河童と皿屋敷 承

 明くる朝、遠然坊とおせんぼうと境ミナトは早速河童の皿を探し始めることにした。

 遠然坊はいつも通りの着流しなのに対して、ミナトは何を勘違いしたのか大きなリュックサックをパンパンに膨らませて持ってきていた。

 さらに手には虫取り網、頭には水中ゴーグルというアンバランスな出で立ちで、ワクワクという擬音が全身から聞こえてくるようである。


「さあ師匠。早く行こ行こ。まずはどこ行くの?」


 急き立ててくるミナトに遠然坊は鷹揚おうように構える。


「どこでしょうかね。ミナトくんはどこにあると思いますか?」

「えっ~とね、僕はね」


 突然の問いであったにも関わらず、ミナトは待っていたとばかりに食い気味に応じてきた。

 口を閉じたままのリュックサックの横から手を突っ込むと、得意満面に一枚の紙を取り出した。

 それはミナトお手製のこの周辺の地図。河童の皿があると思われるところに大きくバツ印が書いてある。

 力いっぱいに書き殴り何度も消しゴムをかけた跡から、昨夜の少年の様子が目に浮かぶようだ。

 それからミナトは一つ一つの場所を指さしながら、自分の考えを述べていく。


「まずはやっぱり芥川あくたがわかな~。このへんで一番大きい川だし。やっぱり河童といえば水辺だろうしね。でもでも、山童やまわろっていう山に住んでる河童もいて――」

「では芥川から探してみることにしましょう」


 遠然坊はミナトの語りを遮って歩き出した。

 当然、気を削がれて不機嫌になるミナト。だが続く遠然坊の言葉でぷっくりと膨らんでいたほっぺたはすぐさましぼんだ。


「他の場所についての考えは、移動しながら聞かせてもらいますよ」


 へへへっと笑うとミナトはすぐに先を行く遠然坊の前に回り込んで、地図を広げながらさっきの続きを始めた。


「えっと、山童と河童は季節によって山と川を行き来するんだよ。だから~」

「ちゃんと前を見て歩きなさい。転んでもしりませんよ」


 この日の捜索は芥川の上流から下流までを一通り調べるだけで終わってしまった。

 芥川はミナトの言う通り、この一帯では最大の川ではあるものの全国的にみれば川幅も長さも大してない。

 それにも関わらずこれほど時間がかかった理由、それは芥川周辺の妖怪に出会う度にミナトが中々その場から動かなかったからである。

 気付けば太陽が半分地平線に呑み込まれていた。ミナトはまだ探したいとごねったが、遠然坊はここでは譲らず二人は店へと引き返してきた。


「結局、肝心の皿についてはまったく手掛かりがなかったね」


 台詞とは裏腹にミナトの表情に暗さはない。彼にとっては多くの水の妖怪に出会えただけで十分な収穫だったからだ。

 そこへいくと遠然坊の収穫はゼロのはずなのだが、こちらも気落ちした様子は特にない。これに違和感を覚えないほどにミナトは鈍い少年ではなかった。


「でもいいの、師匠? 明日には皿を見つけられるなんて言ってたけど」

「まあ何とかなるでしょう」


 遠然坊が多くを語らないのはいつものことだ。ミナトは彼を信頼し何も聞かずにおいて楽しみを明日にとっておくことにした。 


「じゃあ師匠。明日も来るからね」

「ミナトくん。明日はその大荷物は置いてくることをおすすめしますよ」


 次の日。ミナトにしては珍しいことに、素直に師の言葉に従い手ぶらの状態で遠然房を訪れた。

 昨日は興奮していて気付かなかったが正直あの量の荷物は少年の小さな体にはかなりの負担だったのだ。

 ともあれ身なりも軽くなり前日にも増してやる気満々のミナト。

 ところがいざ暖簾をくぐってみると、そこには椅子に深く腰掛け山のように積んだ本を読むふける遠然坊の姿があった。


「師匠、本なんか読んでる場合じゃないよ。もう一日しかないんだよ」


 そう言ってミナトは危機感を促すが遠然坊の意識は書に埋もれたまま生返事しかしない。

 あまりにも困難な状況にさしもの遠然坊も諦めたのだろうか、とミナトは考えを改め始めた。


「もういいよ。僕一人で探しに行くからね」


 失望感を抱えながら捨て台詞とともに店を出て行こうとするミナト。

 そのとき、二日前と同じように鈴の音が鳴り響き少年の出鼻を挫いた。


「いらっしゃいませ。ようこそ遠然房へ」

「旦那。見つかりましたか、おいらの皿は!?」


 来客はもちろんあの河童である。

 遠然坊はいかにも心苦しいという表情を作りながらに現状を伝えた。


「残念ながら。当方としても最善は尽くしておりますが糸口さえ掴めておりません。今日も朝から捜索しておりましたが進展がなく、今方戻ってきて頭を抱えていたところです」


 息を吐くように事実を偽る遠然坊の豪胆さに、ミナトは軽蔑すると同時にある種の感心さえ覚えた。


「そうっすか。いや、おいらもこのつるっ禿の頭を抱えながら考えてたんすけど思い出したことがありまして」

「ほう。何を思い出されました」


 その一瞬、遠然坊の細められた眼の中に怪しげな光が湛えられたのをミナトは見逃さなかった。

 窮地に立たされている河童はそれに気付くような余裕はなく、ただ一刻も早い解決を望んで気付いたことを伝える。


「実は恥ずかしいことに数日前に川に流されたことがあったんすけど、そのときに落としたのかも、と」

「なるほど、それでその流された場所は?」

「芥川の上流から三本目の支流です」


 昨日の捜索の範囲は本流だけ。支流の方はまだ調べていなかった。

 河童の話を聞き終えてからの遠然坊は、さっきまでの沈黙不動が嘘のように迅速果断だった。


「では早速そこへ出向いてみるとしましょう」

「お、おいらは悪いけどここで待たせてもらっていいすか?」


 河童は二日前と比べて大分弱っているように見えた。やはり皿がないと段々と力が抜けていくらしい。

 遠然坊はこの申し出を了承し続けて言った。


「帰ったときにはお約束通り、よい結果をお伝えできるでしょう」

 そして最後にミナトへと視線を送る。

「君は……ついてきますよね?」

「もちろん!」


 こうして河童の見送りを受ける中、二人はこの事件の大詰めにして発端の地を目指して歩き出した。

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