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『でも実際は……新規制の公表が先だったから、
「いや、そうじゃぁなくて……!」
思わず(頭の中の)ビルへ不満が出てしまった。すぐ上を飛ぶヘリの所為で、目の前の路面が暗くなったり明るくなったりを繰り返すなか。とめどないビルの「走馬燈」は、目下の危機を脱するのとは関係ないだろうに、なぜか僕は拘っていた。この直線道の終わりが見える前に、これを確認できないとまずい……それだけが頭にあったのだ。
『また変に駆け引きが上手くてな、単に「うちのを使って」と言われても応じないわけさ。新しい工場のために合弁したといっても、当地の規制で、外資の出資比率はかなり抑えられてるから。提案なら他所からもある、どうしてあんたんとこから買わないといけないんだ?……ってな。』
「そこ!!……出資って、どこの?」
『結局。系列に出向経験のあるベテランのエンジニアたちが、当地に送り込まれる羽目になっていた。もちろん、ウォレスのステイツ向け新型車を開発するために……だよ?』
「だから、どこの!!」
頭の中のビルは「走馬燈」だけに巻き戻すことはできなかった。どんどん喋り続けるのに、欲しい固有名詞がなかなか出てこない。僕自身、聞き流していた蘊蓄だし。ここまで脳内再現できること自体、驚異なのだが……ああ、じれったい!!
『さぞかし、最新鋭の電装技術を絞り出されたと思うだろ? いや、これが傑作でな。もう、とにかく……とにかく軽くしたいから、
「ビィー!!ルゥー!!」
走馬燈と同様、僕の意思と無関係に走り続けるシェヴラは。とうとう、無骨な戦闘車両(?)の一台に並ばれて。もちろん、眺めたりしている余裕など全くない。あー、もう、はやく……!!
『古巣へ戻ってきたベテラン様たち全員、プププッ……洗脳されてる!!って、大騒ぎになってな。ホンゴクで骨の髄まで叩きこまれてる
『何のです!?』
『ハートだよ、ノヴァルの。』
そうだ。はっきり言っていた……「ノヴァル」と。
(やっぱり。)
それで完全に理解して、腑に落ちた。
BBLさんが僕を缶詰にした場所が、この車内だったこと。目の前のナビゲーション画面が、マンファリと同じであること。へんてこりんな姿なのに、何ら違和感なく動かせたことからも。
僕が調べてきたそれと、同じはずだと、信じられる。
シェヴラテインの仕様は、2006年頃に固まったそうだから、ブックホルドさんのキャブラよりは新しい。とはいえ、この頃は未だ、ブレーキ・オーバーライド・システムの装備は無かったと聞く。
それでも「同じ」なら。少なくとも、サブCPUの最終防衛フェイルセーフである「ブレーキ・エコー・チェック」は確実に装備している筈であり。逆に、それだけが頼りであると。
……しかしそこで、また別の「走馬燈」が廻りはじめた。僕自身が見聞きしたわけではないのだが、ブックホルド事件ではない、別の
Q:『でも、この方は反射的に左足でブレーキを踏んでおられますから、ブレーキ・エコー・チェックが働く筈ではないですか?』
A:『いえ、そうとは限りません。』
Q:『あなた方のテストでも、常に作動したのではなかったですかね?』
A:『この特定のUAについて私どもは……ソフトウェア誤動作によるものだと考えてはおりますが、タスクXの死亡だとしても、それ「だけ」によるものかわかりません。原因は、ソフトウェアの異常動作ではあったでしょうが、タスクXなのか、タスクXと他の何かの組合せだったのか……は判らない、ということです。ですから、フェイルセーフが動作する筈であったかどうかはわかりません。たとえ、タスクXが原因であったとしても、このブレーキ・エコー・チェックに確固たる信頼性はないと判明しております。』
いま、僕の右足は宙に浮いているから。
このままブレーキ・ペダルに踏み下ろせば、サブCPUが「ブレーキ:ON」と認識するだろうし。それで、メインCPUへの問い合わせ結果が「ブレーキ:OFF」のままだったら、ブレーキ・エコー・チェックが「異常動作である」と判断してエンジンを落とす筈……だろう。
ところが、バイエル証人は「そうとは限らない」と言う。
Q:『こういったフェイルセーフが発動して、信号の不一致がさらに長く、どれ位でしたかな……そう、3秒程続くと、車はエンストするのでしたよね?』
A:『その通りです。このブレーキ・エコー・チェックがタスクXの死亡に反応する場合、まず0.2秒後にスロットルへの供給を絞り込み、そして3秒後には……もう少し長く、3.5秒後になるかもしれませんが……およそ3秒後にはエンジンを停止することになるでしょう。』
Q:『ブックホルドさんの車はこの事故でエンストしなかったのですよね?』
A:『その通りでございます。そして、エンジン停止といっても確実ではございません。常に作動するわけではないのです。』
詳しい理由の説明はないのだが。ブレーキを踏んでも、エンジンは止まらないかもしれない……と。その場合はどうなるのか?
Q:『ソフトウェアのバグでスロットルが開いてからタスクが死亡したというお話も、タスクが死亡してからバグやメモリ破損でスロットルが開いたという話も、実車テストでは再現できていませんよね?』
A:『おっしゃる通りです。昨日申し上げた二次破損の話は、実車では証明されていません。そもそも、試みておりませんでしたので。』
Q:『成程ね。さて、ブレーキをポンピングした際に倍力用の真空が補充されないという件ですが、どれほどスロットル角が開けばそうなるのでしょうか?」
A:『ブレーキの真空倍力が補充されないスロットル角については、色々と伺っております。NUSAは30%付近を挙げていました。これは、三分の一ほど開いている状態ですが、他の専門家は。もっと小さい値や、大きい値を挙げています。』
バイエル証人が言うには。ある程度スロットルが開いてしまうと、吸気抵抗が負圧を生み出すことはなくなるから。ポンプを装備してない普及車では、「真空を使い切った」後はブレーキが利かなくなると。つまり、ブックホルドさんは「一回のブレーキ操作で」キャブラを止められなかったから。真空が枯渇してしまい、倍力を失ったのだと。
それなら逆に。エンジンが止まった場合は、どうなのだろうか? バイエル氏は「再起動をするのではなく、エンジンを止めてしまうのは良くない」と言っていたようだが。これも要するに、ピストンが止まれば吸気も止まり……負圧を生み出さなくなってしまう》》ために、真空倍力が回復しなくなるからだろう。つまるところは……どっちも地獄という訳か、やれやれ。
なので。どうやら「フット・ブレーキいっぱつ」で止めるしかないようだ、が。
「なッ…………マジか!?」
と、思わず息を呑んだのは。ハイウェイが、いつの間にか。谷間を縫う高架の上にあり。減速後に停車できそうな路肩が減少して、しかも大きく左右に連続するカーブで、ガードレールに当たっても、奈落の底へダイブしかねないから……だけでなく。
無常にも、下り坂が始まっていたからだ。
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