第二十五話 ダリオ・アバッティーニ
ダリオは侯爵の位を持つアバッティーニ家の長男として生まれた。
血は薄いとはいえ王家の遠戚であり、名門として名高い家柄の後継ぎとして幼い頃から厳しく育てられた。「侯爵家の自覚を持て」と物心ついた時から常に言われ、剣術、学問、礼儀作法など課せられた教育は同年代の子供と比ぶべくもなく、遊びに興じる時間など無い毎日だった。
それでも少年だったダリオは文句ひとつ言わず真面目にこなした。父に認められようと必死だった。
父から褒められるような事は無く、ただただ叱責が飛ぶ。それでも良かった。ダリオが何をやろうと全く無関心で、会話らしい会話をした覚えが数える程にしかない母よりはずっと愛情らしきものを感じたからだ。
もしかしたら期待されているのかも、などと夢想していたのかもしれない。
とにかくそんな父に、そして母に自分を見てもらいたい、よくやったと褒めてもらいたい。ダリオ少年は与えられたもの以上に努力をした。
そんな少年の祈りが神に届いたのだろうか。ある日起きた奇跡をダリオは喜び勇んで父に見せた。
「見て下さい父上! こんな事が出来るようになったんです!」
それは小さな火の魔法だった。広げた手の間で火が宙で揺らめいている。この時ダリオはまだ六歳。稀有な才能が有る事は確かだった。
しかし父はそんなダリオを激しく殴り飛ばした。今までの訓練でも受けた事が無い本気の拳にダリオは困惑した。
「そんな汚らわしい力は二度と使うな!」
父の言葉の意味を知ったのはそのすぐ後の事だった。
一般的には魔法使いへの差別は根絶したと言われている。だが現実には未だ根強く残っている社会がある。隔絶した田舎や魔族被害に遭った土地の周辺、そして権力の中心などである。特に王侯貴族は血筋を重視する。魔族の血が入った汚らわしい魔法使いなど、高貴な貴族として認められないという事だ。
この時初めてダリオは自分が庶子である事を知った。父の妾の女が偶々魔法使いであったのだ。それでもダリオは絶望する事はなかった。母が自分に対して冷たい態度をとる理由が分かったし、何よりそれでも父は自分の事を後継者として認めてくれていると思っていたからだ。
魔法が使える事は隠し通せばいい。それで父の体面と次期侯爵の地位が守れるならば容易い事だ。
ダリオは決心を新たに一層の精進をした。魔法の才ほどではないが、武芸にも才の片鱗が見られた。少年の頃のダリオは自信に満ち、かといってそれを鼻にかけるでもなく規範になろうとする、同年代の中心にいるような人物だった。そうでなくては次期侯爵として相応しくないと自分を律していた。
相変わらず厳しい父、自分の存在を無視する母、しかしそんな歪な家庭環境の中でダリオは真っ直ぐに育っていった。
全てが壊れたのはダリオが十歳の時。
ダリオに弟が生まれた。父と母の子供、しかも待望の男の子であった。この時のダリオは兄としてこの歳離れた弟を良く導こうと意気込んだ。率直に嬉しかった。
父がその生まれて間もない弟を正統後継者にすると言うまでは。
それからというものダリオの身辺は一変した。家の者は皆弟の事ばかり気に掛ける。父ですらダリオがどんな努力をしようと何ら関心を持たなくなった。ただアバッティーニ家の名に泥を塗るな。弟に迷惑を掛けるなと口を酸っぱくして言われた。
祝福は呪いに変わった。弟も、家族も、貴族社会も、そして自分の血筋も全てが唾棄すべき存在となった。
ダリオが自分より劣っていると思うものを見下すようになったのは自然の成り行きだったのかもしれない。
年が経つにつれ両親にも疎んじられるようになったダリオは、とうとう父から軍隊に入るように命令された。比較的安全で、貴族の子弟が主に入隊する近衛兵ではなく常備軍を希望したのはダリオなりのささやかな反抗だったのかもしれない。
常備軍としては珍しい侯爵家という高位の貴族出身であるダリオは否が応でも出世した。誰も侯爵家の公子を危険な任務に就かせる事は出来ず、かといってなおざりにも出来ず上に置くしかなかったのである。
軍といえど所詮は身分が物を言うのかとダリオは嘲り、そして少し絶望した。どんな世界でも結局は権力と血筋が全てだ。その事実は曲がった心を更に固めるには十分だった。
そんなダリオが唯一認める存在がエルゲント将軍だった。前将軍の子息であり、侯爵であるジオーネ家出身の傑物。多くの者はその人柄と話術に酔い、また、そんな彼を憎む少数の者達は政治的に黙らせる手腕を持つ彼は国の中で確固たる地位と発言力を持っていた。ダリオが見下す要素は何一つ無かった。故に本来の気質である素直さがエルゲントに対する尊敬の念と絶対的な信頼を抱かせた。
やがてダリオは副将軍となり、尊敬する男の右腕となった。同じ副将軍のアドルフォとは馬が合わず何度も衝突したがそれも些細な事だ。エルゲント将軍の元で働けるのならば下賤な者達とも多少は馴れ合ってみせよう。そんな日々が続いた。
そしてグラーフ王国との戦争が勃発。ダリオが唯一尊敬する男は死んだ。悲しみに浸る余裕は無い。ならば次に高貴な者が下々を導く番だ、そう思った。
それも壊れた。この世界は出来損ないだ。壊したのはアドルフォと……
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