sleepyheads

雨宮タビト

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 ベッドに横になって、もう映らなくなったテレビの砂嵐をじっと見ている。

 テレビの砂嵐を見続けると変死するんだって、と瑠璃子が昔言っていた。

 僕はもうその話を笑えなくなっている。

「ねえ」

 砂嵐を眺めている僕に瑠璃子が言った。

「起きてる?」

「ああ」僕は言った。

「…よかった」瑠璃子は安堵した声で言った。

「お願いだから」

「わかってるさ」僕は寝返りを打った。

 カーテンが、少し開いている。

 正確には開けてあるのだ。

 僕はゆっくりとベッドから降りた。

「どこへ行くの?」瑠璃子が尋ねた。

「発電機の油を足してくるよ」僕は言った。

「気をつけてね」

「何に?」僕は笑った。

「わからない」瑠璃子も苦笑した。

 何に気をつければいいのだろう。

 誰かに傷つけられる恐れなどない。

 この街にはもう僕たち以外誰もいないのだから。

 たぶん。


 前庭に置いたハロゲン灯の光が、目に焼きついて残像になる。

 目を閉じても、光の丸が目の中に映る。

 僕は発電機のタンクにガソリンを足した。

 ガソリン缶を支えきれず少しこぼしてしまった。

 疲れてるのかもしれないな、と思った。

 いや、疲れてる。それは間違いなく。

 目をもう一度つぶる。

 時計を見る。

 もうこれで、八十二時間と四十五分、眠っていない。


 部屋に戻ると、瑠璃子が目を閉じていた。

 僕はベッドに腰掛けて、瑠璃子の顔を見た。

 瑠璃子のまぶたが、ぴくぴくと痙攣する。

「あ」

 目を閉じたまま小さく言うと、慌てて目を開ける。

「ごめん」目をこする。「いま、眠るところだった」

「いいよ」僕はできるだけ優しく聞こえるように言った。「眠っても」

「ダメだよ」瑠璃子はきっぱりと言った。

「コーヒー、入れる?」僕は訊いた。

「ううん…もういい」瑠璃子はお腹のあたりをさすった。

「胃が荒れて」

「だな」

「飲み飽きた」

「そうだね」

 瑠璃子は窓の外を見た。

 ハロゲンの光は、煌々と窓の外を照らす。


「外が明るいと眠くならないんだって」と瑠璃子が言ったのは一昨日のことだ。

 白夜の国にでも引っ越すか、と冗談を言っていたのだが、さすがに無理だった。

 飛行機が飛ばなくなっていたからだ。

 しょうがないから、会社にあった野外イベント用のハロゲンライトを持ってきて、ずっと前庭を照らしている。


「UFOがきたみたい」瑠璃子が窓の外を見ながら言った。

「言えてる」僕は言った。

「ねえ」瑠璃子がまじめな顔で言った。

「みんなどこへ行ったのかなぁ」

「UFOに連れて行かれたんじゃないか?」僕は窓の外を見ながら言った。

 少し驚いた顔で瑠璃子が僕を見て、そして吹き出した。

「今同じこと言おうとしてた」

「だろ」僕は言った。「見え見えなんだよ、考えてることが」

「ひどいなぁ」瑠璃子が言った。「本当にひどい」

 そう言いながら笑っていた。

 笑いながら少し涙ぐんでいる。


 「それ」が起こったとき、僕と瑠璃子はたまたま眠っていなかった。

 オールナイトのイベントに遊びに行っていたからだ。


 同じようにたまたま起きていた人が、日本には百万人くらいいたらしい。


 始発電車を待つ新宿駅のホームにはあきれるほど人がいなくて、僕はそれを日曜日のせいだと思っていた。

 そして始発電車はいつまで待っても来なかった。

 やがて待ちくたびれた友達は駅のベンチで眠ってしまった。

 おいおい、そんなところで寝たら、風邪を引くぞ、と声をかけたとき、


 友人の姿は消えていた。


「眠ったら消えるなんてね」

 瑠璃子は苦笑した。

「信じられなかったな」

「みんな眠らないとか言ってたのにね」

「眠気には勝てないんだよ」

 テレビのニュースはこの現象を伝えていた。二四時間つけっぱなしのテレビから、僕たちはいろいろな情報を得た。

 眠った人間は消える。

 そしてそれは世界中で起こっている。

 がんばって起きていた残された百万人の日本人は、気がつかないうちに眠ってしまったのか、どこにもいなくなっていた。

 最後まで残っていたアナウンサーは、放送中に消えた。

 たぶん居眠りしてしまったのだろう。

 それからテレビが映らなくなった。


「ねえ」瑠璃子が言った。「そろそろ限界」

 ついに来たか。

「じゃ、一緒に寝ましょうか」

 できるだけ明るく言ったつもりだったけど、声が震えているのが自分でもわかった。

「よくがんばったよね」また瑠璃子が欠伸をした。「あたしたち」

「変だよな」僕はカーテンを閉じながら言った。

「世界中で二人しか生き残ってないかもしれないのに」

 瑠璃子が僕の布団にもぐりこんできた。

「まるで緊張感がないよね」

「だよな」

 僕は瑠璃子と手をつないだ。

「おやすみ」

「おやすみ」

 僕は目を閉じた。


 ふと目を開ける。

 隣に手を伸ばす。


 そこには何もなかった。


「寝るの早いよ」僕は苦笑した。

 そして、また静かに目を閉じる。


 おやすみ。

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sleepyheads 雨宮タビト @Rainmaker

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