり前といえば当たり前の回答に、内心首を傾げた。


 いや、その答えだけじゃない。なんだか他にも色々と違和感がある。


『じゃあ、なんで』


 ぐるりと私を取り巻くようにして、長い身体を持った生き物が声を上げた。

 それは、龍に変化したリンの姿だ。

 彼女の使う変身魔法は、ただ姿形を変えるだけのものじゃなく、その能力までをも身につけるものだ。龍に変身できる彼女は、竜語も解することが出来た。


『さっさと攻撃しないで、おしゃべりなんかしてるの?』


 そして一発で、私の違和感の正体を言い当てて見せた。


 次の瞬間、二頭のドラゴンは口を開けてブレスを吐き出す。雷竜の稲妻のブレスと、リンの霧のブレスだ。それは私達の間で激突すると、バチバチと激しい音を立てて互いに消え去った。


 リンの霧のブレスは弱そうに見えて、実のところは非常に厄介だ。濃密な霧は炎も氷も稲妻も吸い込んで消してしまうし、中に入れば何も見えなくなってしまう。


魔法の弾丸×100Magic Missile by Hundred!」


 その隙に私は背負った長杖を引き抜くと、雷竜に向かって魔術を解き放つ。百の光弾はバラバラの軌道を描きながら雷竜の翼に突き刺さり、その被膜を一瞬にして穴だらけにした。


 竜が空を飛ぶのに使っているのは翼だけの力ではないとは言え、それをボロボロにされれば激痛も相まって空中に留まっていることなどできない。雷竜は悲鳴を上げながら落下し、地面に激突した。


『ぐ、ぅ……!』


 よろめきつつも立ち上がろうとする雷竜に、小さな影が素早く駆け寄る。竜の巨体に比べれば豆粒のような大きさのユウカに、しかし雷竜は脅威を感じたのか、反射的にその鋭い爪のついた腕を振るう。


 そして、次の瞬間。スッパリと切断された己の爪を見て、雷竜は目を丸くした。


 更に振るわれる石剣を、雷竜は素早く後ろに飛び退ってかわす。同時にその角がバリバリと音を鳴らしながら放電して、稲妻がユウカに向かって放たれた。


「よっ、と」


 ユウカはそれをこともなげに、石剣で切り裂く。雷を、石の剣で切った……そうとしか言いようがない現象が、私の眼の前で起こっていた。


「えーいっ!」


 次の瞬間には雷竜の角は二本とも半ばから切り落とされて、ユウカは剣を持たない左の腕で雷竜の顎を殴りつける。数メートルはあろう巨大な頭は、しかしユウカの小さな拳に跳ね上げられた。よろめく雷竜の鼻面に、跳躍したユウカの踵が振り下ろされる。


「ねえ、お兄ちゃん」


 ユウカは石剣を雷竜の首筋に押し当てながら、困惑を滲ませた声色で、言った。


「……この竜、滅茶苦茶弱いんだけど」



 * * *



『俺は、弱くなんかねェッ!』


 私達に叩きのめされた雷竜は、抵抗する様子をなくしながらもそう言い張った。


『そうは言うけどなあ……』


 私達は思わず顔を見合わせる。彼に感じていた違和感……それは、母と対峙している時に感じるプレッシャーのようなものを、この雷竜からは全く感じないということだった。


 最初は火竜に比べて小柄なせいかと思っていたが、母とあったことのないユウカからしても、全然強そうには思えなかったらしい。よく考えてみれば私も竜の姿に戻ろうとは思わず、人間の姿のままで相対していた。


『あんたらみてェな化け物と比べられてたまるかッ! これでも強い方なんだよ、雷竜の中じゃ!』

『……化け物?』


 私は思わず、リンと顔を見合わせる。


『あんた、本当に、本物の火竜なんだろ? それも……相当、長く生きてる』

『そうだけど、そんなに長生きはしてないよ。まだ千……いや、竜の暦で数えるなら十一歳ってところだし』


 季節が九十八回巡るのを一年と呼ぶ。母は確かそう言っていた。そう考えると私はまだまだ子供といっていい年齢だ。


『出ェたよ火竜年……言っとくがそんな数え方すんのあんたらだけだからな!? 普通は、季節一巡りで一年。火竜以外で千年以上も生きたら立派な老竜だ!』


 雷竜の言葉に、私はショックを受ける。ろ、老竜……

 正直、まだまだ私は若いつもりだった。いや、事実として、ニーナを除いて私がこの村で最年長だということはわかっていたんだけど、なにせ竜の体は加齢で衰えたりしない。老いたという自覚はあまりにも希薄だった。


『火竜以外の竜はそんなに寿命が短いのか……?』


 私がポツリと言うと、雷竜は正気か、とでも言いたげに顔を歪めた。竜の割に結構表情が豊かだ。


『本気で言ってんのか、それ?』

『どういう意味?』


 問えば、雷竜は答えるべきかどうか迷うような仕草を見せたあと、口を開いた。


『竜の……少なくとも火竜以外の竜の多くは、五百年も生きられない。他の竜に殺されるからだ。大抵は、火竜に』


 自分が今からそうなるように――多分、彼はそう言いたいのだろう。


『でもそっちがやって来なきゃ、あたしたちだってやっつけたりしなかったよ』


 何となく気まずい空気を察してか、リンが少し言い訳っぽく答えた。


『俺だって来たくて来たわけじゃない。元々の住処を追い出されたんだ。新しくやってきた火竜にな』

『火竜に……?』


 ……雷竜の話になにか引っかかるものを感じて、私は問い返す。


『その火竜って……名前とかわかったりする? もしくは、大きさがどのくらいかとか……』

『名前はわからん。だが……』


 少し考えて、雷竜は答える。


『その雌の火竜は、鼻歌を歌いながら俺の山にやってきた』


 なんだか物凄く、心当たりのある話だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る