一人称の波音

yasu.nakano

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 たとえば、むかしむかし、あるところに、といった、物語の始め方がある。または、我輩は猫である、といったふうに、主人公を1人称で語り始めるやり方もポピュラーなのかもしれない。

 これらは、何も無いところから何かを生み出す、ひとつの形だ。型、といったほうがいいかもしれない。

 型にはまる、とは、だから、ものごとの基本的になることがらを理解することだ。それは不完全なこの世界にあって不完全である僕たちが少しでも完全である何かに近づくために組織化され、効率化された結果であるといっても良い。多くの人は型を求め、そして一方で型から逃れたいと思う。もちろん、この僕もその例外ではない。

 もしかすると人生そのものにだって例外なんて存在しないのかもしれない。だとしたら、語ることに何の意味があるのだろう。そう考えると夜中の3時に悪い夢にうなされて起きてしまったかのような苦しさにさいなまれることになる。

 これは正確に言えば物語でさえない。ひとつのメモだ。僕の個人的な、個人的な思い出に関するメモだと思ってもらえればいい。

 しかしながら、誰にも読まれることの無い書物は、誰も住んでいない部屋で静かに時を刻む古時計と同じように、何の意味も持たない。そういう意味では、もしかするとこれは僕宛の、個人的な手紙、なのかもしれない。

 あまり深く考えるのはやめよう。とにもかくにも、文章というものは書いてみないと何が起こるかわからないからだ。そこにどんな意味が含まれているのか、ひょっとするとそれを探すために僕は文章を書いているのかもしれない。だとしたら、僕という人格はこうして表に出ているものなのか、それとも意識の底に眠っているなにか別の動物のようなものなのだろうか。もうそんなことすらわからなくなってしまっている。

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