エピ017「トラウマのトリガー」

それから1時間後、確かに「相田美咲」は酩酊状態にあった。


相田:「だから「キス」よ、「唇ちゅう」じゃなくって、もっとベロ絡ませて舐めあう奴、映画とかであるでしょ、知らないの?」


博美:「先生、キスって気持ちいいんですか?」

アカリ:「私はそう思うけど、…」


「醍醐アカリ」が、少し困った風に、俺の顔を覗き見る?

…何故? 俺の「事」全否定ですか?



宗次朗:「そりゃ直接粘膜と粘膜を擦り合わせるんだから、生物的には快感を感じるに決まってるだろう、」


相田:「でたよ、宗次朗お得意のナントカ理論、何でもかんでも生理現象じゃないって言うの。 そこんとこおまうぁ解ってない。」


「相田さん」、呂律が回ってませんよ。


早美都:「粘膜と粘膜ってさぁ、男同士でも、…気持ち良いのかな?」


「早美都」、本当ゴメン、俺は敢えて、スルーする。



宗次朗:「大体、お前中学の時「彼氏」居たんだろ、キス位した事なかったのかよ、」


それで、「相田美咲」が固まった。

それで、泣く、



博美:「あー、宗次朗君いけないんだぁ、それは地雷だよぉ」


まだ完全に、傷は癒えていなかったらしい。



宗次朗:「わりぃ…」

相田:「うるさあい、どうせした事ないですよ。 悪い? 悪いの?」


あ、そっち?



相田:「身持ちが硬いからいけなかったの? だから捨てられたの? もっと色々やらせてあげれば良かったって言うの? …だって、怖かったんだもん、仕方ないでしょ!」


宗次朗:「な、何が怖い、…たかがキス位、」

相田:「ああ、「失恋王」言ったなぁ、アンタしたことあんのか?」


宗次朗:「ねえよ、」

相田:「そりゃそうよね、全打席三振の打率0割だもんね、あっはっはぁ…!」


学園のアイドルが、腹を抱えて馬鹿笑いする。足ジタバタして、…パンツ見えてるって。


酒とは、かくも人を「無制御状態」に変えてしまうモノなのか、…恐ろしい。



相田:「ねえ、宗次朗、…キスしようか、初物同士さ、さっさと済ましちゃわない?」


「早美都」がおじやを噴き出した!



早美都:「僕も、未だした事ないよ!」

宗次朗:「いや、駄目だろう、正常な判断が出来ない時に、そういう事は、…」


ちらりと盗み見た「アカリ先生」は、もしかして一寸にやけてる?

先生!何か楽しんでません?



相田:「あんでよ、タカがキスなんでしょ、動物的な行為であって、恋愛とは無関係なんだから、良いじゃない。」


宗次朗:「待て、何か、陥れられてるみたいで腑に落ちない。」

相田:「あんた、今しとかなきゃ、一生キスできないかもよ。だってアンタ恋愛しないんでしょ。一生童貞だねー、魔法使い宗次郎クン!」


宗次朗:「別に恋愛しなくても、しようとすれば出来る。」

相田:「えー、好きでもない人としちゃう訳、アンタ、ケモノ?」


宗次朗:「お前、今、さり気に風俗のお姉様方を全否定したな、あれ程慈悲に溢れた献身的な職業は無いと思うぞ、」







そしてとうとう、「相田美咲」は眠ってしまった。



宗次朗:「まいったな、どうやって連れて帰る? 大体こいつの家知らないし、」

アカリ:「酔いがさめるまで、私が預かるわ。」


部室の後片付けの後、寝息を立てている「相田」を残して学校を後にする。

外は、もう、すっかり暗くなっていた。



博美:「お鍋、美味しかったねぇ、」

宗次朗:「ああ、美味かったな、」


早美都:「僕達も、また一寸、仲良くなったのかな。」

宗次朗:「そうだな、」



人は、自分の恥ずかしい所を見せ合えば見せ合うほど、互いの信頼を高めていく生き物である。

だからと言って、全ての自分を曝け出した時に、相手が全てを受け入れてくれるとは限らない。 いや、その確率は限りなく0に近いだろう。


時には気持ち悪がられ、時には怖がられる、人は、自分の理解を超えたものを恐れるのだ。

今の居心地のいい、「自分本位の世界観」の外側に引きずり出される事を恐れるのだ。


でも、今日、壊れた「相田」の姿を見て、嫌いにならなかった事だけは、確かに断言できる。


いや、素直に言えば、もっと別の「疾っくに切り捨てた筈の懐かしい情動」が湧きあがり始めた事を、俺は認めざるを得ない。


俺は、この自分でもどうしようもない焦りにも似た感覚を、深く楔の穿たれたトラウマのトリガーを、

どうやって片付ければいいのか、判らないまま、持て余す。

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