箱入りメランコリ
ランプライト
第一章「シオン」
プロローグ「掌の上の瞳」
人はどうしてこんなにも、誰かを呪わずにはいられないのだろう、
道端でふと立ち止まった老人にぶつかりそうになって男は悪態をつき、行き過ぎた男の背中に老人は舌打ちをする、
紙コップに施しを
人々はすれ違う度お互いを忌み嫉み、思いの侭にならない境遇の理由を探しては誰かに押し付けようとする、
何故ならそれは嵐の夜の海原にも似て、高波に翻弄されようとも或いは深みに沈もうとも、漂流者に安らぎをくれるのはただ一つ諦める事のみだからだ、
そんな理不尽を慰めてくれる何かを求めたとしても、一体誰が責める事が出来るだろうか、
つまり人を呪うと言う事はそう言う事なのだ、
横断歩道の中程に、一人の少女が座り込んでいた、
忙しい人、関わり合いのない人達は早足にその障害物を避けて通り過ぎ、行く手を妨げられた者は行き過ぎ際に小さな叱責を吐き零す、
僕は、しゃがみこんで声を掛けた、
シオン:「どうしたの?」
それでも少女はただ俯いた侭、黙った侭で、
やがて信号機が色を変える、
シオン:「此処に居たら危ないよ、」
それなのに少女は、無理矢理彼女を立たせようとする僕の手を拒んで振り解き、
堰を切った様に流れ出したキラキラ光る何十台もの自転車達が、まるでバラクーダの群れの様に僕達のすぐ脇を高速ですり抜けて行く、
ナギト:「シオン、どうしたんだ?」
再び信号機が色を変えて、横断歩道に溢れだした人々の波を押し分ける様にして「川崎・ナギト」が走り寄ってきた、
シオン:「この子が、動けないんだ、」
ナギト:「立てないのか?」
僕は少女の顔を覗き込んで、漸く気が付いた、…
脅える少女の右の手首には、見覚えのある「幾何学模様が施されたブレスレッド」、
僕は咄嗟に、足元を目でさらう、
再び、信号機が音を立て始めている、
ナギト:「シオン、兎に角この子を歩道に連れて行こう、此処に居たら危険だ、」
シオン:「待って、」
足早に駆ける雑踏、
通行人A:「邪魔だ!」
見知らぬ男の鞄が、僕の頬を
シオン:「有った!」
僕はその「薄紫に縁取られた直径14mm足らずの透明なレンズ」を慎重に拾い上げて、
シオン:「もう大丈夫、見つけたよ、」
少女の耳元に、そっと囁きかけた、
それから「それ」を、そっと少女の掌の上に載せて、
再び走り出した自転車の群れが、まるで時の渦の様に僕等を閉じ込めた横断歩道の真ん中で、僕は少女を庇う様に抱き寄せる、
迷子の子猫みたいなその少女は今にも泣き出しそうな瞳で僕の顔を覗き見て、…こっくりと頷いた、
三たび信号機が色を変えて、…僕達は漸く歩道に移り、
少女はぺこりと頭を下げて、やがて雑踏の向こう側へと埋もれて行った、
ナギト:「よく分かったな、」
シオン:「ウチの親戚にも昔、AE(Artificial Eye=人工眼)を使ってる人がいたから、」
人工眼は、
2020年頃から急速に発達した視力回復手段の一つである。 後天的に視力を失った人間の網膜に電気信号を伝える電極を埋め込み、コンタクトレンズ型のカメラで捕らえた映像を、視覚情報として脳に送る。 少女が腕に着けていたブレスレットは網膜の電極に情報を送る為のデータ変換&転送器だった。
全く元通りの眼と同じと言う訳にはいかないけれど、それでも最近では複数のカメラを組み合わせる事によって、顔や文字や色も認識出来る様になったと聞く。
ナギト:「あの子、まだ小さいのに、…気の毒だな、」
思う侭にならない境遇に身を置かなければならなくなった時、心を折られそうになった時、
人は諦める事が出来る、受け入れる事が出来る、こんな自分でも決して可哀想ではないのだと自分に言い聞かせる事が出来る、でも、…
そんな理不尽を慰めてくれる何かを求めたとしても、一体誰が責める事が出来るだろうか、
僕は、とっくに見えなくなってしまった少女の背中に苦い記憶を舐めて、…ギリと、歯噛みする、
つまり人を呪うと言う事はそう言う事なのだ、
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