2B

『スロットルの電子制御については、私どもは四階層からなる多重安全対策をとっております。』


 5年も前から、ノヴァルはそのように説明していた。


 交通安全局NTSAの要請のもと、フロアマットにアクセルが噛み込む危険を注意喚起し、(にもかかわらず)踏み込みの復帰に問題アリとしてペダル部品をリコール無償交換した後も、ノヴァル車の「意図せざる加速」事故は頻発して。各州や連邦の議員達までがECTS電制スロットルを疑いの目で見るようになって。各マスメディアでは、ノヴァル広報から繰り出される決まり文句を目にする頻度が上昇していた。

 三年前にNUSA宇宙開発局報告が出た後、一時的に減ってはいたが。半年前、ブックホルド事件の和解の公表からというもの、またぞろ息を吹き返してきた。


 とは言えである。スロットル制御に異常が出て、エンジンに入る空気の量がどれほど多くなったとしても、投入する燃料が少なければ。心配するほどのパワーは発生しないのではないだろうか?

 そのような疑問をぶつけてみた……ときのビルの様子は、思い出すだけで身震いしてしまう。


「んん~。んんんん~っ!……………っ!」

「ど、どうしたんですか。」

「御免、ちょっと言葉にできない。……っ」

「は?」

「……ああ。それとも、何処かで聞いてきたのかな。『燃料フューエルカット』のことを。」

「何です、それ?」

「………おぉう。」


 ええと、どうもですね。

「トランク」が何のことか分からないほど重篤な車音痴terribly ignorant about carsだったのに、とうとうな質問をするようになったというので。感慨にむせいでいたようなのだ――ビルは。それはどうもお世話様でした……。

 それで少し落ち着いた後、何か誤解をしていたことに気づいたのか……(若干)我に返って、説明を始めた。


「アクセルを放したとき。エンジン回転数がある程度高ければ、自動的に燃料供給を止める機能があるのさ……『燃料フューエルカット』という。」


 んん……?


「アクセルを緩めれば、スロットルから入る空気は減りますよね。それに合わせて燃料を減らす……のとは、違うのですか?」

「足をアクセルから退けたときのことさ。エンジンが止まらない程度にエアは入れるし、燃料も入れる……と前に説明したよ。」

「ええ、だからそうなるのでは?」

「いや、回転数が高いときは、エンジンが止まる心配がないので、燃料供給を完全に止めてしまうんだ。ガソリンの節約になるし、エンジンの回転抵抗で減速もできるからね。」


へー!成る程……


「賢い機能ですね。それも、スロットルを電子制御することで可能になったわけですか。」

「いや、これは昔からある。」

「---☆ありゃ。」

「まあ『昔』といっても、燃料の供給を電子制御するようになってからのことだけど。」


 要するに。エンジンでのコンピュータ制御は燃料系のほうが先に導入され、それから20年以上も遅れてスロットルも制御されるようになった、という流れなのだそうだ。


「まあだから、スロットル制御のなかった時代も。エンジンに入るエアの量に応じて、コンピュータが燃料の量を決めていたのさ。」

「え、でも。アクセルを放したことが、その時代のコンピュータに解るのですか?」

「うむ。それぐらいなら、スイッチがあれば足りるからね。」


 ちょっと上機嫌すぎて、気味の悪いほどだったな……あのときのビル。


「じゃあ、電制スロットルを導入した後も……その、燃料系の電子制御は。ほぼそのまま持ち越しキャリーオーバーだったのでしょうか。」

「最近の車種は知らないけど、訴訟に出てきてる話でいえば。燃料の量をアクセルの踏み込みで決めてるっていうのは……聞いたことがないな。ディーゼル車はそうだけどね。」

「じゃあ、ほんとうに追加しただけ?」

「……いや、ノヴァル車では少なくとも、燃料系もスロットル系も一つのコンピュータでまとめて制御の筈だよ。あれ、でもどうだったかな?」


 ――と、ここまで話して。忘れていたことを思い出したんだった。


「でも、決まった速度に自動制御してくれる便利なの……ってありましたよね?」

「『クルーズコントロール』だね。」


 機嫌はよくても、そこはピシャリと指導が入った。


「はい。それを使うときって、アクセル放してるじゃないですか。」

「基本はそうだね。」

「さっきの話だと、燃料が入っていかないんじゃないでしょうか。」

「そう言われればそうだな……」


 まあそこは(燃料フューエルカットが働かないように切り替えが行われているのだろう)と想像するのだが、ビルは意外な話を続けた。


「確かね、アクセルの踏み込みから算出するのと、クルーズコントロールから算出するのとで、コンピュータがしてると聞いたような気がする。大きい方の数値を自動的に採用するのだと。」

「……。」


 え、動いてるんだ……と、驚いて。どういうことか想像してみて、浮かんだのは。


「もしかして、クルーズコントロール中もアクセルが効く――というのは、なのでしょうか。」


 しかし、ビルにとってこの疑問は。どうやら頭に入らなかったようで。


「あ……でも、それはスロットル開度のほうだったかな。クルーズコントロールをONにすると、燃料フューエルカット機能は単純に『動かない』のかもしれないね。」


 このやりとりで、僕に「ある考え」が浮かんだ。


(UA事故が、もし仮に――エンジンの側の障害によるとすれば、クルーズコントロール系が暴走して、それを感知できない為ではないだろうか? そうでなければ、アクセルを放したときに燃料フューエルカットが効く筈だし……)


 この「考え」……ある意味では正しかったことが、後になって判った。安全対策多重防御の「第二の階層」の一つとして、「アイドル時の燃料フューエルカット」によるフェイルセーフがあることを、ノヴァル側は主張していたのだ。原告被害者は「アクセルを踏んでいない」と証言しているが、もし「燃料カットが働いた筈」であると。


 そして、「一つ」というのだから「第二階層」にはまだある。

 半年ほど前に、シェヴラの車中でBBLさんから「シンプレックスか?」と見せられた図面にあった:二つのペダル・センサからの入力異常を読みとって「リンプ・ホーム」足を引きずってでもお家に帰ろという安全モードへ移行する機能や、自動診断機能(DTC)からの警告信号でエンジンを落とす機能も。

 合計三つの機能を併せた「フェイルセーフ監視軍団」があると、ノヴァルは豪語していた。


 ところが。

 バイエル証人のソースコード解析結果によって、三種類ものフェイルセーフからなる「第二階層」……という主張は、鮮やかに打ち砕かれてしまった。

 バイエル氏によれば、これらのフェイルセーフ軍団は。その殆どが、同一のプログラム―――「タスクX」の中にあるというのだ。


 え?……いや、ちょっと待ってほしい。

 アクセルペダルの両センサーからの出力電圧は、サブCPUでデジタル信号「VPA1」「VPA2」に変換されて、メインCPUにやってきた直後に。これらを比較して、異常がないかチェックされる筈だ。

 一方で。クルーズコントロール「ON」でもペダルからのスロットル指示は有効だから、この二種類の制御状態モードを切り替えてとすれば。クルーズコントロール「OFF」のときに燃料フューエルカットが効くのだといっても。アクセルペダルからと、クルーズコントロールからの、両方のスロットル指示がにて……で「燃料フューエルカット」機能が働いている――と考えないと辻褄が合わないのでは?

 そうだとすると、ペダル踏み込み量のデジタル信号を受け入れて診断するところから、スロットル開度を決定してスロットル弁の駆動制御プログラムへ渡す手前まで――要するに、メインCPUにの非常に広い範囲の仕事を、単一のプログラム「タスクX」で受け持っていることになる……の、ではないか? それでは、まるで――


「まさに、のごとき」


 そう、バイエル証人は形容していた。


 では、もし。その「タスクX」とやらが、「第一階層」を抜けてくる「データ化け」によって、機嫌を損ねた表計算シートみたいに「沈黙」させられたなら。少なくとも「フェイルセーフ軍団」とやらは、全く無力な存在となり果ててしまうのではないか――?


 いや、それだけでは済むまい。

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