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 郷里から来た三人が、静かに去っていくのを見送った直後。警官が一人、小走りで駆け寄ってきて。携帯セルラーで通話中のハートさんに向かって、身振り手振りで。出発の準備ができた――と。


「……ん、そういうことなら。では、これから。」


 そう言って通話を切るハートさんから、警官はを受け取って。そのまま走って行った。そして――


「スムーズに行ってよかった。あとは警察彼らに任せよう。」


 ハートさんが、僕にそう言うので。あれ?……と思って、パトカーの方を見たところ。警官たちは、既に全員が乗り込んでいて。ドアを閉める音が、バン、バンッ――と響き渡った後に。その二台のうち、街道に近い側のセダンが、ハンドルを切りながらバックを始め。パーキングを後ろ向きに旋回して、お尻をこちらに向けて停止したので。残るワゴンが同様に旋回し終わるまで、後部座席の……護送される狙撃者の様子を。リアウィンドウ越しに眺めることができた――……の、だが。


(?……何で、左右を固められていないんだ?)


 初老の狙撃者は、セダンの後部座席でに陣取って、左側に座った警官と談笑しているかのようで。「現行犯」にも「容疑者」にも見えないのだ。どちらかと言えば――


「ん。……殺意はなかったんだ。署では、身柄を登録されるかもしれないが……告発chargeされることはないだろう。大陪審grand juryが動くような事件でもない。不服かね?」


 僕の表情を読んで、ハートさんはそう尋ねた。二台のパトカーは、セダン型に続き、ワゴン型のも動き始めたが。その後ろ側……の、リアゲート越しに。消音器サプレッサーの付いた銃身だけが、見えていた。そして街道に降りた後も、セダンの後席は、和やかな雰囲気のまま。凶器を積むワゴンを伴って走り出し、すぐに見えなくなってしまって。とっさに辺りを見回したが、とくに見物してる人々もおらず。まるで。――まるで、ほんとうにかのようで。


「あの……方は、要人なのでしょうか? まるで……」

「この州の警察として、無下にはできない人物……とだけ言っておくよ。むろん君は被害者だから、告発しようと思えばできる。するか?」


 静かな話し方ではあったが。何か、既視感のある選択肢……を、つきつけられて。僕はとした。


「僕から調書をとらなかったのも、そういうことですか。」

「それは違う。ずっと録画していたレコーダを、彼に渡しておいたから。後で呼ばれて、署の方で起こした調書に、サインを求められるだろう。」


 成程。さっき渡したのは、アクションカムだったのか。とはいえ……


「ただ。とうぜん君には、事情を聴く権利がある。警察ではない、わたしからね。」


 そう言うハート氏の背後に、ぬっ……という感じで現れた長身の中年男を見て、!と気付いて。思わず大声が出てしまった。


「貴方……なんです? 以前からこの周りをうろうろしていましたよね? 僕に何の御用ですか?」

「……。」


 男の顔は、僕の方を向いてはいたが。目を伏せて、何も言おうとしない。ただ、少なくとも。僕のことをらしい――ことだけは、充分に伝わってきた。なのに、何故……。


 結局は、ハート氏が。ご自身の頭越しに続いている重苦しい沈黙――を破り、助け舟を出してきた。


「うむ。この……彼の事も含めて、車の中で話そう。この後、何か予定があるかね?」

「いいえ。」


 僕がそう答えるなり、長身の男は走り出し。隣の――プリズモダールの方に消え。おいおい、逃げたのか?……と思う間もなく、運転手となって戻ってきた。


 まったく見覚えのない、ミニバンで。

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