第17話 先駆者/Senior

「王はこちらでお待ちです。……粗相のないように」

「はい、案内ありがとう」


 槍を構え釘を刺してくる兵士に礼を述べると、巨大な両扉が開いていく。

 質実ながら荘厳な石造りの謁見の間。その美しさに、私は思わず息を呑んだ。


 床には高貴さを示す赤い絨毯が敷かれ、槍を掲げた兵士が左右にずらりと居並ぶ。


 そして最奥の玉座に、王が腰掛けていた。


 巨大な玉座に対してその体躯は、意外なほどに小さい。しかしよく鍛え上げられ、力に満ち満ちている事が素人目にもわかった。彼は威厳に満ちたいかめしい顔つきで、私たちを見下ろす。


「お目通りをお許し頂き、誠に光栄です、閣下」

「……お前たち、下がれ」


 跪き礼を述べると、兵士たちは短く返事をして規律正しく謁見の間を出ていく。

 実に見事な統制だ。


「して……此度は一体何用で参った」

「は。それを説明致します前に、一つよろしいでしょうか」

「うむ。許す」


 鷹揚に頷く王に、私は立ち上がり、首をぐるりと回す。


「……この喋り方すごい肩が凝るし慣れないから、やめていいかな?」

「私はだいぶ慣れたがな。……とは言え」


 王はそんな私の不遜な態度を咎めることもなく答え。


「リンもそろそろ限界みたいだし、そうしようか、先生」


 記憶にあるのと変わらない表情で、蜥蜴人リザードマンの王――シグは、笑った。



 * * *



「だって、シグがすっごく変な言葉遣いしてるし、なのに笑っちゃいけない雰囲気だし、すっごい我慢してたんだよ!? あたし頑張ったと思う! 子供の頃だったら絶対指差して笑ってたと思うもん」

「そうだね、お前はそういう奴だったよ。まあお互い成長したってことかな」


 場所を謁見の間から客間に移して、まくし立てるリンにシグは呆れながらも嬉しそうにそう言った。そんな間にシグの奥さん、ホノオさんがお茶を淹れてくれた。相変わらずよく出来た奥さんだなあ……ん、このお茶めっちゃ美味しい。ほのかな甘味と絶妙な苦味がなんとも言えず……後で作り方教えてもらおう。


「しかし前に会ったのは、ユウキが亡くなった時だから……もう殆ど百年ぶりになるのか」

「ここは流石にちょっと遠いからね。ルカや紫さんとはちょくちょく会ってるけど、二人とも元気だよ」


 感慨深げに呟くシグ。

 その百年で、蜥蜴人リザードマンたちの暮らしも随分と変わったものだ。

 山肌の洞窟に住んでいた彼らは石造りの住居を構え、武器を扱い、厳密な階級制度を作り上げた。そしてそれらの知識を彼らに教え、多数の部族を纏めて王となったのが、シグだ。


「ユウキ?」


 己によく似た名前に反応して、ユウカがぴょこんと顔を出した。


「うわっ! ユウキ!? なんでいるんだ!?」


 小さな子どもの存在に気づいていなかったのか、彼女の顔を見てシグは本気で驚く。

 ……まあ、驚くよなあ、やっぱり。


「ちがうよ、ぼくはユウキじゃなくて、ユウカだよ」


 ユウカは特に気を悪くした様子もなく、首を振る。

 紫さんにもルカにも同じことを言われたし、もう慣れっこなんだろう。


「ユ……ユウカ?」

「うん。アマタの……ええと、孫の、孫の、子供……かな?」


 アマタの子供のアサタの子供のアサカの子供のアタカの子供のユタカの子供だから……うん、合ってるはずだ。


「……人間って本当に代替わりが早いな。しかし、驚いた。会ったばっかりの頃のユウキにそっくりじゃないか」

「そうかなー。そんなに似てるかなあ?」

「にてないよねー?」


 膝に座ったユウカを抱きかかえ、リンは「ねー」と頷きあう。

 けどそういうのは彼女だけで、ユウキを知る者なら否応なく意識せずにはいられないほど、ユウカはユウキの幼いころにそっくりだった。ショートカットの髪をもうちょっと伸ばして二つ結びにしたら、長い耳以外は瓜二つだろう。


 まあ遠縁とは言え血の繋がりはあるんだから、似ててもそんなに不思議はないんだけど。未だにダルガそっくりの大男とかも剣部の中にはたまに生まれるしな。


「なに? わざわざぼ……私を驚かせに来たの?」

「いや、ユウカは単に面白がってついてきただけだよ。本題は、リンの方だ」

「え、あたし?」


 私の言葉に、リンは不思議そうに目をパチパチと瞬かせた。

 確かにろくに説明もせずに連れては来たけど、何でわかってないんだ?


「……今、リンは竜に変身する魔法を研究してるんだけどね。中々うまくいかなくて。シグは翼だけとは言え、竜になれるだろ? 何かコツとか聞けないかな、と思って」

「こいつが、竜に?」


 仕方なく代わりに説明すると、シグは怪訝な表情でリンを見つめる。


「ふーん……なるほどね」


 そしてしばし彼女を見つめて頷くと、


「先生、こいつには竜になるのは無理だよ」


 端的に、そう言い放った。


「何でよぅ」


 幼いころは全く気にしていなかったが、続く頭ごなしの否定に、流石にリンはむっとした表情を浮かべた。


「そうだな……理由は、まあ色々とある。例えばそもそも僕が腕を翼に変えられるのは、そもそも同じものだからだ。相同器官っていうんだっけ? こういうの」

「そうだね」


 そんな言葉、一度何かの折に口にしただけなのに、よく覚えているもんだ、と思いつつも私は頷く。


「昔先生が、僕らは六本足の仲間だって言ってたけどさ。同じ六本足でも、骨格は二種類にわけられると思うんだ。ルカみたいな四脚ニ腕と、僕らみたいなニ脚四腕と。それで言うと人魚は下半身に腰ヒレと尾ビレのある四脚ニ腕。竜は上半身に前脚と翼のあるニ脚四腕で、変身するには遠い」


 論理的なその説明に、私は内心舌を巻いた。彼が王様になんかなってなければ、今すぐ学校に教師としてスカウトしたいくらいだ。


「けど、シグ。私はそもそも六本足の竜から、四本足の人に変身できるんだ。その辺りはあまり関係ないんじゃないか?」

「先生の場合は例外だよ。先生はそもそも、竜であり人でもあるんだろ? 変身というより単に切り替えてるだけだ……けどまあ確かに、そこは多分、大した問題じゃない。難しいってだけで、出来ない理由にはならないと思う」


 じゃあ、何故。


「簡単な話さ。リンには魔法を使うのに一番必要なものが欠けている」


 そんな私の考えを読むかのように、シグは答えた。


「お前――竜になりたいなんて、思ってないんだろ」

「えっ、何で?」


 それは、「何でわかったの?」の「何で」ではなく、「何でそんな事を言うの?」の「何で」だった。


「自覚がないんだな。……じゃあ聞くけど、お前、そもそもなんで竜になんかなりたいんだよ」


 リンの様子に呆れたようにため息をつきつつ、シグは尋ねる。


「何でって……竜は、強いし」

「そうだね。確かに竜は強い。けれど、それは竜が竜だからだ。竜の姿をしてるからじゃない」


 ちらりと、シグは私を一瞥した。

 確かに彼の言う通り、私の強さを一番根本的に支えているのは、その魔力の強大さだ。ブレスは例外として、他の魔法は人の姿で使おうが竜の姿で使おうが出力の大きさにさほどの違いはない。

 もしリンが竜の姿になれたとしても、強大な魔力を帯びることはないだろう。


「でも……大きくて、力は強いし」


 リンはまるで釈明するかのように、答える。


 それは確かにそうだ。

 この世界において、力の強さは筋力量では決まらないというのは、事実だろう。

 けれど全く無関係というわけでもない。

 小さくても強い生き物はいても、大きいのに弱いという生き物はいない。


 ……けれど。


「力を強くするだけなら別に竜じゃなくても良いだろ。そのまま大きくなってもいいし……大きくなる必要すらないかもしれない」


 シグの言う通りだ。体格が大きくなれば、それを動かすのにより大きな力が必要になるという原理はこの世界でも変わりない。同じ力を出せるのなら、大きくなるより小さいままの方が強いということだ。


「僕が腕を翼に変えたのは、その方が速く高く飛べるからだ。跳躍しか出来ない蜥蜴人リザードマンを相手にするのに、都合が良かったからだ。お前は翼なんてなくても、その大きな腰ヒレで空を飛べる。火を吹けなくても、魔法で炎は出せる」


 一つ一つ、理由を潰すかのようにシグは並べ立てる。


「じゃあ、何でお前は竜になりたいんだ?」

「それ……は……」


 リンは、それに答えることができなかった。


「つまり、こういうことか。リンが竜になれないのは、それが難しいことだから。そしてそれ以上に、その難しさを克服するだけの理由を持たないから」


 しかし……それだと、まるでリンの熱意が足りないと言われているようだな。


「そんなこと言ってないだろ」


 私の考えを察したのか、シグは深くため息をついた。


「難しいことを成すためには、段階を踏んで努力しないと行けないって教えてくれたのは先生だろ? 一歩一歩進むためには、目的地がはっきりしてないといけない。何のために竜になりたいのか……自分が何を望んでいるのかをまずちゃんと見据えろって言ってるんだ」

「何を……望んでるのか」


 リンは自分の胸を押さえるように手を当てて、シグの言葉を反芻する。


「まるで、シグにはリンが何を望んでるのかわかってるみたいだね」

「ハッ。冗談はやめてくれ」


 私が言うと、シグはかつての悪友の頭にぽんと手を置いて、鼻で笑った。


「昔っからこいつが何考えてるかなんて、一度もわかったためしがないよ」

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