エピ043「合宿」

4月の第三週の土曜日、俺達は予定通り「相田」抜きのフルメンバ?で合宿に出かける事になった。


今回のテーマは夕焼けの海、ホワイトバランスの理解が課題である。


…と言う事で、俺達は真鶴の三石海岸に来ていた。


民宿に荷物を置いて、「アカリ先生」が運転するレンタカーで真鶴岬へ、撮影機材だけを持って夫婦石が見える岸壁の下まで薄暗い山道を降りる。



博美:「足元暗いから気を付けてね。」


宗次朗:「凄い蚊だな、」


早美都:「僕、虫避け持ってきたよ、」


岩肌の岸壁に寄せては返す波の音を聞きながら、沈みゆく夕日を眺めるのは、何だか気持ちのいいものだ



博美:「ここは夫婦石の真ん中から朝日が昇る風景が有名なんだよね。」


宗次朗:「明日朝、来てみますか?」


アカリ:「無理、…起きれない。」


博美:「それに夫婦石から日が昇るのは冬だから、今回はパスしようね。」



ボーっと海を眺めている「鐘森」に、俺は小型のミラーレス・デジカメを渡してやる。



宗次朗:「鐘森、何でも好きなモノを撮って良いんだ、」


「鐘森」は、じーっと俺の顔を見つめて、…どうやら、カメラの使い方が分からないらしい。



宗次朗:「暗いから、三脚立てようか。」


「早美都」と「先輩」も、それぞれ選んだポイントで三脚をセットしている。


俺は「軽量タイプ」の三脚の足を延ばして、「鐘森」の目の高さにちょうど合う様に調整する。



宗次朗:「何を撮る?」


「鐘森」は一寸困った様に小首を傾げて、それから、…俺の事を指差した。



宗次朗:「此れだけ暗くなるとシャッタースピードが遅くなるから、動いている人間を撮影するのはちょっと無理だな。 …ほら、カメラ貸してみな。」


ストロボOFF、ISOは敢えての100で、AE優先、絞りは最小に、これが最近の俺のお気に入りセッティングだったりする。 それで、カメラが夕焼けを「白」だと勘違いしない様に、オートホワイトバランスを夕焼けモードに切り替える。


それからデジカメを三脚にネジ止めして、暗くなった海と、夕陽に濡れた岩場をフレームに収めて、…シャッター用のリモコンを「鐘森」に渡してやる。



宗次朗:「ほら、…撮ってみな。」


「鐘森」は、まるで「不思議」でも見る様にリモコンをじっと凝視して、…それからそれを、とても大事なモノみたいに、掌の中に包み込んだ、




博美:「ホワイトバランスの設定を変えると、夕焼けの色が変わるから、色々試してみてね、…」


早美都:「ほんとだ、…何だか不思議だな、」


宗次朗:「人間も色眼鏡で見ると、良い奴に見えたり、いけ好かない奴に見えたりするのと同じだな。」



「鐘森麗美」は、黙ったまま、じっと夕陽を眺め続けている。


殆ど口を利かないこの少女、まるで写真の様に見たものを表現できる少女には、一体どんな風景が見えているのだろうか?







…で、駅近の宿まで帰って来ると、…時刻は既に20時を過ぎていた。


六畳の和室が二つくっついた部屋で、真ん中を襖で仕切れるようになっている。


その片方に、懐石料理ミタイに御膳が5つ並ぶ、


色とりどりの小皿、茶わん蒸しに、野菜の天ぷら、獲れたての活魚の刺身と、…すき焼?



宗次朗:「先生、これ本当に5000円(合宿参加費)でOKなんですか?」


アカリ:「鐘森さんを連れて行くって言ったら、校長がお金出してくれたのよ、」


何か、間違ったお金の使い方をしている様な気もするが、…気にしない、



「鐘森」は、又してもボーっとして、自分の御膳を眺め続けている。


もしかして、食べ方判らないのか?



宗次朗:「天ぷらはこの塩を振りかけて喰えば良いんだよ、」


宗次朗:「すき焼は、この椀に生卵を割って、…」


それで俺は、シャカシャカと卵を掻き混ぜる、


じーっと俺の顔を見る「鐘森」、



宗次朗:「あ!、悪りい、…つい相田のノリで、箸つけちまった。 ゴメン、新しいのに変えてもらおうか。」


ところが「鐘森」は首を横に振る。

コイツが、意思表示するところを見たのは、…実は初めてかも知れない。


それから「あーん」と、口を開ける「鐘森」、…



宗次朗:「いや、そこは、自分で食べような、…流石に、俺が恥ずい、、」



で、当然の様に、カバンから日本酒の中瓶を取り出す「アカリ先生」。



宗次朗:「先生、生徒の前で飲むなとは最早言いませんが、…百歩譲っても持ち込みは不味いんじゃ無いですか?」


アカリ:「今は「コレ」がお気に入りなの、…宗次朗も飲む?」


宗次朗:「俺は、…未成年ですから、」


「宗次朗」と呼び捨てにされて、もう、真っ赤に照れて、何も言えなくなってしまう俺、…もしかして俺は、年上に滅法弱いのか??



博美:「少しもらっても良いですか?」


それで、「博美先輩」が湯飲み茶わんに注がれた純米吟醸に、…口を付ける。



博美:「凄い爽やか〜、それなのに、ほんのり甘い、…」


アカリ:「お酒はね、般若湯と言って、心のお薬なのよ。」


アカリ:「右も左も入り交ざって、心がほんの少し、柔らかさを取り戻せるの。」


つまり酔っぱらって酩酊状態に陥った人間は、原初的視覚先行の右脳と論理的言語重視の左脳がお互い硬い事言いっこなしに混ざり合って、柔軟な思考が実現できる、と言う事らしい。 しかもその効果は一個人内にとどまらず、酒の席を共にした仲間は互いの腹の底を曝け出しあえるようになったりして、そこに思わぬラポール醸成効果が生じ、…つまり言いたい事を自由に言い合ってよりクロスカルチュラルな創生作業が可能になる、と言う事らしい。 実際に「ブレインストーミング」に「酒」を取り入れている研究機関もある。


でも、別の言葉で言い換えれば、要するに「馬鹿になる」、…と言う事だな。





かくして、1時間を待たずして博美先輩はぐてんぐてんのブレインストーミング (脳味噌ぐちゃぐちゃ)状態に出来上がった。



博美:「宗ちゃんのえっちぃ、…」


普段は保育園の先生ミタイナほんわか可愛らしいお姉さんが、クテーっと寝っころがる姿は、何だか、…妙に色っぽい。



早美都:「宗次朗、まさか先輩にまで手を出してるんじゃ、…」


宗次朗:「俺は何もしてない! 気にするな! ただの酔っ払いの独り言だ!」


「鐘森」は、不思議そうに湯飲み茶碗に残った透明な液体を見つめ、真剣な顔で匂いを嗅ぎ、ほんの一寸だけ舌の先で、掬い取った。







食事の後は浴衣に着替えて風呂へ、…眠り込んだ「博美先輩」はそのまま布団の上に放置、


風呂から帰ると、部屋にはきちんと皆の分の布団が敷かれてあった。…眠り込んだ「博美先輩」は、さっきと同じ格好のまま放置、


「鐘森」が大きな欠伸を一つ。。。



宗次朗:「先輩も寝ちゃったし、寝ますか。」


男子部屋と女子部屋を仕切る襖を閉めて、布団の上に寝転がって、それから何故だかガールズトークならぬボーイズトークが始まる。


とは言っても相手は「早美都」だから、そんなに下品でエロい話にはならない。



「早美都」は、新しいクラスでは結構人気者らしい。


と言うか、「相田」からは、女子に大人気だと伝え聞いている、…恐らく今までは、何時も俺と一緒だったから女子達から避けられていたのだろう。


人見知りな「早美都」が新しいクラスになじめている様で、俺は少し安心する。



早美都:「今まで女の子って、怖いと思ってたんだけど、そうでもない見たい。」


宗次朗:「まあ、博美先輩はともかくとして、相田なんかと付き合っていればそう言う錯覚にも陥るよな。」


早美都:「そうじゃなくて、僕、中学の時、女子に苛められてたんだ。」


まあ、見た目女子よりも可愛いから、有り得るかも知れない。


何でも「特別」は阻害される。


多分「相田」があれ程までに周囲に気を使うのは、つまりそう言う事なのだろう。…人一倍人目を気にして、人一倍疲れている





と、携帯にテキストメッセージが届く、…「相田」からだ。



相田 (テキスト):「盛り上がってる?」


宗次朗 (テキスト):「もうみんな寝てる、」


相田 (テキスト):「早過ぎ!」



早美都:「宗次朗ってさ、やっぱり相田さんと付き合ってるの?」


宗次朗:「さあ、多分、違うだろうな。」


テキストメッセージにニヤニヤする俺の顔を見て、「早美都」が冷やかし顔で、囁いた。



早美都:「宗次朗ってさ、やっぱり相田さんの事、好きなの?」


宗次朗:「ああ、多分、そうなんだろうな。」


雰囲気に流されて、とうとう俺は「親友」にゲロしてしまう。


口に出して言ってしまってから、それから改めて俺は、自覚する、…俺は、やっぱり、「相田」の事が、好きなんだろうな。



早美都:「僕、二人の事、…好きだよ。」


宗次朗:「…ありがとな。」


それから俺は、何だか無性に恥ずかしくなって、照れ隠しで行き成り、目を瞑った「早美都」の寝顔を写真に撮って、…


相田に送ってやる、…



早美都:「あ! ちょっと、宗次朗、酷いよぉ!」


宗次朗:「そんなに怒るなよ、俺も、早美都の事、好きだぜ!」


早美都:「もう、…嫌い!」



相田 (テキスト):「おお、かわゆい、」

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