竜歴677年

第20話 故郷/Native Place

「いかがでしょう、先生」

「おおおおおおお……」


 近所の農家、ノゾムが持ってきてくれた袋の中身に、私は声を上げた。


「ありがとう、完璧だよ、ノゾム!」

「それはようございました」


 その白く美しい輝きに思わず彼女の手を握りしめると、ノゾムはほっとした様子でそう答える。


「待ってて、えーと、何文になるかな」

「いえいえ、先生からお金なんて頂けませんよ!」


 部屋の中に取って返して財布という名の金入れ巾着を引っ張り出してくると、ノゾムは案の定慌てた様子でそんなことを言う。


「そんなわけにはいかないよ。これを作るのは大変だっただろ?」

「ええと……それでは、一文だけ」


 戸惑いながら控えめに言う彼女の手に、私は十文銅貨を握らせた。


「そんな、こんなには頂けませんって! 袋一枚分しかないんですよ!?」

「いいんだよ。これを作るのは大変だっただろ?」


 一文はもともと、小麦の引換券だ。だから袋一枚分の小麦が一文であり、それを引いて小麦粉にした分、それをさらにパンにした分が一文、というのが価値基準となっていた。


 そこには手数料が一切含まれていなかったので、今では十文分の小麦を粉にして十一文とか、それなりにレートが出来てきているようだけど。


 私がノゾムから貰ったのは小麦ではないけれど、一袋なのだから一文で良いと言っているのだろう。けれど、全く新しい植物を一から育て収穫した苦労は十文でも安いくらいだ。


「ニーナ、ちょっと出かけてくるね」


 恐縮するノゾムに半ば無理やり十文銅貨を渡した後、身支度を整える。ベッドに転がったままの少女に声をかけると、無言のまま手だけが振られた。


「先生、おはようございます!」

「あ、先生、おはようー」

「おはようカイリ、おはようマソラ」


 石畳で舗装された道を歩いていると、村人たちが代わる代わる挨拶してくれる。

 それに応えながら、私は町並みをなんとはなしに見回した。

 この辺りもだいぶレンガ住宅が増えてきたなあ。


 何と言ってもレンガは耐久性が高い。木造建築とは段違いだ。それに補修も比較的容易い。

 じゃあ何故日本では殆ど見かけなかったんだろうと疑問だったが、それもルフルの研究のお陰でわかった。レンガ造りの建物は、地震に非常に弱いのだ。柔軟性が低いから、根本から揺らされるとあっという間に崩れてしまう。


 幸いにしてヒイロ村は安定した地盤の上にあるのか、それともこの世界ではそもそも起きないものなのか、この数百年で建物が倒壊してしまうような大きな地震は一度も起こっていない。レンガ造りの家はここの風土にあっているようだ。


「ヌメラ、いるかい?」

「はいはい、ただいま。あら、先生」


 私はそんなレンガ造りの建物のうちの一つ、酒屋のヌメラの元を訪れた。


 酒屋というのは、あるいはこの村で最古の職業かもしれない。何せ下手をすると、私の「教師」よりも古いのだ。


 というのも、酒造りは私が教えたものではなく、ダルガの村で行われていたものが連綿と受け継がれているものだからだ。もともとはエルフたちから教わったものなのだそうだ。職業だとか分業だとかいう概念が出来上がるはるか以前から、彼らは酒造りを専門としてきた。


「例のものできてる?」

「ちょっと待って下さいね……これで良いかどうか、わかりませんが」


 ヌメラの差し出してくれた液体。独特の匂いを持つそれを指につけてぺろりと舐める。


「……うん! 素晴らしいよ、流石ヌメラだ!」


 先ほどと似たようなやり取りを交わしてヌメラに十文を渡し、私は次の目的地へと向かう。途中村の中心地を通りがかると、広場には賑やかな声が溢れていた。


 道には荷車を引いて物資を運ぶ人たちが行き合い、出店のようなものが並んで盛んに取引が行われている。そうしてやりとりを交わす人々の中には四足種ケンタウロスたちや蜥蜴人リザードマン、エルフなんかもそこかしこに混じっていて、活気に満ち満ちていた。


 うーん、やはり荷車をずっと引くのは大変そうだなあ。

 この世界には、馬に相当する生き物がいない。半人半馬ヒッポケンタウロスならいるのだけれど、流石に彼らを家畜のように扱うことも出来ない。


 一応家畜化に成功した大角鹿や六脚山羊なんかで馬車ならぬ鹿車を作れないか試したこともあるのだけれど、気性が荒すぎて全くコントロール不可能だった。基本的に彼らは群れないので、他の生き物の意向に従うというような習性がないのだ。


 車輪に文字を彫って魔動機化し、自動車を作ってもみたのだが、こちらも失敗だった。

 一応、動くことは動く。けれど燃費があまりに悪すぎる。人が乗れる程度の大きさと重さを持った車を作ると、普通の大きさの車輪では十メートルも持たずに再起動が必要になる。


 そして並の魔力では、せいぜい一キロも絶たないうちに精根尽き果てる程に消耗してしまうのだった。私やニーナならもっと持つだろうけれど、飛んでいった方が早いし。


 どうしたものかな、と悩みつつも私が辿り着いたのは、牧場のある区画だった。


 最初は鹿と山羊、兎くらいしか飼育していなかった牧場だけど、今では種類も数も随分と増えた。


 木の根元で群れている羊のような生き物は、木綿羊バロメッツだ。中世で信じられていた伝説上の生物、バロメッツに似ているのでそう名付けた。


 木からは蔦のようなものが伸びていて、それは木綿羊の尾につながっている。どう見ても動物のように見えるが、あれで植物の一種らしい。


 食草植物、とでも呼べば良いのだろうか。周りの草花を食べて栄養にしながら、土の養分を独り占めにするという生態の生き物で、やってることはエグいが性質は比較的おとなしい。何より羊部分の毛が良質な綿糸になる。


 その他にも肉は食用になり、皮は加工して様々な製品になる大鎧鼠や、ふわふわと空中を漂う空水母ソラクラゲなど、様々な生き物が飼育されている。


 今日の私の目当ては、その中でも最奥にあった。


「やあ、こんにちはカラコ。悪いんだけど卵を分けてもらえないかな」

「あら先生、いらっしゃい。勿論いいですよ。いくつご入用ですか?」


 辿り着いたのは、二羽鶏ニワトリの畜舎だ。私はちょうどそこで餌の準備をしていたカラコに声をかけた。


「そうだな、二つ……いや、三つお願いできるかい?」

「はあい」


 カラコは機嫌よく返事をし、畜舎の中へと入っていく。二羽鶏はその名の通り、二対四枚の翼を持つ小さな鳥だ。ニワトリと名前をつけはしたものの、地球の鶏にはあまり似ていない。ただ毎朝卵を産み、それを食用にできる点は同じだった。


 カラコが畜舎に入るやいなや、放し飼いにされている二羽鶏たちは彼女に一斉に襲いかかった。この世界の動物の例に漏れず、二羽鶏も気性は非常に荒い。その上、その二対の羽も伊達ではなく、飛ぶのも非常に巧みだ。飛翔し、急降下したと思えば目の前でピタリとホバリングして蹴爪の攻撃が襲い掛かってくる。


 しかしカラコはそのことごとくをひょいひょいと避けながら、気軽な動作で卵を拾い集め畜舎を後にする。ううむ、何度見ても見事な職人芸。背中にも目がついているとしか思えない身のこなしだ。


「さあ、先生、どうぞ。では私は世話がありますので」


 カラコは私に卵を三つ手渡すと、素早く身を翻し、エサ箱を持って畜舎の中へと入ってしまう。……やられた! 料金を払っていない。

 手に割れやすい卵を持っていては、追うことも出来ない。どんくさい私ではすぐさませっかくの卵を割られてしまうだろう。


 この借りはきっと返してやる……! そう誓いつつ、私は校舎へと戻った。


 揃えた食材を並べ、早速調理に取り掛かる。まず取り出したのはヒヒイロカネの鍋だ。


 あれから金属は何種類も見つかって、調理器具の類はもっとも取れやすい鉄で作ることが一般的になってきている。新しく見つけた金属は性質や見た目から、勝手に鉄とか銅とか銀とか呼んではいるが、多分地球のそれと同じものではないだろう。

 銀が鉄より硬くて軽いのはおかしいということくらいは、私にだってわかる。


 ヒヒイロカネは思っていたよりもずっと希少な金属で、最近はあまり取れなくなってしまった。シグが作ってくれた総ヒヒイロカネ製の剣は今でも剣部の家宝だ。

 そんなもので鍋を作るというのは非常に贅沢な話なんだが、熱の通りはいいし焦げ付かないしで非常に便利なのだ。


 ノゾムに貰ったものをそれでくつくつと炊いていると、むくりとニーナが起き上がった。


「……何、それ」

「朝ご飯だよ」


 ニーナはそういうことを聞いたわけではないとわかっているが、私はわざと勿体ぶってそう答える。


 やがてふっくらと炊き上がった白く輝くそれを器に盛って、カラコにもらった卵を割り入れ、ヌメラから貰った液体を回しかければ、その料理とも呼べない料理は完成した。


「なにそれ」

「私の故郷の郷土料理。卵かけご飯だよ」


 これを郷土料理と呼んで良いのかどうかはともかくとして、私はそう言いはった。

 ニーナの分も作ってあげると、彼女はそれをしげしげと眺める。


 彼女には木さじを用意してあげて、私はこの日のために密かに作っておいた箸を取り出し、そして口に入れた。


 ――うん。


 ノゾムが作ってくれた米は、私の知るそれとは少し違う。全体的に長細く、パサパサとした食感で、精米も完璧ではないからほんのりと黄色みを帯びている。


 ヌメラが作ってくれた醤油は、大豆から作ったものではなく、魚を発酵させて作ったいわゆる魚醤だ。独特の風味があり、塩辛さがかなり強い。


 けれどそれは、確かに故郷の味だった。

 はるか遠く、もはやそこで生きた何倍もこちらの世界で生きてきたし、帰りたいとも思わないけれど……

 それでもやはり、私の故郷は日本なのだ。


「ふうん。なかなか悪くないじゃない」


 隣で卵かけご飯をぺろりと平らげて、ニーナがそんなことを言う。


「結構見た目のいい食べ物でもないのに、躊躇なくいったね」

「学んだのよ。あんたが食べたがる変なものは、大体美味しいって」


 変なものって。彼女の言い方に苦笑しつつも、気に入ってくれたのはなかなか嬉しいことだった。


「気に入ったんならもう一杯食べる? 卵は三つ貰ってきたし、お米も……あれ?」


 ふと視線を向けると、さっきまであったはずの卵がない。


「ふむ……なるほど、確かになかなか悪くない」


 代わりに、スプーンでもぐもぐと卵かけご飯を頬張るエルフの姿があった。


「……いつの間に入ってきてたんだい、群青」

「ほまえらは、みふめあっへいはいはひへるほひは」


 何言ってるのか全然わからない。飲み込んでからにしてくれ。


「すみません、止めたのですが」


 懐かしい顔は一人ではなかった。入り口の方から控えめに中を覗いながら、もうひとりのエルフが頭を下げる。


「お久しぶりです、紫さん。どうぞ入ってきてください」

「何しに来たの」


 その用件を薄々察しているのだろう。

 険のある言い方で、ニーナが問う。


「まあまあ。どうぞ」

「ご無沙汰しております、先生、ニーナ様。今日は……守護の司として、長老からの言葉をお伝えに参りました」


 紫さんは私が引いた椅子に座ることなく、床に膝をつき、ピシリと背筋を正して丁寧な口調で言った。その表情から、伝える言葉が彼女の本意でないことが知れる。


「……我らエルフは、今後ヒイロ村との交流を一切断ずる、と」


 ――それは、予想していた通りの内容だった。

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