THAT'S WHY そういうことだ!

41

 ここは、通常のオフィスのように清掃業者を入れてはので。週明けなどは、僕が掃除しながら皆の出勤を待つところ……だが、この日に限っては。

 裁判所が「身代金ウィルス」から立ち直っているか、としてシステムの接続方法に変更がないか、にせよ第二ここから裁判所のwebサービスへ正常に接続できるのか……を。いちいち確認しながら、ネットワーク機器の設定を調整するところから始めていく必要があって。


 僕が管理コンソールに張り付き、ボス自ら机を拭いたりしているので、ビルやジェン、そしてロージーも。仕方なく、掃除のようなことを始めた。


「今日はな、久しぶりにお見えになるぞ。」

「……というと?」「トグラさん?」「トグラさんね?」

「うむ。」


 久しぶりにノヴァルの人が来る……聞いたからなのか。ボスは、いつもより随分と身綺麗にしているようにみえた。


正義省MOJの声明に電子制御スロットルE.C.T.S.のことが出ていない……と確認できて、すぐに『日曜のうちに着くようにする』と連絡があったからな。」

「じゃあ、もういらしてもおかしくないですね。」


 ビルが返すと同時に、街道から歩道を跨いでパーキングに上がってくるタイヤの音が。室内にいる、誰の耳にも届いたようだった。低く唸るような排気音……ということは、タイツォータさんの電気自動車キロ・ワットではない。


「助手席にトグラさん、いるね。」

「自転車じゃ……ないの?」


 ジェンが眉をひそめた。

 トグラ氏の自転車は、未だガレージにあるから。「さすがにそれはない」と思いつつも、確かに。

 何かが、いつもと違う。


「たしか、州営業支社の送迎用のだな。運転手がついている。」

「じゃあ、『アーテラス』?……にしては、小さいようだけど」

「あれは、格下の『アートマン』。フリートのお客さんは重要顧客だけど、ブランドイメージを考えるとプラスとは言えないし、さすがにVIPカーアーテラスは使わないよ。」


 さすがにビルは詳しい。アートマンは、キャブラより少し大きい程度の、よりフォーマルな4ドア車で。超実用車のキャブラとは違って、エンジンの回転軸が車両の前後方向に配置され、そこから伸びたドライブシャフトが後輪を駆動する……と聞いた。ノヴァルのラインアップでは、プレミアム・ラインのローエンドと位置付けられ、キャブラや……さらに大型のキャビーネよりも一回りは高額である筈だ。

 それなりに堂々とした黒いボディは……しかし、駐車することはなく。降り立った人影をその場に残し、街道へと降りて戻っていってしまった。


「誰かな? 出迎えなくていいのかな。」


 ビルの一言に、ボスがちょっと驚いて。


「なに……トグラさんだけ、じゃないのか?」


 両手に荷物を下げて歩いてくるトグラさんのスーツ姿……の後ろに隠れてよく見えないが、確かにいるようだ。ボスが小走りになって、迎えに出ていく。


「あれ、誰かしら?……ホンゴクの人っぽいけど。」

「まったく見覚えがないわね。」

「僕も出たほうが……」


 ビルの決断は間に合わず。両手がふさがったトグラさんのために、ボスが押し開けたガラスドアを慌てて支えるのが精いっぱいであった。


「ありがとう。久しぶりだね、ビル。皆に紹介するよ、この方は……」

「不要だよッ。」


 甲高い声とともに「販促くん」が押しのけられ。トグラさんより一回り小さい体躯の男性の、作り物めいた微笑みが。来客だとしても厚かましい程の勢いで、入り込んできたので。僕は慌てて立ちふさがった。


「なんだ?」


 ジャケットすら身に着けておらず、背丈も僕とどっこいなのに。短い一言のなかにさえ、強い威圧を感じた。しかし、僕としても引き下がるわけにはいかない。


「スマートフォンなどをお持ちではないですか? たとえノヴァルの方でも、通信機能のある電子機器類は持ち込めません。規則なので預からせて頂き……」

「だから、もう不要だと言ったのだ!トグラ君、状況を説明したまえ。」

「ええ。そうですね……」


 キイキイ声を発する未知の人物に、弱り切った調子で応えるトグラさんの様子に。ここの全員が目を丸くして、次のひとことを待った。


「ホンゴクの決定で……本日の午前10時をもって、この州の事件を全てタイツォータへ戻すことになった。この施設はO州ノヴァル営業支社に返却しなければならないので、D&Dの皆さんはマットロウさんと撤収作業を始めていただきたい。」

「そういうことだ!」


 この衝撃的な宣告が終わるや否や、笑い顔の男性は……と居室の奥へ進み始めていた。


「あの、ちょっと……」

「トグラさん、この方は?」

「ホンゴクのCEOノバル=ヤキヨの特命で来られた、ハバリ=ガン氏だ。実のところ、私もお会いするのは初めてで……」

「ずいぶん狭っ苦しくしたな。こんなボードは要らない。すぐに外してもらうよ。」


 紹介された傍から、その人物は。カウンターテーブルの奥の「壁」を指さして、そう言い放った。普通の人が見れば「壁」にしか見えないそれは……端末への配線を隠すために追加した「ボード」なのだ。この人物はそれを見抜いたということになる。

 そして。僕は僕で、NLSCとの接続ができなくなっているのに驚いていた。とはいえ、インターネットとの接続そのものには全く異常がない。「権限がない」というエラーで、ノヴァル側のホストコンピューターに接続できなくなっているのだ。ノヴァル側のアドミニストレータ……ファーレルさんとか……でなければできない変更が行われた、としか思えなかった。それはつまり、トグラさんの言ったことがということだ。

 それでボスも。僕の様子をみて、何が起きているか理解したようで。


「ハバリ氏の到着を、D&D本部ヘッドクォータに報告します。マットロウさん、電話機を全員に返却してください。」


 半信半疑のまま金庫を開けると、複数の呼び出し音が鳴った。ひとつはの固定電話、もうひとつは下半分が多数のキーで覆われたスマート・フォン……つまりボスの電話機で。そのまま手渡しながら、自分も電話に出た。


「もしもし……?」

『ファーレルだ。びっくりしたかい?』

「それはもう。予告なかったものですから。」

『悪かったね……でも、そういうことさ。君も、D&Dのローヤーを見張る任は解かれた。』

「僕はどうなるので?」

『法務システムから、インフラ部門へ異動になる。ハバリ・サンのために、を再整備するんだ。誰の下になるか知らんが、光回線も引いていいらしいぞ? おめでとう。』

「ええっ?!」


 居室に目をやると。早々に通話を終えたボスが、両肩をすくめていた。ハバリ=ガン氏の姿は消えており。奥の通路からガレージの方に抜けたのか、キイキイ声だけが聞こえてくる。


「何で、ウォレスがあるんだ?」


 アレの指示で、ここを……?と思いながら、通話に戻った。


「どういうことなんですか?」

『そこは古巣なんだよ、ハバリ・サンの。それで、ノヴァル・ホンゴク肝いりの新事業を立ち上げる……拠点にするという話なんだ。』

「こんなとこを拠点に、ですか?」

「いま何と言った? 『こんなとこ』だと……ッ?」


……と。あたかも我が家に居るかのような足取りで戻ってきたハバリ氏に、僕は肝を冷やした。


「すみません、もともとは自動車整備工場だと聞きましたもので。販売所に改装したとはいえ、決して事務に適した施設ではないので、少し驚いたのです。」

「誰が改装だと? もとからここは、ディーラーだったのだぞ。」

「えっ?!」 

「40年以上も前、ステイツ進出のために開設された最初の販売拠点だ。どこの販社も相手にしてくれなかった頃のな。ステイツ・ノヴァルにとっては、歴史的な施設なのだよ!」


 思わずボスたちのほうを見たが、ジェンもボスも意外な様子だった。でも、確かにこんな中途半端な施設を残しているというのは。事情でもないと説明できない気がして、納得感はあるのだった。それでビルのほうを見ると、熱心に頷きながらメモをしていた……やれやれ。


『そんなことだから、まだ「首」はつながっているぞ。よかったな?』

「インフラは、ほんとうに刷新するのですか?」

『いや。今の環境のままでもいいんじゃ?……という話も出てるな。でも、アドミンの任は継続できるよ。』

「はあ……」

『まあ、まずは……話し相手にでもなってあげな。必要な工事とかを手配することになるだろうから。』

「……わかりました。」


 D&Dの皆が引き上げたら、僕だけでこの方の御相手をするの……?とは言えないまま、電話を切った。当のハバリ氏はもうこちらに構っておらず、ボスの相手をしていた。


「本日、タイツォータ側の手配で、ここの書類を運び出す車が来ることになりました。かなりごった返すことになると思いますが、ハバリさんは如何されますか?」

「確認することがある。昼まで居るぞ。」

「昼食はどうされますか? よろしかったら……」

「いらん。かまうな!」


 順応の早いボスが、ハバリ氏の扱いに慣れ始めているのを感じながら、僕の目は屋外の異変を捉えていた。いつの間にかシャッターが開けられて、ウォレス製の超小型車:シェヴラテインの「顔」が見えている。そして、その横から……見慣れたシルエットが飛び出してきたのだ。


「あれって、どういう……?」と、驚く僕。

「もう帰るのかしら?」と、ロージー。

「呼び出された……って。」と、ビル。

「逃げたんじゃないの。」は、ジェン。


 スーツ姿のまま、ヘルメットだけを引っかけて。トグラ氏の自転車が街道へすっ飛んでいくのに、呆れて。


 ボスを除く全員が、今後のことを想像しながら。

 酷く、ゲンナリしていた。

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