7A

 真っ赤なトラックの後席で、手を振っているハートさん……が、雑草のと連なる向こうへと隠れていくのを見届けて。


「ハートさん、格好いいですよね。」

「そうねえ。でも、タイプじゃないわ。」


 まずは……と慎重に入れたさぐりを、一瞬でゴミ箱に放り投げられて。僕は、作り笑いのまま固まってしまい。そのままジェンに、会話の主導権を奪われてしまった。


「すっごく優秀な方だけど……ね。その様子だと、うまく解決してもらった様子だし。」

「……知ってたんですか?」

「さっきのドライバーさん、第二うちを見張ってて……ロージーに詰め寄られた人だったんでしょ。」

「ええ……。」


 そういえば。あのとき『ハートさんに相談する』って言ってたな、ジェン。本当に、渡りをつけてくれてたんだ。


「助かりました。まさか、僕を狙っていたとは思いませんで。」

「えっ? ふーん……。」


 急に表情を緩め、意地悪そうにニヤニヤするジェンに、ドキッとした。


(……な、なんだよ?)

「まあいいわ、ゆっくり聞かせてもらうから。」


 そう言って。テラスとは反対側の、カーポートの方へ手招きするジェン……に、ついていくと。オープンスペースに停められた橙色のSUVリワンゴDの向こうから、シャッターが上がり始める音が聞こえてきた。多分、ジェンが握っているペンダントがリモコンなのだ。


「ここしか空いてないけど、エアコンもあるから。」


 ――と。簡素な木製のスツールを僕に勧め、シャッターをリモコンで降ろしつつ、奥の方へと引っ込んでいったが。僕は、ガレージで待ち受けていたもう一台の車に驚いていた。


(これは……!!)


「クラッカーしかないけど、いいー?」

「おかまいなくー!」


 キッチンにいるらしい彼女に届くよう、大声で返しながら。ガレージにしては随分と明るい照明のもとで、目の前の『秘書車セクレタリ・カー』……白い2ドアのファストバック・クーペ(で、よかったっけ?)を、じっくり観察していた。


(この……前フェンダーの凹み。どう見ても、車だよな……?)


 腰を上げて、車の周りをぐるっとしかけて……空調操作ダイアルの真下に、シガーソケット充電器が挿し込んであるのが目に入った。携帯セルラーの充電にでも使っていたのだろう……と、白いコードを目で辿っていって、ギクッとした。


(何だこれ……異常に長いな?)


 シフトレバーの根本を避けながら、運転席と助手席の間を伝い、申し訳ばかりの後席のうえで、平たい電極板のない……単純なACジャックをくうに向け、そこで終わっていた。データ通信線がないのだから、今時のモバイル端末を接続するためではなかった……ということだ。

 それで僕は、さらに目を凝らして。後席の座面が、左側の中央だけ妙にへたっていて。そこだけ黒味が強く、繊維の退色が進んでいないことに気づいた。何か重たいものが、ずうっと載っていたのかもしれない。


(後席シートベルトで固定するカーステレオ……なんてあるか? 前世紀のラジカセboom box?)


 何か他に?……と思って、フロアーへ目を移すと、今度はが落ちていた。よく見れば、黒くて太いケーブルが繋がっていて。左右の座席を分かつよう、前後に走るセンタートンネルから出ているのだ。


(……後から来ている?)


 周囲をぐるぐるまわりながら探し回った末、全く同じケーブルが。リフトバックの開口部を跨ぐように、天井とCピラー内張りトリムとの間から……バックドアのヒンジ付近に垂れているのを見つけた。リアウィンドウの曇止め熱線デフォッガーに繋がるコードと違って、ではない。そして、バックドアの丁度外側には、可倒式のアンテナが装着されていた。引き込み式のアンテナが、運転席側Aピラーに備わっているのに……だ。要するに、つまり、これは……嗚呼……!


(ピイイイイイィイイイィ――ッ)


 遠くの方で、湯沸かし器の沸騰サインが鳴り響き、すぐに鳴き止んだので。何食わぬ顔でスツールへと戻った。には住んでいる筈だから——間違っても、ジェンに気取られてはならない……絶対に。

 実際すぐに、先ほどと同じ香りを漂わせながら。二杯目のインスタントコーヒーと、クラッカーを積んだプラスチックの籠を。器用に両手で抱えながら、ジェンが戻ってきた。


ねえ……困ってるのよ。」


 車の正面に置かれた、白木の作業テーブルに……降ろすのを手伝った後。スツールを移動させて、ジェンと向かい合うように腰を下ろした。


「ロージーの、ね……知らなかった。」

「昨日、帰ってきたとき。『車は売却しましたから』って。書置きがあったんだけど……ちょうど読んでる最中に。買い取った業者が持ってきたのね。」

「は?」

車体番号VINが違うのが判った、とか何とかで。あの子も小切手チェックを置いてったから、予想していたのかも……だけど。」

「……。」


 書置き、という言葉に改めてショックを受けて。ジェンを見つめたが、座り込んだまま……動く気配がなかったから。「書置き」を見せるつもりがないのだろうか。口に出そうか、出すまいか……に、気を取られていたので。こう、彼女が言い出したのにギョッとした。


「車体に弄った形跡があるから。警戒したのかしらね。」

「いじった?買取屋が……?」

「え?……ハハッ。何言ってるの? 迂闊carelessよ。」


 何気なく聞き返せた筈なのに。

 ジェンの顔は、また……超・意地悪っぽいニヤニヤで埋まってて。凍り付いた僕は、促されるまま、ゆっくりと。彼女が指さしている天井のほうを、見て、ギャーッ!!となった。


「監視カメラで……ずっと?」  

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