第24話 竜歴/Anno Doraco

「先生、大変です!」


 悲鳴のような紫さんの声に、私は飛び起きた。いつの間にやら背中に乗っかっていたニーナがごろんと転がっていって「ふぎゅ」と奇妙な悲鳴を漏らしたが、それは無視する。


「どうしました!?」

「畑が……!」


 人の姿に変身しつつ家の外に出ると、紫さんはいつになく真剣な表情で畑の方を指差した。

 彼女と連れ立って畑に向かい、私が見たのは。


 何十、何百本もの麦の茎が倒れ、無残に荒らされた畑の姿だった。


「なんで……こんなことに」


 呆然としながら近づくと、私の目に奇妙なものが映る。それは、用水路に立てかけられた、何本……いや、何十本もの木の枝だ。


「これは」

「先生に見て頂こうと思って、片付けずにそのままにしてあります。目にしたものもいました」


 紫さんが、硬い声色で告げる。


「鼠たちが、木の枝を咥えて運び、これを作っているところを」

「そんな……」


 馬鹿なことが、と言いかけて、私は口をつぐむ。

 呼吸の代わりに炎を吹く赤竜。何千年も生きるエルフ。人魚に半人半狼に蜥蜴人。そんな生き物たちが住むこの世界で、鼠が橋をかけるくらい不思議でも何でもない。身近な生き物であるがゆえに、先入観を抱いてそんな当たり前のことを見落としていたのだ。


「……取り敢えず、片付けよう」

「はい」


 かけられた木の枝を取り去って集め、炎で焼き払う。とは言えただ片付けただけではまた同じことの繰り返しだ。何らかの手段を講じなければならない。


「対策を考えましょう。シグとリン、あとルカと……ユウキを呼んできてもらえますか」

「わかりました」


 頷き、駆け出す紫さん。


「えっと、あたしは、ここにいるよ……おはよう、お兄ちゃん」


 彼女と入れ替わるようにして、ユウキが気まずげに顔を出した。


「おはよう。そうか、ユウキも畑の世話をする係だもんな」

「うん……」


 こくりと頷く彼女には、いつもの元気がない。重苦しい空気が、私たちを包み込んでいた。


「ユウキ、その――」


 この空気を打破しなければ。


「なにこれ!?」


 そう思ってかけた私の声は、ニーナの悲鳴にかき消された。そういえば、彼女のことをすっかり忘れていた。転がされて叩き起こされ、不機嫌な状態で私を追いかけてきたのだろう。彼女は荒らされた畑を目にして、柳眉を逆立てる。


「鼠に荒らされたんだ。どうも、用水路に橋をかけて渡ったみたいで……」

「橋?」


 そう言えば、ニーナにはまだ説明していなかった。最初の一件はイタズラか何かだと思っていたから、彼女に知らせるまでもないと思っていたのだ。


「……それさ。倉庫の方は大丈夫なの?」


 私の説明を聞いて、ニーナはそう尋ねる。


「倉庫? いや、あっちは……」


 高床式倉庫で、ヒヒイロカネ製のねずみ返しも付けてる。問題ないだろう、と言いかけて私は気付く。用水路に橋をかけられるなら、倉庫にも橋をかけられるかもしれないということだ。


「すぐに……!」

「もう確認したよ。そっちは大丈夫だ」


 急いで倉庫に向かおうとする私に声をかけたのは、シグだった。

 その後ろにはリン、ルカ、紫さんが続いてやってくる。


「そうか、良かった。ありがとう、シグ」

「気づいたのはルカだよ」

「そうなのか。流石は委員長……今は先生か。ありがとう、ルカ」

「先生はやめてください、先生」


 頭を撫でてやるとルカは恥ずかしげに首を竦め、しかし満更でもない様子で頭を撫でやすい角度に変えてくれる。


「しかし、橋かぁ……鼠ってリンより頭いいんじゃないの?」

「あたしは泳げるからね!」


 皮肉っぽく言うシグに、何故かリンは誇らしげに胸を張った。


「こうなるともう……高い壁でも立てるくらいしか方法がない気がするな」

「壁を立てるったって、何で作るのさ? 木だと齧って穴を空けちゃうだろ。ヒヒイロカネはとてもじゃないけど数が足らないよ」


 もっともなシグの意見に、私は頷く。


「夜、見張りでも立てましょうか。流石に橋をかけるとなれば、小さな鼠と言えども見過ごすことはないでしょう」

「他に何かいい案が出なければ、そうしましょうか」


 紫さんの提案は流石に実践的だ。長くエルフの森を守ってきただけのことはある。


「リン、何か思いつかない?」

「うーん……」


 話を振られ、人魚の少女は眉根を寄せて考え込んだ。いつも殆ど考えずに言葉を発しているイメージのある彼女にしては珍しいことだ。


「紫の案がいいと思う……」


 やがて、彼女はどこか煮え切らない様子でそう答えた。その様子が気になったのか、シグがちらりと視線を向ける。


 その後ルカやユウキ、ニーナにも意見を求めてみたがこれと言ったアイディアは出てくること無く、結局私は紫さんの案を採用することにした。


「では、村の人達にも協力してもらって、交代で見張りをすることにしましょう。どのくらいがいいかな……」

「ニ竜刻くらいで良いのではないでしょうか」

「ニ……竜刻?」


 紫さんの口から飛び出した聞きなれない単位に、私は首を傾げる。


「先生が、リュコスの窯一回分の時間を、一リュコスと呼んでらっしゃったでしょう?」

「ああ、うん」


 半ば冗談のようなものだったけれど、確かに私はそう呼んだ。


「ただ、村人の大半はリュコスという言葉が聞き慣れなかったらしくて。時間の単位であると教えたら、いつの間にかなまってそうなっていました」


 村にリュコスケンタウロスはルカしかいないから、聞きなれないというのは仕方ない。

 リュコス……リュウコク。わかるような、わからないような。


「コクは刻一刻、の刻でしょ? だからリュは竜かなって思って……後でルカに正解を教えてもらったんだけど」

「君が原因か!」


 えへへ、と照れ笑いするユウキに、私は思わず気まずさを忘れて突っ込んだ。

 リュコスケンタウロスって名前は彼女に直接教えたはずなのに。……まあ、小さい頃だから忘れてても仕方ないけど。


「ちなみにそのノリで、十二竜刻で一竜日、三十四竜日で一竜月、十二竜月で一竜年、ってもう広まっちゃってるから」

「何で!?」


 さらっと説明するニーナに、私は叫ぶ。いちいち竜をつける意味がわからない。言いにくくないか?


「で、今年が竜歴五百二十二年、ですね」

「それ、私の年齢じゃないか!」


 トドメのように紫さんから明かされる事実に、私は火を吹かんばかりに顔が赤くなるのを感じた。だってそれじゃあ、まるで。


「ちなみに竜歴って言うのを名付けたのは僕ね」

「だろうね!」


 自分を指差すシグに、私は自棄になって叫ぶ。

 どう考えたってそのネーミングは西暦を元にしている。けれど、その話をした相手はシグだけだ。彼はやたらと私の前世の話を聞きたがって、その時にそんな話をしたこともあった。


 けどそれじゃあまるで、私がイエス・キリスト気取りみたいじゃないか……


「皆、せんせーのことが好きなんだよ!」


 邪気のない笑みを浮かべリンにそう言われると、何も言えなくなってしまう。


「……話が逸れた。ええと、ニ……いや、四時間交代ね。それは、そのくらいでいいと思います。一晩に二人で交代するような感じで……畑要員を何人か増やして、夜番の人は翌日の農作業は免除というような形にしましょう」

「わかりました。詳細については私とユウキちゃんで詰めて、ご報告しますね」

「お願いします」


 深くため息をつきつつ、段取りを紫さんにお願いする。

 でも、今の一連の流れのどさくさとはいえ、ユウキと普通に会話が出来た気がする。それは大きな収穫と言って良いかもしれない。


 数日餌が取れなくなれば、鼠たちも諦めて移動するだろう。しなかったら……また別に何か対処法を考えなければならない。


 できればどちらの問題も無事に解決することを願いながら、私たちはひとまず解散した。



 * * *



「襲われた……!?」


 だがその願いが脆くも崩れ去ったのは、その翌日のことであった。


「ええ。幸いにして大きな怪我はなかったのですが」


 自分の出した案が元で村人に被害が出たことを気にしているのか、紫さんは沈痛な面持ちで答える。


「問題は、倉庫の方が襲われたことです」


 紫さんは畑の見張りを立てた後、ふとルカの言っていたことを思い出して倉庫の方にも人員を配してくれたらしい。


 けれど、夜になって実際に襲われたのは倉庫の方だった。

 広い範囲を見回る必要がなく人が少なかったとは言え、畑の方が完全に無視されるのはあまりに不自然だ。


「まさか……私たちの相談を、聞いていて……?」


 私が言った瞬間、紫さんは後ろを振り向きその指先から茨が伸びた。雷光のように伸びたそれが小さな生き物を捕らえ、「ギュッ」と悲鳴が上がる。


 手のひらに乗ってしまう程度の大きさの、小さな黒い鼠だった。


「君は、言葉を……理解しているのかい?」


 まさか、という気持ちを抱きつつ、私は鼠に問う。しかし答えは返ってくることなく、鼠はただジタバタと暴れるだけだ。


「理解しているからって、話せるとは限らないわね」


 ニーナの言葉に、それもそうだと気付く。


「リン。お前、何か思いついたんだろ。言ってみろよ」

「ん……」


 シグに促され、リンはあまり気が進まない様子で口を開いた。


「たぶん、鼠にも、おうちはあるよね……」

「そうか! ルカなら、匂いを辿って巣を見つけられる。そこを一網打尽にしてしまえば良いのか!」


 リンの端的な言葉に、シグはすぐさま膝を叩いた。

 鼠の巣は、多分土を掘って作られた穴だろう。鼠たちは泳ぎが下手だ。川から水を引いて流し込めば大多数を駆除できるはずだ。


「それは、こまル」


 その時、甲高い声が響いた。反射的に紫さんが捕らえた鼠を見るが、そちらの鼠は暴れ疲れたのかぐったりとしている。


「こちらダ」


 再度響く声は、すぐ足元から聞こえてきた。

 視線を声にした方に向けると、真っ白な鼠が私を見上げている。


「交渉を、しよウ」


 その白鼠は口を開いて、はっきりとそう言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます