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(何だと?)

 クァンテーロの一家は……父が死んだとき、僕の帰還を歓迎せず。住処は二度と提供しないと主張したはず。何故、今になって「一族の一員」扱いするのだろうか? 何か、嫌な想像しかできないのだが。


とは、よく話すんだ?」

「ラビーニャの愚痴を拝聴する立場なの。わたしは」

「なるほど。」

「叔父様は、どうかしら……だけど、従妹たちからは。そんなに悪く思われてないわよ、貴方は。」

「えー……?」


 そういう風に言われると、どうしても。あまり愉快とはいえなかった……子供のころを思い出してしまう。父と一緒に、叔父のクァンテーロの家に住み込んでいた頃を。


 あそこの大広間には、大きなテレビが鎮座していたのだけれど。まだ、フラットパネルではなかった頃なので。今とは違って、躯体の厚みや重さもさることながら、お値段が相当なものだと聞いていた。そして毎夜、食事時が終わると。大叔父の号令で、その大テレビ様の前に集合して。みんなで州ローカルの報道番組を見て、キャスター・コメントへ大叔父が厳しく突っ込むのを。ずっと拝聴していなければいけないならわしだったのだ。

 そのころの僕は、ほぼ使用人に近い扱いであったので。調理場キッチンの手伝いをしながらも、うまく(その場で)自分の食事もしなければならず。ダイニングのほうで一家の食事が終わった後には、その片付けもしなければならなかった。

 ところが。その「大テレビ会」にも、参加していないと酷く怒られる。それで呼ばれて観ていると、今度は「何で片付けにいかないんだ!」と叱られるのだ。そんなだから、タイミングが悪いと自分の食事すら満足に貰えないこともよくあった。

 要領の悪かった僕は。うまい頃合いというか……切替えのタイミングを掴めずにグズグズとしていて、そこで「オラオラ」と引っ立てに来る役割を。一家の中で一番年の近かった彼女:ラビーニャが務めていた……というわけだ。まあ「近い」といっても。たしか、僕より3つか4つぐらいは上だろうか?

 ファラなら、この一言で通じるだろう。


「まあ、でしたからね。僕は」

「貴方のお父様も。同じ年頃では、だったそうよ。」

「えっ?」

「意外よね。わたしの知っているお父様も、いろんな方面に通じておられて、ご友人も多くて。ほんとうに敏腕そのもの…という印象だったわ。でも、うちの年寄はみんな。『だった彼が、あんな優秀になるとはねぇ…』っていうのよ。」


 え……そうだったのか?


 ファラの一族のなかのことは、全然知らない。

 そのほかに父の若いころを知っていそうな(クァンテーロの関係者でない)人間といえば、ラーソン弁護士ぐらいしか思い当たらなかった。

 あの人は、まあ……そういうことは、知ってても言わないだろうから……。


「それは。父が……その……頼りなかったから、マットロウの家へ出されたということ?」

「そこまでは知らないけど。」

州立大学State Univ.まで行ってたのは……」

「マットロウの旦那様の意向だったらしいわ。手伝いに入ってもらうより、まず勉強してこいって。」

「……。」


 知らなかった……という言葉は口から出ず。無意識に攪拌していたコーヒーの、泡の渦を眺めるばかりで。


があったから、叔父様は貴方を遠ざけたかったんじゃないかしら。」

「僕が、とんでもなく優秀になって帰ってくると?……でも、だからどうだと言うの?」

「従妹たちより優秀になるかも……だと、心配じゃない。」

「ええ……そういう……?」


 ずいぶん踏み込んで来るな?……と思ってファラの顔を窺うと。ほんとうに僅かな目の動きが『決意』と『迷い』との間で……行ったり来たりしているように見えた。何というか、決然とした宣託オラクルじみた言い方の多い彼女としては、珍しいことだ。いったい、何を気にしているのだろう?


「とにかく。少なくとも、従妹さんたちは……貴方のことを悪く思ってはいない。むしろ……貴方が優秀になったと想像して、頼りにしたい位じゃないかしら。」

「クァンテーロの家計がピンチだから、多少は稼ぎを入れてくれないか……って?」

「さあ、そこまでは。」


 ファラが、クァンテーロの家の使者を買って出るだろうか……? いや、懇意にしている取引先とはいえ。そこまでの義理はないだろう。だとすると――


「でも。わざわざ時間を割いて、報せてくれて有難う。ファームのほうから僕に接触があるかもしれない……ってことだよね。」

「ええ……。」

「何か他にも?」

「あそこの叔父様、かなり体を悪くされてるようなの……だけど。」

「だけど?」

ファーム一帯での影響力は健在よ。気を付けて。」


 そう言われて、急に。今日、事務所うちを物陰から窺っていた「着古したスーツの男」を思い出した。あれは連邦警察なんかじゃなくて、ファームが雇った探偵だったのか――あるいは。クァンテーロ家の代理人の弁護士で、僕との接触の機会を窺っていたのだろうか?


 返事も忘れて難しい顔になっていた僕の前で、ファラが携帯セルラーを取り出して連絡を始めていた。

 おそらくは、どこかで待機しているであろう ニコラス=ド・リィ……へと。

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