day12:いとしのエリー
2/14
彼女と別れるまで後46日
十二日目
今日はバレンタイン。
彼女と会える。
でも・・・
どんな顔して会えばいいのか。
彼女と過ごす4度目のバレンタイン。
これが最後のバレンタインになるかと思うと、怖くて、怖くてしょうがなかった。
外に目をやると、大粒の雨。
なんて日だ。
3/31に別れる約束をした。
しかし、それが3/31じゃなく、今日だって可能性はある。
こんな雨の、悲しげな日。
不幸になるにはお誂え向きのシチュエーション。
でも、でも・・・
彼女に会いたい。
会って、愛してるって言えるなら・・・別に今日が最後の日でもいいじゃないか。
ちゃんと最後まで、愛してるって言えれば。
あの子を愛し抜くことができるなら。
決心がついた。
時計に目をやると、待ち合わせの時間に、遅れていた。
唯一、良かったこと。
気付けば雨は止んでいた。
彼女は笑顔でやって来た。
バレンタインのプレゼントは、手作りのラスクと、サンドイッチ。
初めてのバレンタインも、手作りのお菓子だった。
焦げたラスクの味がよくわからなかったのは内緒。
心がもやもやし過ぎて、舌がまともじゃなくなっちゃっただけだから。
そこからは心を半分殺しながら車の中の時間を過ごす。
彼女は他愛もない話をいつまでもいつまでもしゃべってくれた。
後で知るが、彼女は彼女で私の雰囲気を察し、気を使ったようだ。
どうでもいい話なのに、聞いているだけで心地が良い。
どんな名曲とも、どんな名作映画とも違う、私だけが感じることができる感動と、美しい旋律がそこにある。
これが愛の成せる業だと言うなれば、なんとお手軽で、そして素晴らしい幸せの秘訣なのだろうか。
改めて、そんなことに気付く。
今日の目的地は両国。
レオナルド・ダ・ビンチの「糸巻きの聖母」の初来日の特別展。
彼女は、美術館が好きだ。
「どこに行きたい?」と聞くと、大概が都内の美術館で行われている美術展だった。
美術館は好きだ。
でも、美術館に行くほどではない。
どちらかと言うと映像や建築、そして現代アートや、歴史が好みだった。
素養があって良かった。
おかげで、彼女の美術館巡りは最初から苦だと感じたことはなかった。
その日見た「糸巻きの聖母」は美しかった。
でももっと美しかったのは、それを眺めているあなたの横顔だったよ。
名画に魅せられる観客の方が、その名画より美しい。
私はそうやって、美術館が好きになった。
帰り道、彼女に訊いた。
「約束したけれど、やっぱり破ってもいいですか?」
「どんな約束を破るんですか?」
一つ目は「やっぱり別れたくない」
二つ目は「自分もまだ結婚したくない」
ちゃんと言えた。
私の言葉を聞きながら、彼女の頬を涙が伝う。
その涙の理由がわからなかった。
そして約束の反故も叶わなかった。
きっと彼女の気持ちは覆らない。
3/31、私と彼女はやっぱり別れる。
夕方、卒業論文の発表の準備をしたいと申し出る彼女を家に帰し、彼女との4度目のバレンタインは幕を閉じた。
目を閉じ、今日の幸せを頭の中でなぞる。
彼女の言葉。
彼女の表情。
彼女の肌。
彼女の体温。
いっぱい見て、いっぱい触れた一日を丁寧になぞる。
ドラマ「最高の離婚」で激しく心が締め付けられたシーンを思い出した。
主人公の尾野真千子が家を出ていく話です。
一話で早々に離婚する主人公たち。
しかしその後もなんだかんだで生活を共にし、様々な出来事がありながら、少し互いが大事なものを思い出しかける矢先の出来事だった。
そこでは本心を手紙に書き綴りながら、結局はその手紙を破り捨てる尾野真千子がいた。
“あなたの言うことやすることにはなにひとつ同意できないけれど、でも好きなんですね”
別れを決意したのに、すごく温かく、愛に溢れた言葉たち。
「今のままじゃあなたの有難味がわからなくなるから、別れたい」
今日、彼女の口から出た言葉だった。
どれが嘘で、どれが本当か、聞いてもきっと教えてくれないだろう。
この言葉から、彼女が届かせたかった想いは何なんだろうか?
ここで別れることが、彼女にとって幸せなら、私の彼女への愛は報われる。
あなたがもしもどこかの遠くに行きうせても
今までしてくれたことを忘れずにいたいよ
そう言い聞かせながら、一人布団の中で泣いた。
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