第64話 翔んで自衛隊!

 「武村は地元どこだっけ?」

同期の芹沢が、たばこに火を点けながら聞いてきた。

前期教育が始まって間もなく、せわしなく訓練科目をこなしてる間に訪れたつかの間の休憩時間。次の座学が始まるまで7分ちょっと。

「静岡県の中部。芹沢は?」

「俺は横浜だよ。武村ンチより都会。あ、横浜って知ってる?」

「知ってるわ!」

「ほんとに?だって静岡県って、未だに関所とかあるんでしょ?」

「ねーよ!」

こいつはいつもそうだった。何かにつけ武村をイジるのだ。それはお互い社会人(武村24歳・芹沢25歳)で入隊したから近いものを感じたからだろうが。

「え、武ちゃん静岡県生まれなの?やっぱミカンばっか食って育ったの?」

「んなに食ってねーよ!」

こいつは松村。武村・芹沢と同じ社会人経験者だ。本人曰く「ずっと引きこもってた」そうだが、そんな事を感じさせない人懐っこさがあった。

「松村はどこなんだよ?」

「町田。俺は武ちゃんと違って都民だから。シティボーイってやつ?」

カカカwと笑いながらたばこの灰を煙缶えんかんに落とす。

「今日日シティボーイて」

「武ちゃん妬かない妬かない。町田は新宿よりは田舎だけど、関所のある静岡県に比べたら江戸時代と現代くらいの差はあるよ」

「だから関所なんかねーって!」

武村は全力で否定するが、二人は「やれやれ」と肩をすくめる。

「入隊する前に一度静岡県通ったことあるけどさ、関所で止められて『お茶かミカンがあれば通す』って言われたぞ」

「あ、それ知ってる。確か最悪、ミカンの名産地の地名答えれば通れるんだよね。間違えると死ぬほどミカン食わされるけど」

「お前ら、静岡県に何の恨みが」

二人は静岡県ディスに腹を抱えてゲラゲラ笑っている。一回キレた方が良いのかな?と武村が思い始めたころに、もう一人の同期が話に加わってきた。

「武村は静岡県出身か。じゃあ俺っちは千葉生まれだから勝ちだな」

斎藤はフンと鼻を鳴らしドヤ顔するが、それを聞いた松村・芹沢から笑みが消えた。

「コラ斎藤。千葉がなに静岡県相手にドヤってんだ?千葉なんかピーナッツと暴走族しか採れねーじゃねーか」

「おう、そうだ。房総半島って地名で名産品前面にプッシュしてんじゃねーよ」

まさかの千葉ディスに遭い、斎藤は泣きそうな顔になる。

「うるさい!千葉には成田空港っていう日本の玄関が」

「空港は周りがド田舎じゃなきゃ建てれねぇんだよ。お前は黙ってピーナッツ食いながら単車でも転がしてろ!」

畳みかけるように斎藤を追い詰める二人に、ある同期が割って入った。茨城出身の豊田だ。

「二人とも許してやれよ。静岡県も千葉県も、俺の茨城県に比べたら都会だよ。茨城なんか納豆しかねぇんだから」

それを聞いて二人は、仏の顔になり豊田の肩をポンと叩く。

「そうだな。茨城はパスポート必要だもんな。関所ごときでガタガタ言ってた自分が恥ずかしいよ」

「悪かったよ豊田。今度の連休は茨城帰るんだろ?パスポートはちゃんと家から持ってきたか?無いと不法入国になるから気を付けろよ。あ、お土産の納豆とかいいからな」

豊田は流れ弾に当たり、口をパクパクさせている。気の毒に。

『おーい、座学開始2分前だからそろそろ戻ろうぜ!』

誰かの呼びかけでみんなたばこを煙缶に放り込み、教場へと戻っていく。

武村も後を追う。途中、豊田と斎藤に声を掛けて。

「水戸納豆、あれ美味いよな」

「た、武村ぁ」

「今度地元のお茶持って来て、本物の緑茶ってやつを振る舞ってやるよ。だから斎藤もピーナッツ持って来てくれよ」

「あ、俺の地元幕張だからピーナッツとか採れ」

「じゃあ暴走族でいいや」

「ひどい!」


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