エピ022「宣戦布告」

恋愛は、誰かが考えている程、自由では無い。

それは心の問題にとどまらず、心と身体は密接に関連しているのだから、尚更だ。


誰もが、選ばれる訳では無いと、…そういう事だ。



俺は、「恋愛完全否定主義」を標榜しているが、

要するに、それは、俺が選ばれる事がない事を、自覚して、諦めているだけだ。


チンパンジーの群れだって、メスを自由にできるのはボスだけだ、

ボスになれないオスは、ボスの目を盗むか、諦めるしかない。


今になって、漸く自分で納得できた気がする。


初めから諦めていれば、初めから欲しくないんだと決めていれば、手に入らなくても傷つかずに済む。

つまり、それだけの事だったんだ。


自分が選ばれない理由を、恋愛しない方が良い理由にすり替えていただけの事だったのだ。







早美都:「予想外に面白かったね。」

宗次朗:「そうだな。」


その午後、俺達は、横浜にある古い映画をリクエストに応じて上演する小さなシアターを訪れていた。

実際の所、凹んでいる俺を見かねて、「早美都」が気分転換に誘ってくれたのだ。



西口の繁華街をトボトボと駅へ向かう20時一寸前、



宗次朗:「腹減ったな、飯でも食っていくか。」

早美都:「宗次朗、…あれ、」


「早美都」の指差した先に、…

私服だが、見間違い様の無い、目立つ美貌の「転校生、時任マサト」が立っていた。

一緒にいるのは、すらっと背の高い美人?…知らない女だ。


二人は、いかにも仲良さそうに密着して、女の方から「転校生」の腕に、絡まっている。



早美都:「兄妹?かな、…」

宗次朗:「まさかな、」


早美都:「だって、時任くんって、…」

宗次朗:「帰ろう、アイツが何をしてようが、俺達には関係ない事だ、」


早美都:「放っておけないよ、だって相田さんは、友達なんだ。」


そして、驚くほどの素早さで、「早美都」は「転校生」の前へ飛び出した。



早美都:「時任君!」


「転校生」は、一瞬驚いて、それから、見覚えのある顔に、平静を取り戻す。



時任:「やあ、えっと、同じクラスの人だよね。…こんばんは、」


「早美都」の登場にも、何の悪ぶれる事も無く、相変わらず「転校生」と女は、腕を組んだままだ。



早美都:「この人は?」


女の方は、可愛らしい「早美都」の顔を見て、一瞬「転校生」の彼女が出てきたのかと勘違いしたみたいだったが、…びっくりしたその侭、硬直している。



時任:「えっと、…澪、だよね。」

澪:「こ、んばんは、…マサトのお友達?」


「澪」と紹介された女は、少し照れくさそうに、はにかんで、…



早美都:「そういう事じゃなくって、二人はどういう関係なの?」


俺も、何時までも離れて傍観している訳にもいかず、渋々「早美都」の横に並ぶ。



時任:「友達だよ。」

澪:「…そうだね。」


俺は「早美都」の腕を掴んで、…



宗次朗:「早美都、帰ろう、…邪魔したな。」

早美都:「時任君、一寸良いかな、…話がしたいんだけど。」


「早美都」予想外に、強引で、…

「転校生」は、一寸困った顔で、…



澪:「私良いよ、帰る。」

時任:「ごめんね、何だか、大切な話見たい。」


それで、公衆の面前だと言うのに、「転校生」は女に優しく、口づけをした。

女は、ウットリと、頬を染めて、…



澪:「また、連絡するね。」

時任:「うん、」







俺達三人は、そういう流れで、近くのカフェに入る。

飲みなれないカップ入りのコーヒーが運ばれてきて、…ウェイトレスは、あからさまに綺麗な「転校生」の顔にお約束の様に、見蕩れる。



早美都:「時任君って、相田さんと付き合ってたんじゃなかったの?」

時任:「付き合うって? …ゴメン、未だ良く判らない日本語。」


早美都:「つまり、恋人なんじゃないかっていう事。」

時任:「恋人、そうだね、僕は美咲の事がとても好きだ。」


早美都:「だったら、どうして、裏切るような事をするの?」

時任:「裏切るって?…どういう意味かな?」


早美都:「相田さんの事が好きなのに、どうしてさっきの女の人と、仲よくしているのかって事だよ。」

時任:「澪はとても可愛くで、とても優しいんだ。僕は澪の事がとても好きだ。」


早美都:「そんな事を知ったら、相田さんが悲しむと思わないの?」

時任:「どうして?美咲が悲しむの? 僕は美咲を悲しませる様な事はしたくない。いつも優しくしてあげたい。」


早美都:「好きな人が別の女の子に優しくしたら、相田さんは悲しむに決まってるでしょう。」

時任:「別の女の子に優しくすると、悲しくなるの? 人に優しくする事が、人を悲しませるの?」


早美都:「当たり前だよ。 そんなの、一寸考えればわかるじゃない。」

早美都:「じゃあ、時任君は、相田さんが別の男子と仲良くしたり、キスしたりしても、何とも思わないの?」


時任:「美咲が、仲よくしてもらって、優しくしてもらって、美咲にとって良い事なら、僕は困らないよ。」


早美都:「そんなの、…変だよ。」




確かに、「こいつ」の言っている事は、変だ。


元々雄は、生物的に、出来るだけ自分の種を世界中にまき散らす様に出来ている。

一度手に入れた雌、種を撒いてしまった雌を繋ぎとめる事よりも、新しい雌を手に入れる事に執着する。


まあ「こいつ」の場合、何もしないでも女の方から言い寄ってくるのだから、一人の女に執着しない、と言うのも一見、的を得ていそうに見える。


だから如何にも博愛主義っぽい、愛の伝道師っぽい、馬鹿っぽい、胡散臭い「転校生」の言い分も、「変わっているけどそういう御目出度い奴なんだナ」と聞き流してしまいそうになるのも、解らないではない。


しかしやはり「早美都」の言い分の方が、正しい。

何故なら、一方で雄は、自分以外の雄が雌に種を植える事を嫌って、排除しようとする生き物だからだ。

中には、他の雄の種で出来た子供を、殺してしまう動物も居る位だ。


本当にこいつが、「相田」が他の男に好きにされても良いと考えているのだとしたら、

何かが、薄気味悪い、…間違っているか、或いは、謀ろうとしている。


そう考える方が、妥当だ。




そしてもう一つ、「早美都」の言い分が、正しい事が有る。

それは、誰が何と言おうとも、…


「相田美咲」は、友達だと言う事だ。


だから、どんなに「アイツ」に恨まれる事になったとしても、…

「アイツ」を見捨てられる程、俺は人間嫌いじゃない。







宗次朗:「そうか、じゃあ、…良いよな。」

宗次朗:「相田美咲は、俺がもらう。」


「早美都」が驚いて、振り返り、俺の顔を、…凝視した。



宗次朗:「だから、もう二度と、相田美咲には、近づかないでくれ。」

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