yasu.nakano

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空がなくなって、もう3日になる。この3日間、僕は何か特別なことをしただろうか。朝7時に家を出て、決められた仕事をこなし、決められた会話を交わし、8時に家へ帰る。夕食と翌朝の朝食を作り、朝食の分はあまり大きくない冷蔵庫に静かに保存する。最近は、カフカの短編を好んで読む。寝る前に読む本は、と聞かれれば、僕は間違いなくフランツ・カフカを選ぶだろう。死後しばらくたってからようやく日の目を浴びたこの不幸な(つまり、生前の彼にとっては、ということだ)作家の描く、幻想的で不思議な世界は、自分が今現実の世界にいるのかそれとも夢の世界にいるのか、その境界線をあやふやにしてしまう。それでいつのまにか寝てしまうのだ。というわけでカフカを読みながら寝てしまう間、僕は毎朝妻に怒られることになる。なにしろ電灯を消す時間なんてまったくないのだ。気づいたら(寝ている状態を気づくというのもなんだかすごく奇妙だが)寝ているのだ。

 昼食はたいがい外で摂ることにしている。以前は自分で料理したり、妻が作ってくれたりしたこともあったのだが、外出して昼食を摂ることが僕にとって一種の空気抜きのようなものになっている。家と会社、同じ人間関係。それをうまくほぐしてくれるのが唯一この昼食の時間だと言っていい。だから僕は必要に迫られる場合を除いて、同僚と昼食に行くことはない。時間をやりくりするのがいつも骨だが、たいがい、江東区あたりのちょっと離れた、潮の匂いのするレストランで昼食を摂ることにしている。

 空がなくなったことに気がついたのは、昨日の昼食のときだった。いや、体が心持ち軽くなったのを少し感じてはいた。毎日の生活サイクルに慣れると、空なんて見ることはほとんどない。見るのは目が痛くなるような書類ばかりだ。

 ふとしたことで上を見上げたとき、もうそこには僕のよく知っている(本当によく知っていたのかははなはだ疑問に残る)空は、すっかりなくなっていた。なくなっていた、のだ。文字通り。それは突然に、完全に、なくなっていた。

 街の人たちがそれに気づいたのも僕と大体同じような時期だったろう。なんだって、空がなくなったことに気づくまでに2日もかからなきゃならないんだ。天気予報だってもう目にすることはなくなっている。

 今日も、空のなくなった下を、会社に向かって歩いている。今日はどこで昼食を摂ろうか、考えながら。見上げる空はなくなったが、とおり行く人々はそんなことお構いなしといった様子で、下を向いて歩き続けている。

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