A calling ~天職~

ともぺぺ

第1話 プロローグ

 明治時代に入り、イギリスやドイツ、アメリカなどの西洋文化が日本に広まり始め、外国の書物が次々に翻訳された。


その中で、日本のキリスト教思想家によって初めて「A calling」が、「天職」と訳された。


「A calling」は、電話の呼び出し音や呼んでいる声とも訳されるが、カトリック教を信仰している国では、「A calling」とは職業のことであり、働くという事であった。


またそれは、この世の中を生きていく上で、最も神の意志に従う事とされ、人間は遊ぶことや、寝る暇を惜しんでまでも働きなさい、と言うのが神の教えであった。


そして、その1つ1つの労働力が数々の物を創り出し、経済が潤っていく資本主義的な社会へと発展していくと考えられたようだ。


 その頃から、日本でも物を作って売るという近代工業が発展し、多くの作業所や工場が建設された。


そして、朝から夕方まで働き、働いた分の賃金を貰う労働という生活が根付いてきた。


 このキリスト教の思想家によって訳された天職に関する原文の内容では、人は天が命じた職に従事することで、大きな幸福を取得し、それが世の中にとって大きな利益となる。


そして、目の前に与えられた仕事を一生懸命に取り組むことで、自分や家族の生活が安定し、それが国全体の発展に繋がると解釈された。


つまり、仕事自体が神様からのプレゼントで、与えられた仕事がその人にとっての天職と信じられていたようだ。


 では、現代の人達は天職をどう考えているか?


 辞書によると、天職とは天から授かった職業となっており、自分の才能を十分に発揮できる仕事、働く喜びを感じられる仕事、人から感謝される仕事などと表記されている。


天職の元々の意味である労働と云う概念よりかは、自分が満足して働ける仕事を天職だと考えられている。


しかし、現代では、自分の就きたい職種や職場を自由に選ぶことが出来る一方、ある大学の学生が卒業論文で行ったアンケートに、現在の仕事に満足しているかの問いにおいて、「満足している」と答えたのは、わずか14.7%と、自分の仕事を天職と感じている人は少ない結果であった。


 それは、日本の発展を支えた1つ1つの労働が社会や国を築いていくと云う精神が消え、より自分が満足できる仕事を求める利己主義に変わってきた表れではないだろうか。


 この物語は、理学療法士として働いている1人の男が、天職とは何かをテーマに、日々の経験を綴った内容を参考にして作成しています。


しかし、登場する人物は全て架空の存在であり、実在する人物・団体とは一切関係はありません。

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