第63話 そうさく! Last day

 「あーあー、とうとう会見開いてしまったか」

捜索3日目の早朝。時計代わりにつけたTVでは、今朝のニュースとして昨日陸上幕僚総監部が開いた記者会見が流れていた。

武村たちの営内班は、0630捜索開始のため出発の準備をしている。現在時0515。

『国民の皆さまに不安を与え、誠に申し訳なく……』

制服にカラフルな防衛記念章をびっしり胸に付けた陸上幕僚長が、カメラの前で数人の幹部と共に頭を下げていた。

「へぇ、あーゆー階級章ってあるんですね。星が4つで陸将って事は、星1個だと陸将補ですか?」

迷彩服のボタンをはめながら、安部が武村に聞く。今日は平日の通常勤務なので、捜索には安部も加わる事となった。因みに星とは、制服の肩章に付けられる金色の階級章の事で、星の形になっている。

「星1個はないぞ。確か、将補が2つで将になると3つ。で、幕僚長になって初めて4つになるんじゃなかったかな」

「ふーん、じゃあ、幕僚長っていう階級があるって事なんすね?」

「いや、階級上は将扱いだ。幕僚長はあくまでも、将が就く役職であって階級ではない……だったはず」

武村はここ最近中隊で始まった、陸曹候補生試験対象者向けの座学で習った事を思い出しながら言った。教官の陸曹が自衛隊法の座学の中で、階級について解説していたのだ。

「おぉ、さすが武村士長。しっかり教官の話を聞いてたんですね」

一緒に座学を受けた平本が茶化す。平本も陸曹候補生試験対象者だ。

「ちょまっ!いま折角先輩陸士らしい所を安部に見せてたのに、お前なあ」

「え、そうなんですか?『武村士長すげー。自衛隊法も知ってるんだ』ってちょっと尊敬しかかってたのに、今のでナシになりました」

「あぁ、普段は尊敬してないのね」

安部はまだ1任期になって間もないので候補から外れている。気楽なもんだ。




東富士演習場某所。

上空には、昨日の記者会見を受けて各マスコミのヘリコプターが数機旋回している。普段はヒューイやチヌーク、たまにコブラやアパッチが飛んでるだけなので民間機が珍しく見えた。

「おい平本。手でも振ってやれ。上手く映ればTVデビューだぞ」

「いやっすよ。そんなの先任に見られた日には、どんな神罰が下るか分かったもんじゃない」

「そうだな。その前に小隊長に吊るされるだろうけど」

今回も武村たちは横隊に並んでいた。人数が多いので割と密集隊形。

捜索開始まであと数分だ。

「今日も見つからなかったらどうなるんです?」

「さぁな。班長、記者会見以降も捜索続行になった場合、次の展開ってどうなるんです?」

平本に聞かれて答えれなかった武村が、彼女募集中の陸曹に代わりに答えてもらう。

「次の展開?多分、銃剣をなくした隊員の所属中隊は今度は営内も捜索するんじゃないか?営外者は……営内で見つからなきゃ家宅捜索だろうよ」

「やっぱり……」

「今回は特に、『絶対に見つけろ!』って指令が上から来てると思うぞ。こんだけマスコミがいる中で、『今日も発見できませんでした』はさすがに、な」

班長は苦笑いするが、これだけ探しても見つからないのであれば、いくら続けても無駄なような気がする武村だった。

時計を見るとあと1分で捜索開始だ。時間になればいつものように小隊長から『捜索開始!』の号令が掛かるだろう。

武村は目の前の林を見て、どういうルートを通ろうか考えていた。



が、時間を過ぎても号令は掛からなかった。

時間を間違えた?それはあり得なかった。他の中隊の隊員も、やはりおかしいと感じたのかザワついている。武村は班長に視線を送るが、班長も首を傾げるだけだった。程なくして、

『捜索隊!捜索中止!指示があるまでその場で待機!』

という小隊長の声が聞こえた。

捜索中止?

「班長!捜索中止ってあるんですか?」

班長は腕を組み、うーん、と唸り今までの経験則と照らし合わせて今の事態を検証しているようだ。暫くすると、「推測だけど」と前置きして言った。

「銃剣、見つかったんじゃないか?」

思ってもみなかった答えだった。

「そんな事、ありえるんですか?まだ捜索も開始してないのに」

「だから推測だって。ひょっとしたら、捜索隊の誰かが捜索前に物を落したのかも知れないし」

「そ、そんな悲惨な二次被害あっちゃダメでしょう」

「しかし、捜索中止になる理由が他に思いつかん。陸幕長が自ら捜索に加わるから来るまで待機!なら、分からんでもないが」

「それこそあり得んでしょう」

武村たちは一旦集合場所に戻る事になった。ここには連隊から差し出された隊員たちが中隊毎に集っているので、なんだか連隊朝礼の時のように見える。

「捜索中止って事は、これで帰隊できるのか?」

「いや、中隊に戻ってもする事ないだろ」

「また駆け足かなぁ。だったらまだ演習場にいた方がマシだ」

各々、雑談しながら次の指示を待っていた。そんな中、武村の中隊の陸曹の一人が雑談の中で「自分、〇×連隊に同期がいるんで聞いてみましょうか?」と言った。

この陸曹は去年陸教りっきょう(陸曹教育隊)から戻って来た若い3曹で、昨日の捜索でその同期を見かけたらしい。

「あいつ、たぶん今日も来てると思うんで今から電話してみます」

若い3曹はスマホを耳に当て、相手が出るのを待った。それを見ながら武村は自分の同期も捜索隊にいるのだろうか?と少し期待した。いるなら会えるかもしれない、なんて。

「あ、○×?俺だよ。ひさびさだな!って、俺は昨日お前を見かけたけど、あれやっぱお前?そうそう、捜索隊の……、やっぱな!……いや、声はさすがに掛けれねぇよ。俺もう3t半に乗った後だし。……うん、それでな、捜索中止になっただろ。これの理由、何か知ってたら教えてほしくてさ」

普段の中隊の時とは違う、いかにも同期相手の馴れ馴れしい話し方で、若い3曹は理由を聞いていた。

何度も相槌を打ち、『マジで?』『それで?』を複数回使ったのち、

「おう、分かったよ。サンキュー、また今度みんなで飲もうぜ!じゃあな」

とスマホを耳から外した。

そして、軽くため息をして先輩陸曹たちに話し始めたので、武村も聞くことにした。

「どうやらですね、銃剣が見つかったらしいです」

班長の推測通りで武村は少し驚く。

「見つかったって、何処で?」

口ひげを生やした2曹が聞く。

「それがですね、宿営地の武器庫に落ちてたようです」

長期の演習の場合、宿営地に武器庫を設置する事がある。業天(業務用天幕)などの大きめのテント内に銃架じゅうがと呼ばれるガンロッカーや棚を置いて、使わない小銃等の武器類を保管するのだ。

「いやだって、そこは先に探すだろ。見つかんなかったから、捜索要請が来たんじゃないのか?」

武村が班長に小さい声で聞く。

「武器庫も捜索捜索するんですか?武器出しの時にはあったって話っすよね?」

「それは自己申告だから分からんだろ。念には念を入れて、思いつく所は捜すんだよ。だってお前、見つからないと大ごとになるんだぞ。今回でもわかるだろ?小隊から中隊、中隊から連隊、連隊から師団って、捜索隊員がドンドン増強されてったろ。次は方面隊になるかも知れない。それを考えたら、例え僅かな可能性でも、武器庫の中くらいは捜すだろ」

そう説明され、武村は納得した。

若い3曹は話を続ける。

「要請前に武器庫内は員数確認したそうです。でも、員数が合ってたので要請に踏み切ったそうなんですが、でも、深夜に武器庫で銃剣を発見したそうで」

「員数確認が出来てなかったって事か?」

「いや、火器陸曹の他に中隊長も立会してたのでそれはないそうです」

「じゃあなんで……」

若い3曹は、ある仮説を提唱した。

「実は、銃剣は元々見つかってたんじゃないか?って事です」

この仮説に、2曹が反論する。

「なんで見つかってたら申し出ないんだ?『見つかりました!』って言えば、それで終わりだろう」

もっともな意見に他の隊員たちは何度も頷く。

「それはそうなんですけど、我々は先週の金曜から捜索してますけど、日を追うごとに捜索隊が増強されてく中で、果たして『ありました!』って言えます?

例えば、実は銃剣は弾帯に着けてなくて、雑嚢ざつのうに入れっぱなしだったのを忘れてたとか。で、捜索2日目辺りでそれを思い出して漁ってみたらあった、と。

そうなってくると、銃剣を弾帯に着けなかった理由を絶対に聞かれますよね?」

なんとなくあり得そうな例え話に、みな黙って聞いている。

「銃剣を落しただけでこの騒ぎなのに、弾帯に着けなかったなんて言ったらどうなるか……。少なくとも『見つかって良かった』にはならんでしょう。だから、沈黙を守った。しかし、とうとうニュース沙汰にまで発展してしまった。もうこれ以上はツラい!って事で、武器庫に置いたんですよ」

若い3曹は自分の推理を披露して満足げだったが、口ひげの2曹が冷や水を浴びせるように言った。

「でもそれは全てお前の仮説だろう?ひょっとしたら別の誰かが武器庫に置いた可能性も」

「……武器庫で銃剣を発見したのは、なくした張本人だったそうです」

それを聞いて隊員たちは息を呑んだ。

「本人が見つけたのか?どうやって?」

「さあ?でも武器庫は火器陸曹立ち合いの元でないと入れませんからね。『もっと念入りに探させてほしい!』だとか、『小銃の脱落防止が気になってしまって眠れない』だとか、尤もらしい理由さえ並べれば武器庫内には入れそうですよね。

で、火器陸曹が目を離した隙に、持ち込んだ既に発見済みの銃剣を手に『ありました!』って言えば状況終了ですよ」

まるで見て来たかのような推理に、武村も妙な納得感があった。

「まあ、2曹の言う通り全て自分の仮説なんで、真実はどうか分かりませんけどね。でも、この仮説には自信があるんですよ」

「なんでです?」

武村は聞いた。

「だって自分、かなりの臆病モンだからね。自分と置き換えて考えた時、こうするんじゃないか?って想像できたんだ」



帰りの車中、武村は班長に若い3曹の仮説が正しいのか聞いてみた。

「まぁ、仮説が正しいのかどうかは分からんだろう。それは当事者のみが知る事だ。我々は銃剣が発見できた事に喜べばいいんじゃないか」

「でも、あれっすね。仮説が正しいとなると、もっと早く申し出てくれればこんな大ごとにならずに済んだのに!って思います」

すると班長は驚いた顔をする。

「何を言ってるんだ?俺らは確かに銃剣が見つかったからめでたしめでたし、だけど、なくした本人は違うぞ?もし仮説通りならこれから中隊、連隊、下手すると師団の取り調べを受ける事になるんだ。『なぜ黙ってた!』ってな。

素直に発見した時点で申し出てたらって、これから後悔するだろうよ。すでに遅いがな。だからお前たち陸士も……」

言って班長は武村の肩に手を回し、

「何かあったらすぐ俺ら陸曹に報告しろよ?でないと、何とかなるモンも何とかならなくなって助けられないからな」

武村は「は、はい」と返事をし、他の陸士たちも深く頷く。




教訓!報・連・相は確実に!

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