2章 旅路、出会いと別れ
6話 子爵の密会、アマトの誤算
「そもそもなぜ君がここにいるんだ?」
「……頼まれたから」
ノルンはアマトの部下である。厳密にいえば部下という形をとっているだけの対等な存在なのだがここでは説明を割愛する。問題はアマトが言ったとおり、何故コーロニアにいるのかということ。
ノルンが語るところではこの宿に気まぐれで訪れた際に宿の主人から身内の危篤の連絡が届き、その間の留守を任されたとのことであり、よくもこんなタイミングにとアマトは頭を抱えた。
「……退屈だった」
「その割には嬉しそうだが……」
「……そう?」
「まぁ大体分かった。それで、私に話とは何だ?」
「……」
コーロニアの宿の一室。小さめの宿の主人用の部屋でアマトとノルンは机を向かい合う形で座っていた。
「……久しぶり」
「そんなにだろうか?精々3ヶ月くらいだろうに」
「……精々?」
その言葉が気に障ったらしく、ノルンは一気に立ち上がりアマトに顔を近づける。表情は大して変わらなかったが怒りとも悲しみとも取れない哀愁のようなものを感じさせる。
「……ふざけないで」
「そう怒るな、モノの尺度を言っただけじゃないか」
顔を離しながらどうどうとノルンの頭をあやすように撫でる。それで落ち着いたのか乗り出した体を正して会話の姿勢に戻った。
「それで、ウィルゼールの様子はどうなっている?」
「皆大忙し、特にロイは死にかけてる」
「そうか。文官の増員を考える必要があるな。どうせロイは自業自得だろうが」
「勿論」
ノルンは無口な性格であった。話の話題を必要以上に膨らませることを苦手としているのか一度会話が途切れれば気まずい沈黙が場を支配する。
結局十数秒かけてアマトの方から口を開いた。
「まだ私に何かあるのか」
「……僕」
「はぁ?」
呆気にとられた気の抜けた返事をする。
「……僕と言わないの?」
「なぜ君が気にするんだ」
「……私には『私』?」
「それが何だというんだ?」
アマトからすれば予想していた質問はフラーズの他の貴族や近隣諸国の動きだと考えていたのであり、自身の一人称について聞かれることは顔に出さないまでも少々の戸惑いがあった。
「……あの亜人、特別?」
「違う、あれとはウィルゼールまでの縁だ」
「……なら尚更おかしい」
「むぅ…………」
口数が少ないながら執拗な追及にアマトが仕方ないといった感じでそれまでの経緯を説明する。海岸でのフィリアとの出会いと旅へ誘ったこと、野盗の襲撃、そしてこの旅の間はフラーズのフリューゲル子爵ではなくアマトという一個人でありたいということを伝えた。
「……理解はした」
「それはよかった」
「……納得はしない」
「それはまいった」
ここまで説明してノルンの賛同を得られなかったことはアマトにとって最も危惧するべき出来事であった。ノルンから聞いた子爵領の現状は現状維持が精一杯の自転車操業状態。すぐに戻れと言われれば断ることは出来ない。そうなればこの旅はその時点で終了である。
「……分かった。私にも言って」
「分かってくれ……なんだと?」
「……僕、私にも」
今度ははっきりと顔に戸惑いの表情を見せた。完全に予想外、自分にも一人称を変えろなどと完全に
「……言って」
「いや……」
「……どうしても言わないなら」
「言わないなら?」
「泣く」
「それは困る」
今度こそアマトは完全に折れた。アマト・フリューゲルの存在を周りに感づかれたくないと言うのも勿論だがそれ以前にこんな夜中に女性を泣かせたとあっては何を言われるか分かったものではない。泣き落としならぬ泣き脅しである。
「分かったよ。今の僕はただのアマトだ」
「……それでいい」
それに満足したようにノルンはアマトのそばに寄り添い、体を密着させる。
「……それともう一つ…………」
☆☆☆
「というわけで今日から旅に加わるノルンだ」
「……よろしく」
「いやいやいや」
目覚めてすぐに部屋に呼び出されこんなことを言われればフィリアのような反応になるだろう。昨夜あったばかりの受付嬢が突然自分たちについてくるというのだから。
「何か不安なことでもあるのかい?」
「いや、だって……」
その人はこの宿の人じゃないですか。そうアマトに言おうとしたとき、間にノルンが割り込んでくる。
「……
「んなっ!?」
小馬鹿にした風なその一言で彼女の意見は頭から吹き飛んだ。
図星だったのかそれとも怒りか顔面が見る間に紅潮していく。
「そんなことないですっ!でも貴女にはこの宿があるんじゃないですか!?」
「じゃあ畳む」
「えええ!?」
フィリアも驚きを隠せない。宿屋よりもアマトとの旅を優先させるほど彼に入れ込んでいるのかと。
「いや君はここの所有者じゃないだろうに」
少し遅れてアマトがそれぞれの認識のズレに気付きフィリアに簡潔に説明する。
「アマトさんの部下の方でしたか……」
「……恐れ入った?」
「いいえ全然」
今度はノルンが驚かされる番だった。だがフィリアにとっては至極当然のこと。アマトが命の恩人でありその事実に基づいて今行動を共にしているのであって、目の前の相手がアマト・フリューゲルの配下の人間であろうが物怖じする理由にはならない。要するにアマトの知人であろうがフィリアにとってはそれがどうした、ということである。
ノルンはしばらくフィリアを値踏みするかのように見回すが、少ししてわずかだが、口角を吊り上げる。
「……久しぶり、面白いの」
「残念ですが私の尻尾はピンク色です」
ノルンにとっては自分を色眼鏡で見ない相手に出会ったことへの笑みのつもりだったが、フィリアは挑発と受け取ったらしい。
明らかな反抗の意思を見せるフィリアと初めての遊具を見た子供のように興味の目で見るノルン。そんな様子を傍目で見守りながら、
(黒い外套三人組は目立つだろうな)
アマトはこれからの計画についての計画を練り直していた。
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